標本箱の中の美しき蝶

佐藤 楓

第1話

 目の前で斗真とうまが恍惚の表情を浮かべ、壁面の標本箱を見つめている。


「僕のコレクションだ。美しいでしょ?」 


 雄介ゆうすけはその様子を見ながら、自身の放った言葉をひどく後悔していた。たった一言が、これほどまでに誰かの人生を変えてしまうとは思わなかったのだ――。


 ◇ ◇ ◇


 つい数日前のことだ。雄介は所属する大学の付属博物館で昆虫標本に魅入っていた。

 別に昆虫学を専攻しているわけではない。小学生のころ、夏休みに昆虫を採集し、父と共に標本を作った経験もあって、好きなのだ。


 あの頃は、安価な紙の標本箱を使っていた。

 ある時、ドイツ型標本箱というものを知り、その美しさに魅了された。

 ドイツという名がつくからといって、ドイツ製というわけではない。ドイツ式という意味だ。ほお材で作られ、密閉性が高く、専用のオープナーがないと開けられないのだ。


 大学博物館に展示されている昆虫標本も、この通称「ドイツ箱」に美しく飾られていた。


「いいね。俺の家にも飾りたい」


 雄介は標本箱のガラス面に顔を近づけ、モルフォ蝶の鮮やかな青いはねに魅入っていた。

 すると、隣で共に見ていた同じ学部の美緒が顔をしかめたのだ。


「ここは研究機関だから許されるけど、個人でこういうものを飾るのはどうなの? 虫を殺してるんだよ。かわいそうだと思わないの?」

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