筆箱好きな私の回想

いおにあ

第1話


 私は筆箱が好きだ。それはもうどうしようもないくらいに。


 きっかけは、小学一年生のとき。小学校に入学したばかりの私は、筆箱というものを初めて買ってもらった。当時ハマっていた、アニメの魔法少女のキャラがプリントされた、プラスチック製・長方形の筆箱。どういうわけか、私はその「筆箱」という存在に強く心を引かれた。魅入られたといっても良い。


 やがて私は、他のクラスメイトたちの筆箱にも、やたらと興味を持ち始めた。隙あらば他人の筆箱をじっくりと観察し、あげくその中身を覗き込もうとする私は、「妖怪筆箱女」の渾名あだなたまわった。だが、私の筆箱への執着心は収まることはなかった。


 中学に上がると、私の筆箱熱はますます加熱した。お小遣いのかなりの割合を、筆箱の購入につぎ込み始めた。おかげで家には合計百個近い筆箱のコレクションが出来上がった。 コレクション、といってももちろん、、飾っておくだけではない。筆箱は文房具を入れて、はじめてその価値を発揮する。ということで、私は毎日毎日、筆箱を変えた。だって、そうしないと可哀想じゃん、筆箱が。日替わりで持ってくる筆箱が変化する私のことを、クラスメイトたちはお金持ちかだと勘違いしていた。


 しかし悲しいかな、そんな私の筆箱への愛も、高校に入学するとちょっとだけ冷めてしまった。代わりに私が入れ込んだのは、心理学だった。ふと手にした河合隼雄の本をきっかけに、私は心理学の世界にハマっていった。


 そんな心理学の世界に、「箱庭療法」というものがある。小さな人形や、その他様々なオブジェを用いて、箱庭を作る。それを観察することによって、人の心のあり方を考えていく。というものだ。


 私はこの箱庭療法に、なぜかすごく心惹かれた。かつて、筆箱に熱中したときのように。


 あるとき、ふと気付いた。そうか。筆箱と箱庭。「箱」という単語が入っているだけあり。この二つには、共通点があるのだ。


 筆箱。その中には、私たちが日頃使う文房具が詰まっている。几帳面にノートをとる子の筆箱の中は、様々な文具たちが整理整頓されている。がさつな子の筆箱の中は、けっこう適当。その人の性格が現れている。


 一方の箱庭。こちらは筆箱とはちょっと違い、本人の性格というより、もっと奥深い心の底までをも見ていく。だけれど、人の性質を見ていくという点において、本質的に似たようなところがある。


 筆箱庭ふではこにわ療法りょうほう、なんてものはないだろうか。沢山の文房具と筆箱を部屋に置いておく。被験者には、筆箱も文房具も自由に好きなだけ選ばせる。そうして選ばれた筆箱とその中の文房具から、心理学的考察を重ねていく。いかがだろうか。大学で心理学を学んで、いつかやってみたいと密かに思っている。単に「箱」というキーワードから考えただけなのだけれど。


 でもよく考えたら、私たちの人生のあらゆる場面に「箱」というものは存在するのではないだろうか。


 まだ生まれる前、私たちはすでに母親の子宮という箱で育つ。生まれてすぐには、保育器という箱に入れられる。それからゆりかごという箱へ。家という箱の内部で育つ、幼稚園、保育園、学校というものも一種の箱だ。卒業して就職したら、会社という箱に入る。就職しなかった人も、国家という巨大な箱の中には居続けるだろう。国家なんかいらない、というアナーキーな人も、己の肉体という箱にはとらわれ続ける。亡くなったら棺桶という箱に入り、お墓という箱が住処すみかになる。


 つまり、「箱」というのは私たちとその外部を区切り、一つの領域を作る存在だと言えるかもしれない。


 ならば、筆箱と箱庭にの夢中になってきた私のこれまでの人生も、そこまで不自然なものではないのかもしれない。


 私は今日も「箱」に満たされたこの世界を生きていく。

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筆箱好きな私の回想 いおにあ @hantarei

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