ファンタジー 竜少女
「お願い、目を覚まして!」
唇に柔らかい感触があり、口の中へ何かを流し込まれた。俺は混濁した意識の中で、それを飲み下す。それはトロリとした砂糖水の様で甘かった。それが胃へ着いたのか、胃が熱くなる。いや、熱すぎる。
「ぐぁぁああ!」
「きゃぁ!」
あまりの熱さに目をあけると、目の前に少女が居た。その少女は驚いてぺたんと後ろに尻もちをついたようだが、俺はそれどころではない。あまりの熱さに全身に痛みが走っている。特に、頭とか腰とかが異常に痛い。
どれほど時間が経ったのだろうか。数分の様にも感じるし、数時間そうしていた様な気もする。途中から、あまりの痛さと熱さに意識が朦朧としていたからな。
「だ、大丈夫ですか……?」
「あ……?」
そう言えば、少女が居たんだった。というか、俺が苦しんでいる間もずっと居たのか? 恥ずかしいところを見られたと言えばいいのか、医者でも呼んでくれれば良かったのにと言えばいいのか。
「……角? 尻尾?」
少女になんて言おうかと考えていると、少女の異様な姿に目が点になる。体はほぼ半裸で、頭に角、そして腰からは尻尾が生えていた。鱗があるから、爬虫類か何かか?
「大丈夫そうですね」
少女は、ほっとしたように胸を押さえて一息つく。
「えっと、俺は一体?」
「すいませんでした!」
「何が?」
「余所見してました!」
「もう少し詳しく」
「はい……実は……」
少女の正体はドラゴンらしい。そして、昼寝から目覚めて寝ぼけて歩いていたところ、偶然近くを歩いていた俺を轢いたと。そして、慌てて自分の血を口に含み、俺に口移しで飲ませたのか。
「口移し……」
「はい、意識が無くて自力で飲んでくれませんでしたので。あの、ドラゴンって言うのは信じてくれたんですね?」
「あ……ああ、そう言えば角と尻尾があるね。本当にドラゴン?」
「今、元の姿に戻りますね」
少女はそう言うと、数メートル近い赤いドラゴンへと変身した。いや、ドラゴンが元の姿だから人間の姿に変身していたのか。ドラゴンは赤い鱗に角と尻尾はあるが、ドラゴンらしい翼が無かった。
「翼は?」
「あ、やはり気が付きましたか。私、突然変異らしくって翼が無いんですよ……。でも、その代わり私の血には不老不死の効果があるはずなんです。飲ませたのはあなたが初めてなので本当かどうかは分かりませんが」
少女はそう言うと、再び少女の姿へと変身した。
「不老不死だって?」
俺は確か、死ぬためにドラゴンが住むという山へ入り込んだはずだ。自分で死ぬ勇気が無くて、痛いのも、苦しいのも嫌なのに、生きているのも嫌だっていう自分のわがままで。ドラゴンなら一瞬で痛みも苦しみも無く殺してくれるはずだと思い込んで。
「……なんてことをしてくれたんだ」
「え?」
「なんでそんな余計な事をするんだよ!」
「ええっ!? すいません!」
少女は、まさか文句を言われるとは思っていなかったのか、驚いている。普通の人間なら生き返れば喜ぶし、不老不死も権力者なら喜んで望むところだろう。
「俺は、一番最初のなんで死んだか分からない状態が望むものだったんだ! それなのに、熱いし痛いし苦しんだあげく、不老不死でもう死ねないなんて!」
「す、すいません!」
このドラゴン少女、謝ってばっかりだな。
「それに……」
俺は頭に触れる。すると、少女と同じ様に角があった。腰に手を伸ばすと、そこには尻尾が。
「おい……」
「はい……」
俺は角と尻尾を指さす。
「か、かっこいいですよ? うわー、すごくかっこいいなー。きっと注目の的だなー」
「違う意味で注目されるわ!」
「ひぃっ!」
恐らく怒られると分かっていて、視線を逸らしながら棒読みで俺を褒めていた少女は、俺に予想以上に怒鳴られてびくっと縮こまる。
「で、どうすれば不死は治る?」
「不死をまるで病気みたいに……。あっ、不治の病ですかね?」
「全然うまくないからね? いや、本当に治らないやつなのか?」
「正直、分かりません。さっきも言った通り、飲ませたのはあなたが初めてなので」
「じゃあ、誰が不老不死だって言い始めたんだ?」
「なんか、村の言い伝えで翼の無いドラゴンの血は不死の力があるって……」
「それじゃあ、本当かどうか分からないって事か?」
「はい……」
それなら、不死じゃない可能性もあるって事か。まあ、自分で自分を傷つけて確かめるなんて怖い事する気は無いけれど。
「とりあえず、お前も来い」
「どこへ行くんですか?」
「自分の家に一旦帰る。頭と尻尾を隠さないとならないからな」
「私、着いて行く必要あるんですか?」
「あ?」
「はい、分かってます! 元凶の私がどこかへ行く訳に行きませんよね」
少女を連れて村へと帰る。幸い、俺の家は村のはずれにあるから誰にも見られることなく帰る事が出来た。もうすぐ、暗くなりそうだったから特にみんな家へと帰っていたのだろう。
「……ずいぶんとボロい家ですね」
「うるさいわ。さっさと入れ」
家の前で俺の家の感想を言っている少女をひっぱって家へと入れる。
「家の中にも、何も無いですね……」
「どうせ死ぬつもりだったから、売れるものは全部売ったんだよ。まあ、死ねなかった時の為に、最低限のものは残してあるから大丈夫だろう。お前には、これをやる」
俺は、大事にしまっておいた女性用の服を少女に渡す。俺は、帽子とマントで角と尻尾を隠す。少女の角は短いから、髪をうまくまとめれば角は隠せるだろう。尻尾は服の下に隠してもらう。
「なんで女性用の服を持っているんですか……? まさか、女装――」
「妹のだ」
「え? 妹さんが居るんですか?」
「正確には、妹が居たんだ。今は、両親も妹も死んで誰も居ない」
「そうだったんですか……すいません」
「だから、それは妹の形見だ。どうせもうここには戻って来ないから、捨てるよりは使ってもらった方がいいだろ」
「えっと、戻って来れないのは私のせいですよね……」
「それもあるが、それだけじゃない。世界を見たいんだ。ついでに、不死も治す」
「それは……はい、いいと思います」
少女は、一瞬口を滑らせそうになったようだけど、何とか耐えたようだ。俺だって、自分で言っててついでで不死を治せると思っていない。
「世界を見たいと言っていたのは妹だ。だから俺は、妹が見たかったものを代わりに見てきてやる。それを、墓で報告してやるんだ」
「分かりました。私も着いて行きます」
「……なんでそうなる?」
「いえ、私も世界を見たいと思っていたんですよ。ほら、私って翼が無いじゃないですか。だから、他のドラゴンと違って行動範囲が狭いんです。だから、歩いて世界を見て歩きたいとずっと思っていたんです。まあ、この見た目と、引きこもりな性格もあって実行できていないんですけどね。それに、人間の常識も分かりませんし」
「分かった。なら一緒に行くか。俺も、この状態で何かあったら困るからな。いきなりドラゴンの姿になったりしても困るし」
「ああ、それは大丈夫だと思いますよ。ただ、身体能力がドラゴン並みに上がるだけです」
「は? よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
「身体能力がドラゴン並みに上がるだけです」
伝説の生物、ドラゴンと同等の身体能力だって?
「お前、本当に、何てことをしてくれたんだ!」
「す、すいませんー!」
少女は、俺に怒鳴られて少し涙目になって縮こまった。こいつ、本当に気が弱いな。
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