箱の中身は……?

千石綾子

箱の中身は……?

「箱の中に猫を入れるのよ」

「猫は箱好きだもんね」


 夜が明ければ学園祭という日。

 美奈みな瑠里るりは1つのソフトクリームをシェアしながら作業を続けている。

 シェアしていると言っても、瑠里は黙々と作業をし、それを見ている美奈が、両手の塞がっている瑠里の口元に時折ソフトクリームを差し出しているだけ。

 5月だというのにやけに蒸し暑い夜だ。


 僕の額にも汗がにじむ。ソフトクリームとまでは言わない。せめて水がほしい。


「で、その猫が生きてるか死んでるか考えるわけ」

「なにそれ物騒。大体なんで死ぬわけ?」


 美奈は溶けて流れそうになっているクリームをぺろりと舐める。しかし溢れたクリームは彼女の腕を伝って肘からぽたりと地面に落ちた。


「毒ガスが出るかもしれない箱だから」

「やだ残酷。動物虐待。異常者だわそんなの」


 うええ、と舌を出す美奈。強力な接着剤で厚いアクリル板を貼り合わせながら、瑠里はチラリと見上げて首を振る。


「実際にはやらないし。考えるだけだし」

「あー、言うだけならタダって言うもんね」


 どこかズレた会話に僕は突っ込むことができない。それどころか今は話す事さえできない。何故なら僕は、きつく猿ぐつわをかまされているからだ。


 どうしてこのタイミングでバレてしまったんだろう。僕は彼女たちにとっ捕まって裸同然で縛られたまま、校庭の砂の上に転がされている。

 縛られた手足を動かしてどうにか逃れられないかを試みるが、彼女たちも無駄な抵抗だとわかっているようで、僕の動きは完全に無視されている。


「で、箱を開けてみるまでは猫は死んでるし同時に生きてるんだって」

「意味不明。どういうことそれ」


 苛つくように美奈がコーンを校庭のごみ箱に放りこんだ。コーンは食べない派か。あれが美味いのに。まあ確かにあれを食べると異様に喉が渇くけど。……ああ、それにしても喉が渇いた。水が欲しい。


 瑠里は小さく首を傾げた。


「そうねえ。生きてるのか死んでるのかわからないキモチ、ってことじゃない」

「あー、わかるー。あるよね、そーゆー空虚なキモチ」


 行きつくところは青春の憂いか。もはや量子力学は全く関係なくなってきた。

 いや、それを言うなら今の僕は憂いどころか絶望の真っ只中だ。僕の目の前には透明アクリル板で作った大きな箱がある。人ひとり充分に入る大きさだ。


「さ、早く入って。またしばかれたくなきゃ、ね」


 美奈が猿ぐつわを解いてくれたが、答える気にはならなかった。彼女は竹刀で僕の背中を小突きながら箱へと促す。入りたくない。しかし剣道部部長の美奈にこれ以上痛めつけられるのも嫌だ。

 僕は彼女たちが途中で気が変わるのを期待しながら意外と深さのある箱に入った。


出来上がったアクリルの箱は正方形をしていて、僕が入った後にぴったりと密封できる蓋も閉じられた。


問題なのはその後だ。蓋に開いた小さな丸い穴。そこから青いホースが差し込まれた。そして一気に流れ込んでくる水。

 冷たい。せめて温かい水を入れて欲しいものだ。そんなことを考えているうちに水は箱の8割くらいまでたまってきた。

 前言撤回、水はもういらない。僕は空気を求めて伸びあがる。


「猫の実験は可哀想で、僕へのこの仕打ちは可哀想じゃないのか?」

「大丈夫、ロープは解いてあげたでしょ」


 そういう問題じゃない。そんなことを思っているうちに、アクリルの箱は水で満たされてしまった。箱の中に空気はない。息を止めるが、いつまでもは続かない。

 ガボッと息を吐き、大量の水を飲みこんだ。もうだめだ。限界だった。目の奥がチカチカと光る。


ザバァ、っと箱の中の水を揺らして、僕の体は水の中で一回転した。その瞬間、彼女たちの顔が驚きと恐怖に包まれる。


「出た! 人魚!」

「人魚っていうか、半魚人!」


 彼女たちが言う通り、僕の体は無数の青い鱗に覆われていた。酸素を求めて、耳の後ろにあるエラが大きく開いては閉じる。

 箱の壁についた手、そして水を蹴る足。その指は、細長く節くれだっていて青緑色の水かきがついている。


 僕達の種族は、普段は人間に混じって暮らしている。しかし今のように肺の機能が限界を超えると、この姿に戻ってしまうのだ。


「うん、これでうちらのクラスの見世物小屋は大盛況だね」

「まさか同じクラスに半魚人がいたとはねー」


 僕の正体がばれるにしても、まさかこんな時にだなんて、そして見世物小屋の出し物にされるだなんて思いもしなかった。


「透明な箱、いいね。どの方向からもよく見えて」

「うん、あと生きてるか死んでるかすぐわかる」

「あはは、ほんとそれー」


 瑠里は笑いながらエアーポンプを丸い穴から突っ込んだ。


 ***


 その翌朝、学校は騒然となった。空にはヘリが飛び、たくさんのTVカメラやカメラマンが押し寄せた。

 朝一番に登校してきた生徒が、水が満ちた透明の箱の中に沈んでいる女子生徒二人を発見したのだ。


 僕たちにはたくさんの仲間がいる。人間には聞こえない周波数で助けを呼ぶこともできるのだ。だから君たちが水棲人を見かけても、そっとしておくことをお勧めする。



                了



お題:「箱」

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箱の中身は……? 千石綾子 @sengoku1111

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