恋愛 祭り好きな青年
その日は、年に一度の村のお祭りだ。小さな村なので、どうしても外せない用事がある家以外はほとんどの村人が祭りに参加する。
俺は、祭りと書かれたはっぴを着て、神輿を担いでいた。これが終われば、しばらくは自由な時間が取れる。
今日は、幼馴染も来ているはずだ。神社の前で待ち合わせをしている。
彼女とは、記憶にある限りでは、小学校から一緒だ。それも、中学、高校とずっと一緒だ。まあ、村の周りには学校が少ないから、ほぼ村人全員が一緒なんだけど。
神輿を担ぎ終えると、急いで神社へと向かう。そこにはすでに、着物姿の幼馴染の姿があった。
「お待たせ。結構待った?」
「ううん、予定通りの時間より少し早いくらいだよ。私が早く来すぎただけ。だって、楽しみだったし」
「ははっ、毎年あるじゃん。今年も大して変わらないよ」
「そんな事は無いよ、だって2人きりでまわるなんて久しぶりじゃない」
「そうかもな。大抵、どっちかの友達が誰か一緒にまわるからな」
「……そうね。そんなに時間も無いんでしょ? ほら、早く行きましょう」
「分かったよ、慌てるなって。祭りは逃げないんだから」
「そんな事わかってるわよ、時間が無いって言ってるのよ」
俺は彼女に連れられて、出店をまわる。金魚すくいに水ヨーヨー釣り、輪投げに射的。これも毎年変わらないが、彼女が俺の行動にひとつひとつ反応してくれて楽しい。祭りって、こんなに楽しかったっけ?
楽しい時間はあっという間に過ぎ、俺は再び神輿を担ぎに行かなければならない時間が近づいてきた。それが終われば、大人に混じって夕飯だ。それが終われば、父親に連れられて帰宅するだけとなる。
「ちょっと待って」
彼女が、立ち去ろうとした俺を呼び留める。
「どうした? もうそろそろ、行かないと」
「分かってる。だけど、ちょっとだけ待って欲しいの」
「分かった」
俺は足をとめて彼女を見る。彼女は、手を胸の前で組んで、その手をじっと見ている。1分ほど経ったが、何も無い。
「今すぐじゃなくていいなら、後でもいいか? 怒られちまう」
「ごめん、けどっ、待って。あの……。うん、決めた。言う。絶対に、今言う」
彼女は、組んでいた手を握りしめ、顔を赤くしながら叫んだ。
「私、あんたの事が好き。ずっと好きだったの!」
「! それって……」
「そう、告白! 返事は?!」
「あ、ああ。俺もお前の事が好きだ」
力が抜けたのか、俺の返事を聞くと彼女はへたりこんだ。
「せっかくの着物に土がつくぞ」
「ははっ、安心したら立っていられなくなって。よかった……」
「俺が、お前の事を嫌いなわけ無いだろ?」
「知ってる。けど、私が一番じゃない事も分かってたから」
「え?」
「あんた、絶対にあの子の事が一番好きだと思ってた。だけど、ずっとこのまま、進展の無い関係っていうのも嫌だったから、今日、告白するつもりで来たのよ」
俺には心当たりがない。俺と親しい女性なんて、幼馴染のこの子しか居ない。だから、彼女の言う子が誰か分からない。
「あの子って誰だ?」
「え?」
今度は、彼女が意外そうな顔をした。
「いつも、お祭りのときにあんたと一緒に居た女の子よ。村で見た事は無いから、村の子じゃないのは知ってる。だから、名前も知らないんだけど」
「祭りの時、一緒に居た……?」
やはり、心当たりがない。祭りは基本的に男友達ばかりだし、女性が混じっても、その友達の彼女とかばっかりだ。だから、いつも俺と一緒に居た女の子が誰なのか分からない。
「お祭りのときだけ、どこかから来ていた子じゃ無いの?」
「知らない、本当に」
「本当に? すごい綺麗な子で、でも、一人だけ周囲から浮いてるような感じの子よ」
「分からない、本当に誰の事を言っているのか」
「そっか。まあ、いいや。今日から私があんたの一番って事だからね!」
「ああ、当然だろ」
そうは言ったものの、彼女の言う「あの子」が誰なのかものすごく気になった。忘れてはいけないはずのものを思い出せないような、そんなもどかしさを感じる。
それからは心ここにあらずのまま、祭りが終わった。気が付いたら一人、神社の前に来ていた。
「あれ? 俺、おやじと一緒に帰る予定だったはずだけど」
ここまでの記憶があいまいになっていた。だけど、実際に神社の前に居る。時間がいつなのか分からないが、すでにあたりは静かなので、誰もいないのだろう。
「……帰るか」
俺は、神社の鳥居に向かって歩く。すると、何かが背後で動いたような気配があった。振り向くと、さっきまで誰もいなかった神社の前に、一人の女の子が立っていた。髪が白く、白い着物を着ている。辺りが暗くなったこともあって、まるでそこだけが白くくりぬかれた様に感じた。
「……マツリ?」
俺は、自分でも知らない名前を呟いていた。誰だマツリって。ああ、お祭りの事か? いや、なんで俺がお祭りの事をこの子に呟く意味があるんだ。自分の事なのに、訳が分からなくなってきた。
「……待ってたんだよ? ずっと」
俺は、その言葉を聞くと、胸が締め付けられる思いがした。鈴のなるような綺麗な音とは逆に、まるで、何年も、何十年も待っていたかのような、そんな重さを感じる声色だった。
「待っていた? 俺を……?」
「そう、君を」
「なんで?」
「思い出してごらん?」
彼女は、俺を試すかのように問いかける。思い出せない。けれど、彼女は答えを言う気が無いようで、まったく口を開く気配は無い。
数分が経ち、俺の脳はフル回転しすぎてオーバーヒートしたんじゃないかって心配になってきたころ、鳥居の方から砂利を踏む音が聞こえてきた。
「……何してるの?」
振り向くと、幼馴染が居た。別れた時のまま、着物姿だ。
「家に帰って無いって言うから、もしかしたらって思ってここに来たんだけど……」
俺は、この子が……と言おうとして振り向いたが、すでに後ろには誰もいなかった。
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