第3話

 全く知らない相手なら警戒したのだが、中途半端に互いを知っていたのだ。

 斗真が扉を開けた瞬間、雄介はどぶのような生臭さに強烈な吐き気を催した。


「なんだ、この臭いは?」

「ああ、たぶん風呂場だと思う。まだ掃除してなくて」


 いくら掃除していないとはいえ、こんな匂いがするだろうか。亀でも飼っているのか。

 雄介は眉間にしわを寄せ、シャツの袖で鼻と口を覆いながら、斗真の後についた。

 玄関先には、空のドイツ箱が積み上げられている。


「どんだけ買ったの?」

「さあ? ネットで取り寄せたから、僕にもよく分からない」

「優雅だな」


 この異臭から気を紛らわすように他愛もない話をして、部屋に入った瞬間、雄介の足がすくんだ。


「……」


 壁一面にびっしりと飾られたドイツ箱から、どす黒い血のようなものしたたり落ちていたのだ。

 展示物を見るのもおぞましく、視線を斗真から逸らすことができなかった。


「お前、何やったの?」

「この前、大学の博物館で標本を見ていたら、雄介の声が聞こえてきたんだ。『勝手に線引きするなよ』って言っていただろ? あれを聞いて、僕の中でようやく解放されたんだ」


「何が?」

「牛や豚は殺すくせに、なぜ人間を殺してはいけないんだろうって。皆、色々な理由を上げるけれど、結局、人間が勝手に線引きしているだけなんだな、って」


「お前、何言ってんの?」

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