第2話

「かわいそう、ねぇ。そう言う割に、ハエとかゴキブリは平気で殺すんだろ?」

「蝶とゴキブリを一緒にしないで」

「同じ虫だろ? 勝手に線引きするなよ」


 冷たくあしらったが、雄介ゆうすけ自身は特に腹を立てているわけでもなかった。

 この手のやり取りは、今に始まったことではない。雄介はいつものように答えたまでだ。


 正直、美緒みおの言い分も分かる。こればかりは、価値観の相違としか言いようがない。

 美緒は「命を簡単に奪うなんて」と口を尖らせつつも、結局は展示された蝶に「きれい」と感嘆の声を上げているのだから、むきになって昆虫標本のすばらしさを訴える必要もない、と雄介は感じていたのだ。



 翌日、美緒が忽然と姿を消した。

 大学にも、サークルにも、バイトにも来ていないという。

 家族が警察に捜索願を出したらしい。



 週明け、学食で高校時代の同級生に声をかけられた。医学部に進学した斗真とうまだ。


「雄介、今日この後、暇? 僕、ドイツ箱を買って、標本を作ってみたんだ。見てくれないかな?」

「いいけど、何の標本?」

「蝶」

「あ、そう」


 斗真とうまの両親は医師をしている。実家から大学まで普通に通える距離なのだが、わざわざ大学の近くに部屋を借り、しかも、高額なドイツ箱まで買うのだから、よほど金に不自由していないらしい。羨ましい限りだ。


 などと思いながら、軽い気持ちで斗真の家に行った。

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