ファンタジー ホムンクルスの盲目少女

「それでは、オークションを開始いたします!」


壇上の司会者が、音量拡大の魔道具を使用して会場へと呼びかける。それを、仮面をつけた参加者たちは冷ややかに見ている。


「まあ、奴隷のオークションで盛り上がるようもねーか」


ここでは、様々な奴隷がオークションで落札される。誘拐された珍しい種族、奴隷落ちした犯罪者、容姿の整っている人間などなど。


「最初の賞品は、犬人の子供です! まだ子供の為、自分の好きなように育てる事も出来ますし、従順なので裏切る心配はありません!」


そもそも、奴隷の首輪をつけられた奴隷は主人に逆らう事が出来ない。だが、逆らう事が出来ないだけで抜け道はまあまあある。だから、従順な奴隷というのはそれだけでも使い道がある。まあ、俺は要らないが。


「開始価格は10万から! オークションスタートです!」


最初の賞品だけあって、いきなり高価なものではない。場の雰囲気を温めるために参加しやすい価格になっているようだ。ちなみに、10万と言えば普通の商人の1か月分くらいの給料だろうか。


「12万!」


「13万!」


「15万!」


犬人の子供は男の子っぽいな。これが女の子ならそれなりに価格も上がったのだろうが、容姿も普通だし、そこまで価格は上がらないだろう。そして、予想通り20万で落札された。落札された犬人の子供は、舞台のそでに連れられて行く。後程、登録されるのだろう。


「次の商品は――」


それからも、綺麗な魚人の女性や、戦闘が出来る元冒険者の借金奴隷、スラムででも捕まえてきたのか、それなりに可愛いがボロい格好の少女など、様々な奴隷がオークションにかけられていった。


「初めて参加したが、こんなものか」


一応、俺は金は持っているが奴隷を買うつもりは無い。どんなものか興味本位で見てみたかっただけだ。


最後の目玉商品は、綺麗な翼の生えた可愛い鳥人の少女だった。鳥人は飛んでいるので捕まえる事が難しく、風魔法も使うためなかなか出回らないらしい。実際、1億近い値段が付けられていた。さて、オークションも終わった事だし、帰るとするか。


その時、司会者に一人の男が近づき、耳打ちする。


「あーっと、お客様。もう一つ商品が残っていました。落札できなかった皆さま、最後の商品を買っていかれてはどうでしょうか」


どういう理由かは分からないが、奴隷が一人残っていたようだ。どうせ暇だし、最後まで見ていくか。


舞台上に連れてこられたのは、綺麗で長い青い髪の10歳そこそこの少女だった。服というか、ただ布を巻きつけられただけの格好で、靴すら履いていない。そして、目をつぶっている。


「この子は、見ての通り目が見えません。けれど、この少女の正体は、何と、ホムンクルスなのです!」


ホムンクルスか。人工生命体で、魂の代わりに魔力を使った人間に近い生物か。確か、無機物を動かすゴーレムの術を改造して、限りなく人間に近い体を持っていると聞いたことがある。


「それでは、1万から!」


「…………」


会場は静かで、誰も手を挙げない。それはそうだろう、ホムンクルスとはいえ目の見えない少女を育てるなんて赤字もいいところだ。使い道が見つからない。


「ど、どうでしょうか? 今なら、服をプレゼントしますよ!」


司会者も、このままでは売れないと思い、服を用意させる。しかし、司会者も分かっていると思うが、問題はホムンクルスであるという事だ。こんな噂がある。ある錬金術師が、ホムンクルスの製造に成功し、神の裁きを受けたという。それが本当に神の裁きだったのか、実は実験が失敗していたのかは知らないが、その錬金術師の家は木端微塵に吹き飛んだらしい。だったら、ホムンクルスであるということを隠せばいいのにと思うが、あとでバレたらもっと問題になるからだろうか。


はぁ、最後の最後がこんな爆弾とはな。まあ、そこそこ楽しめたし帰るとするか。そう思っていたが、その少女は、ジッと俺の方を見ている。いや、目が見えないのだから見ているというのは正確な表現ではないが、少女の顔は俺の方を微動だにせずに向いていた。そして、少女の口が動く。言葉は発せられなかったが、俺にはなんて言っているか分かった。「久しぶり」と。


「1万」


俺は、すぐに手を挙げた。


「1万、他にいませんか!」


しかし、会場の誰も手を上げようとするものは居なかった。司会者も、何でもいいから売れればいいやという感じで、すぐに落札を決定した。


「これで、オークションは終了です! ご参加、ありがとうございました!」


俺は、契約の為に控室に来ていた。本来、ホムンクルスは魔力で動いているため奴隷の首輪の効果は無い。しかし、このホムンクルスは失敗作の為か奴隷の首輪の効果があるという説明を受けた。逆に、それが気味悪くてさっさと売り渡したかったんだろうが。


ホムンクルスは、普通の人間よりも頑丈なため、体を調べればすぐに人間じゃ無いと分かる。だから恐らく、奴隷の首輪をはめてから調べてみたらホムンクルスだったと気が付いたんだろう。


少女が連れてこられた。服をプレゼントというのは本当だったようで、平民が着る服よりも少し上等な服を着せられていた。少女は俺の近くに立たされ、俺は奴隷の首輪に魔力を登録する。


「これで契約が為されました。たった今から、この子はあなた様の物です」


「ああ。分かった。名前はあるのか?」


「分かりません。何せ、この子は言葉を話せないようでして。まあ、ホムンクルスだから当然ですよね」


少女を連れてきた男は、ホムンクルスに詳しくないのだろうか。それとも、知っていてわざと隠していたのだろうか。ホムンクルスはほとんど人間に近い機能を持つ。だから、しゃべれないわけが無いのだ。


「まさか……」


「ま、まあ、1万の商品ですし、しょうがないですよね! さ、さあ、他の商品の引き渡しもあるし、忙しい、忙しい!」


男は、俺が文句を言う前にさっさと逃げていった。


「……いくぞ」


俺は、仕方が無いので少女を連れて外へと出る。しばらく歩いていると、少女が俺のすぐ横に並んだ。


「ありがとうございます」


「なっ! お前、しゃべれるのか?」


少なくとも、あの男たちの前では話したことは無いはずだ。だからこそ、この少女は目が見えない上に話せない不良品として安く出品されたのだから。それよりも、その少女の声はとても澄んでいて綺麗なものだった。この声だけで、金を払う価値があるんじゃないかと思えるほどに。


「お前、もしかして目も見えるのか?」


「いいえ、目は本当に見えません。けれど、音や匂いで周囲の事は分かりますので、行動に支障はありません」


これも、恐らく男たちが知っていたら、価格を上げる理由になっていそうだった。


「ワザとか?」


「はい。自分の価値を上げて、お金持ちの人形にはなりたくありませんでしたから」


それから、しばらく少女と話していて俺の予感は確信へと変わっていく。昔、俺が子供の頃に居た目の見えない幼馴染、その子に言動が似ていると。


「お前は、まさか―――か?」


少女は、その名前を聞いてにこりとほほ笑む。その笑顔は、俺が知っている笑顔だ。


「大当たり、です」


「お前に、一体何があった?」


「それを話す前に、ご飯を食べさせてもらえませんか? すごく、お腹が減りました」


ホムンクルスは人間と違って空腹を訴える事は無い。何より、空腹を感じる事はないはずだからだ。それだけでも、普通じゃ無い事がわかる。


「魔力の補充でいいのか?」


「それでもいいですけど、普通に食事がしたいですね。あそこでは、私に魔力の補充以外はしてくれませんでしたから」


「まあ、普通はそうだろうな」


ホムンクルスには食事は必要ない。核となる魔石に魔力を補充すれば事足りるからだ。けれど、この子は食事が出来るという。本当に、幼馴染が蘇ったようだ。


「じゃあ、そこで話を聞かせてもらうぞ」


「はい。ご主人様♪」


おどけたような笑顔を見せられ、俺は遥か昔の恋心をくすぐられる思いがした。

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