ホラー ゾンビにされた

私の家は貧乏だった。けれど、父親は私を14歳まで育ててくれた


その恩は感じている。けれど、これは無いんじゃないかな


「さあ、来い。お前は今日から実験動物だ」


「……はい」


あのクソ親父、宗教団体に私を売りやがった


私は着てきた服をすべて脱がさせられて、代わりに白い布を頭からかぶる


そこから、部屋を一つずつくぐるごとに消毒された。私をばい菌か何かの親玉だと思っているんだろうか


「最後に、この薬を飲め」


「……何ですか、これ」


「いいから、飲め。飲まないなら今日の食事は抜きだ」


「分かりました! 飲みます!」


私は、お腹いっぱい食事を食べた記憶がない。毎日、給食だけで腹を満たすだけだった。つまり、休日や祝日で学校が休みになると空腹で死にそうになる


一応、雨風のしのげる家屋と、最低限のライフラインである水道と電気が通っているだけホームレスよりはマシな暮らしだったのだろうか


だから、ここではいくらでも食事が食べられると聞いて、ある意味家よりもいい暮らしになるんじゃないかと思っていたんだけれど、そんなうまいはなしがあるわけなかったのだ


私は、どう見ても見た目が紫色のヤバイ液体を、目をつぶって一気にあおる


「うげぇっ」


「吐くなよ。少しでも吐いたら食事抜きだからな」


「絶対に吐きません!」


昔飲んだ頃がある泥水よりもさらに不味い液体だったけれど、私にとっては食事を抜かれる良りマシだと感じられるほど……私、よく今まで生きてこられたな


「これは逸材だ……この薬品を飲めたのはお前で3人目だ」


「そうなんですか? それで、この後は何をすればいいのでしょう」


「今日はもう特に何も無い。3時間後に出る食事を食べて、寝るだけだ」


「ありがとうございます!」


私は白い服を着た研究者っぽい人に90度頭を下げる。食事は命


私は、夜ご飯をお腹いっぱい食べて、幸せな気分で寝る事が出来た


次の日の朝


「調子はどうだ? この後、健康診断を行うが、先にお前の感覚を聞いておきたい」


「はい、体調に変化は無いと思います」


「それは良かった。そしたら、健康診断が終わったら朝食を食べたまえ」


「はい! ありがとうございます!」


私は、大人しく健康診断を受けた。血を抜かれ、口の中を見られ、おしっこを調べられる。最後にレントゲンを撮って終わった


朝食もお腹いっぱい食べると、研究者っぽい人が再び怪しげな飲み物を持ってきた


「今日はこれを飲め」


「……昨日と、色が違いますが、違う薬品なんですか?」


「そうだ。俺は飲んだことが無いから味は知らんがな」


昨日よりは少し話しやすくなった研究者っぽい人から液体を受け取る。匂いは無いけど、ねっとりとしていて昨日の薬品よりも飲みづらそうだ


私は、また一気にあおる。けれど、ゆっくりとしか落ちてこない液体が舌に触れた時、舌に刺激があった


「おあっ」


「絶対に飲めよ。吐いたら食事抜きだ」


「うー! うっううう、うううえう!」(はい! 絶対に吐きません!)


私は少し痛みを感じるくらいの刺激物を、私は我慢して飲む。これでも、半月の間机の中に封印されていた友達のコッペパンを勝手に食べた時よりはマシだ。あの時は、腹痛で死ぬかと思った


「ほぅ、これも飲めたか。お前は逸材だ。その薬品を飲めたのはお前で2人目だ」


「えっと、昨日よりも一人減っているんですけど、その人は飲めなかったんですか?」


「ああ」


「それで、その人は……?」


「じゃあ、昼頃まで休憩してからまた健康診断だ。朝との違いを見ないとな」


「あの、その人はどうなったんですか?」


「健康診断が終わったら昼食だ。今日はステーキもあるぞ」


「はい! ありがとうございます!」


ステーキの前には、一人飲めなかった人がどうなったかなんて些細な問題だ。第一、一人は飲めているんだ


昼食のステーキを腹いっぱい食べる。幸せ過ぎて、もう死んでも後悔は無い。いや、死にたいわけじゃ無いんだけど


昼食を食べて1時間ほど経った頃、健康診断を再び受ける。朝と同じ内容だ。健康診断が終わったら、研究者っぽい人が再び現れる


「今日やるべきことは何も無い。風呂に入って夕食を食べるがいい。あとは、好きにしていろ」


「はい! ありがとうございます!」


私は研究者っぽい人に90度頭を下げる。好きにしろと言われたが、特に何をすればいいかわからない。ゲームや漫画も置いてあるんだけど、そんなもの今までやったことも見た事も無いから興味が余りない


ぼーっとしている間に夕食の時間になり、再び幸せな気持ちで寝る事が出来た


次の日の朝、再び体調の事を聞かれる。健康診断は昨日の昼に受けたから、今日の朝は無いようだ。けれど、再び怪しげな液体を持ってガスマスクをした研究者っぽい人が現れる


昨日は真っ黄色の液体で、今日はパッションピンク? 本当に、何を入れたらそんな色になるんだろうか。それも、今日は変な臭いまでする


「……それ、本当に飲んでも大丈夫なやつですよね? 今までに飲めた人は何人くらいいますか?」


「さあ、飲め」


「せめて人数くらいは!」


「飲まないなら、食事は――」


「はい! 飲みます!」


私は、どう見ても嗅いでもヤバイ液体を口に流し込む。臭いとは別に、味はしなかった。いままでの2つよりもよっぽど飲める。けど、飲み終えたら胃が熱くなってきた


「うぅ、あああっあっ!」


「ちっ、こいつでもダメか。前の奴も飲んだ瞬間、のたうち回って死んだからな」


(そんな! 死ぬほどの液体を飲ませるなんて!)


私は、苦しみに声すら出せない。けれども、しばらくしたら痛みが引いて落ち着いてきた


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。あの、今日の朝食は何でしょうか……?」


その言葉を聞いた研究者っぽい人は、顔を引きつらせながら答えてくれる


「特別に、お前の食いたいものを何でも用意しよう。その液体に耐えられた初めての実験動物だ。成果には答える」


「それなら、お寿司を食べてみたいです。特上をお願いします!」


私は、うずくまったまま顔だけ上げてお願いする。その必死さに、研究者っぽい人の顔は再び引きつった


「分かった。最高の寿司を用意してやるから、しばらく待っていろ」


「はい! ありがとうございます!」


私はまだ立ち上がれなかったので、声だけ元気に答える


「そいつを運んでやれ」


「はい」


研究者っぽい人は、近くに居た他の研究員にそう命令すると、私はお姫様抱っこで部屋まで運ばれた。私、昔からあまり食事を食べさせてもらえなかったから小柄で軽いんだよね


私はいつの間にか寝ていたようで、目が覚めると部屋を出る。お腹の減り具合から、数時間は経っているはずだ。そろそろお寿司が出来ていてもおかしくない時間だろう


部屋の角を曲がろうとした時、角から声が聞こえたので、何となく立ち止まって聞き耳を立てる


「あの少女は、無事に3つの薬品を飲むことが出来た。あと2つ飲むことが出来れば完璧なのだが」


「それは厳しいかもしれませんね。寝ている間に採った血液を調べたところ、すでに体に変異が起きていましたから」


(えっ、私の体に何かあるの?)


私は自分の体を見るが、特に変わった様子は無い


「最低限のラインはクリアしている。次の薬を飲めるかどうかが――」


私は、そこでダッシュで来た道を戻る。このままじゃ、死ぬまで実験される。私は、手当たり次第に扉を開けて逃げようとするけれど、何をしても開かないドアにぶち当たる


「助けて! 私、死にたくない!」


監視カメラで見られていたのか、すぐに研究者っぽい人が現れた


「何を言っているんだ? ほら、高級寿司が出来ているぞ。それを食べたら次の薬を飲むんだ」


「嫌よ! それを飲んだら、今度こそ死ぬかもしれないんでしょ!」


「ちっ、どこでその話を……。だが、今更お前を帰すわけにはいかん。おい、薬を注射器に入れて寄越せ」


「はい」


研究員が薬品を注射器で吸い上げる。その色は、真っ赤な血のようだ。いや、本当に血なのかもしれない


「嫌だ、やめて! 助けて!」


「本当なら、まだ早いのだが仕方あるまい。大人しく、寿司でも食べておればよかったのにな」


確かに、知らなければきっと私は幸せな気分で薬品を飲んでいた事だろう。だけど、話を聞いたからにはそう言うわけにはいかない


「あっ……」


私は押さえつけられ、首に注射器の針が刺される


「ああ……」


首に異物が注入される違和感を感じながら、薬品が無くなるまで待つ。今動いたら、首に針が刺さって死ぬかもしれないから


「………………ぎゃあああぁぁ!」


「ちっ、やはり失敗か。この薬品を使うのは早すぎたか」


「博士、被検体の体が……」


私は全身を襲う激痛に転げまわる。そして、私の皮膚がはがれ、血が滲んでくる。場所によっては筋肉まで露出して、空気が触れるだけで激痛が走る


「ああああああああああああああああああああ!」


私は、あまりの痛みに気絶した


「……私、生きてる?」


私は、目を覚ますことが出来た。どうやら、部屋に運び込まれたみたいで、ベッドの上だった。上半身を起こしてベッドを見ると、私の血なのかベッドが血だらけだった


自分の手を見る。皮膚は剥がれ、ボロボロだ。けれど、痛みはない


私は、ベッドから降りて部屋を出る。鍵は閉まっていなかった


何があったのか分からないけれど、廊下にも、部屋にも誰もいなかった


心なしか、かび臭い気がする。それに、よく見たら廊下にうっすらと埃が積もっている


「私、どれだけの間寝ていたんだろう」


私がいつも健康診断を受ける場所に行くと、カルテらしきものが置いたままになっていたのでそれを見る。そこには、メモ用紙が添付されていた


「まだすべての薬品を飲み終えてはいないが、菌を注射した。被検体の体は崩壊を始めたが、まだ生きているようだ」


「3日たったが目を覚ます様子は無い。けれども、被検体の体は衰弱する様子は無いので実験が成功している可能性がある」


「1週間が経過したが、少女はまだ目を覚まさない。肉体的な衰弱は見られていないので、菌はしっかりと少女を苗床にすることに成功したようだ」


「空気中の窒素を使って肉体を食事不要にし、がん細胞の様に無限に修復する不老不死の可能性を持った細菌の性能の内、窒素からエネルギーを生成する事は成功しているようだ。肉体は再生する様子が無く、まるで腐乱死体のようだが脈はあるので生きているのだろう」


「なにこれ……それ、私の事? 私が腐乱死体……?」


私は心臓に手を当てる。心臓は動いている。けど、剥がれた皮膚からは血は出ていない。鏡が無いので

自分の姿を見る事が出来ないのがもどかしい。いや、見れなくてよかったのかもしれないけど。私は、自分の姿を確認したいのを我慢して続きを見る


「実験は失敗だ。少女の監視をしていた研究者が死んだ。どうやら、少女の体から有毒がガスが発生しているらしい。ガスマスクだけでは防げないようで、皮膚からでも吸収されるのだろうか」


「完全な防護服を着せた研究員を送り込んだが、少女に近づくと先に死んだはずの研究員が起き上がり、防護服を着ている研究員を襲った。防護服を傷つけられて破れた瞬間、その研究員が死んだようだ」


「何とか捕まえておいた死んだはずの研究員達は、数日たつと動かなくなった。どうやら、薬品を飲んでいなかったので菌が定着しなかったのだろう」


「有毒ガスは、現存するどんな防護服でも防ぐ事が出来ないことが分かった。そして、少女が生きて居る限り発生し続けるようで、今では誰も近づくことが出来ない。研究所を閉鎖、封印するしかない」


メモ用紙はここで終わっている。誰かに報告するために書いたものだったんだろうけど、持ち出す前に何かあったのか放置されたようだ


研究所内をどれだけ歩いて回っても、出口は無かった。試しに扉を金属製のパイプ椅子とかで叩きつけても傷すらつかない。逆に、椅子が曲がって折れる


「椅子の方が壊れた……っていうか、私に椅子を壊すほどの力があるなんて」


その菌のせいなのか、おかげと言えばいいのか、力が増している。そして今更気が付いたけれど、地下で全く明かりが無いはずなのにまるで昼の様に見えるのは、眼にも何か変化があったんだろう。真っ暗な中で閉じ込められたら肉体は無事でも精神がヤバイ


それから数日間、研究所内を調べた。脱出する場所は無かったけれど、研究に使っていたであろう薬品などが置きっぱなしになっていた。それに、私の体は食事に続き睡眠もとる必要も無くなっていた


「これ、本当は私に飲ませる予定だった薬なのかな」


棚に並んでいるいくつかの薬品。左から、私が初日に飲んだもの、次に飲んだものと並べられている


そこには5種類の薬品があったが、私に注射された血液の様な液体は置いてなかった


「これを飲んだら死ねるのかな」


私は脱出を諦め、死にたいと思った。食事を摂らなくても死なないので、餓死は無理。自分の体を切るのも怖くて無理。ならば、最後は毒かもしれない薬品を飲んでみる事にしよう


私は、飲むはずだった2種類の薬品を一気に飲んだ


「……私、死ななかったんだ」


そう言えば、皮膚が破れていたのに痛みを感じなかったから、痛覚が死んでいたのかもしれない。そのおかげなのか、薬品は苦痛なく飲めてしまったのか


「はぁ……。私、これからどうしよう」


そうつぶやきながら自分の手を見ると、あれほどボロボロだった手が綺麗に元通りになっていた


「あれ?」


足も、腕も、触った感じ、自分の顔も、すべて元通りっぽい


「あはは……私、再生能力の方も得ちゃった感じなのかな」


私は、望んでいない方の能力まで得てしまったようだ


「うぅ……くそっ!」


私は、腹立ちまぎれに鉄製の扉を蹴る。どうせ痛みを感じないだろうからと、思いきり


ガシャーンッ


「……あれ?」


鉄製の扉は、私が蹴ったところがべこんと大きく凹んで壊れた。逆に、私の足は無傷だった


「再生能力どころか、身体能力までおかしくなってる!」


だけど、これで私はこの研究所から脱出する事が出来るかもしれない


私は、恐らく出口であろう場所の扉を殴る。さすがに、その辺の扉より頑丈なのか、少し凹むだけだ。けど、私は構わず何度も殴る、殴る、殴る


何回殴ったか分からないけど、べこべこに凹んで扉に隙間が出来たので、そこに指を刺し込んで引きはがす。ご丁寧に、扉の先はコンクリートで埋められていた


「こんにゃろー!」


私は、コンクリートも殴る。コンクリートは扉よりも柔らかいので、結構簡単に壊せる


それを何日やったか分からないけど、コンクリートの手ごたえが無くなって光が差し込んだ


「外だ!」


久しぶりに見た外の景色。ここはどこかの郊外に作られた場所ではなく、街の地下に作られた研究所だったようだ。そして――


「ゾンビパニック!」


外には、ぼろぼろの姿の人たちがふらふらと歩いているのだった

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