恋愛 地球の99%が水没した

目が覚めると、辺り一面が海だった。近くには、墜落したらしい飛行機がある


「一体、ここはどこなんだ?」


頭がズキリと痛む。どうやら、記憶喪失らしい


「痛っ、自分の名前すら思い出せないのに、なんでこんなに冷静なんだろうな」


名前は思い出せないけど、言語とかには問題ないようだ。海で自分の姿を見ようにも、波打っていて確認する事が出来ない


海に墜落しなかったのは、運が良かったのか悪かったのか分からないが、ここはどうやら1キロほどの小島らしい。ただ、すべてが砂浜の様なもので、衝撃を吸収したおかげで助かったのだろうが、木も何も無いので食べる物が無い


「……海で魚でも採れと?」


記憶喪失とは関係なく、魚を採った事があるという記憶はない。靴を脱いで海に入ると、水深は浅いようだが思ったよりも冷たい。心臓麻痺を起こすほどでは無いが、長時間入ってはいられそうにない


「俺、泳げるのか?」


少し自分の記憶を掘り起こす。


「……ああ、服を着たままでも泳げるように訓練させられた覚えがあるな」


だが、唯一の服を濡らすわけにはいかないだろう。その前に、一度飛行機の様子を見た方が良いのだろうか


……どう見ても、滑走路として利用できる距離は無い上に砂浜だから車輪が埋まっている


「これは絶対に、離陸できないな」


何か使えそうなものは無いかと見たが、そんな無駄なものを積んでいる訳はなく、パラシュートなどいくつか流用できそうなものがあるだけだ


というか、俺、パラシュート無しでよく生きてたな。自分の幸運に感謝しつつ、これからどうしようかと思案する


「泳げる事と、魚を捕まえられることは別だよな……」


人を脅威と思っていないのか、思ったよりも近くまで魚が来る。けれど、捕まえようとすると素早く逃げる。当たり前か


「水も食料も無しで何日生きられるのか……」


確か、記憶だと水なしで人が生きられる日数は3日程度だったか。せめて、雨でも降ればパラシュートにでも貯水するのだが、あいにく雨が降る様子は無い


「詰んだ……」


せっかく、墜落から生き延びたというのに、餓死するくらいなら墜落で即死していた方が幸せだったかもしれない


海の近くに座り、ぼーっと遠くを眺めて現実逃避する


「あの……」


「え?」


どこからか声がした。けれど、当然に人影は無い。遮蔽物も何も無いこの場所に人が隠れられる場所など無い


「あまりに絶望的過ぎて、幻聴でも聞こえたのか……」


「いえ、幻聴じゃありませんけど……」


「だ、誰だ!」


よくよく聞けば、声は海の方からした。そして、よく見ると人の頭が波の上に出ている。それは10代くらいの女の子だった。まあ、頭だけで感じた年齢なのであてにはならないかもしれないが


「よかった、人が居たのか。それとも、この近くに他に人が住んでいる島があるのかな? とにかく、俺は助かったのか」


「いえ、この近くに島も人が住んでいる場所はありませんけど」


「それじゃ、君はどこから来たんだい? ああ、船か」


「船でもありませんけど」


まるで、クイズを出されている様で少しイラッとする


「じゃあ、どこから来たんだ?」


少し強い口調で問うと、少女は少し怖がったが、それでも答えてはくれた


「……海の底です」


「海の底だと? まさか、潜水艦か?」


「潜水艦……って何ですか?」


「え?」


「あの……そっちへ行ってもいいですか?」


「あ、ああ……」


少女が海から上がってくるのを待つ。形のいい胸には、海草のようなものを巻いていた、そして、下半身は……魚だった


「人……魚?」


「人魚って何ですか?」


言葉は通じるのに、単語が通じないのか、少女はすぐに疑問符を頭の上につける


「うんしょっと」


「呼吸は大丈夫なのか?」


「はい。私は地上でも水中でも呼吸できます」


「それなら、ちょっと聞いていいか? ここはどこなんだ?」


「分かりません。海に目印はありませんし、私もここに来たのはたまたま大きな音がしたから気になったからで、普段はずっと海の中にいますし」


少女は、ジッと俺の顔を見ているようなので、見返すと少女は頬を赤くして視線を逸らした


「どうしたんだ?」


「えっと、あなたの顔が私の好み……きゃっ」


少女は、俺と視線が合うと再び視線を逸らす。どうやら、少女にとって俺の顔がドストレートらしい


「あ、お腹空いてませんか? 私、魚を採ってきます」


「本当か?! それは助かる」


少女は、すぐに海の中へと潜った。俺は確か飛行機の中に遭難した時の為に装備されているナイフやライターを取に行く


「って、燃やすものが何も無いな」


飛行機の燃料でも使うかと思ったが、臭いが移れば食えたものじゃ無くなる。でも、生の魚は寄生虫とかが居て危なかったはず


「採ってきました」


少女がとってきた魚は、見た事も無い種類だった。新種というレベルを超えた、未知の生物だ。まあ、深海とかには未知の生物など山ほど居るのだろうけど、知っている魚の姿からは全く違う


「このまま生で食べて大丈夫なのか?」


「? 生以外で食べる方法があるんですか?」


「焼いたり、煮たり……」


そこまでいって、水中で出来るはずが無いかと自己完結する


「こほんっ、それじゃあ、頂いてもいいか?」


「はい、あなたのために採ってきたんですから」


「それじゃあ、いただきます」


俺は恐る恐る背中の部分に少しだけかじりつく


「……うまいな」


「よかった。それ、私達の間でも人気の食べ物なんですよ」


「そうなのか」


さすがに内臓はナイフを使って抜いたが、それ以外は綺麗に食べる。骨も何かに使えるかもしれないから、海の中へは捨てない


「ご馳走様」


「ところで、その足はどうしたんですか?」


「足がどうしたのか? ああ、ヒレじゃ無いって事か。人は普通、足がある物だろ?」


「いいえ、少なくても私は初めて見ました。遥か昔に、私達の祖先に足があったと聞いたことはありますが……」


「遥か祖先……?」


「あ、そろそろ一度帰らないと。明日、また来ますね。その時、また食べ物を持ってきます」


少女はそう言うと、海へと戻った。時間が過ぎ、夜になった


俺は、コクピットに座り、夜空を見上げる


「俺の覚えているものとまったく星空……星座が違うな」


別の星に来たので無ければ、考えられることは一つしか無かった


「俺が居るのは、遥か未来の地球か。もしかしたら、世界中の氷が融けて陸地が無くなったとか……まさかな」


直近の記憶が無くなっているので、何とも言えないが、墜落事故以外でパラシュートも無しで生きているのは、未来に飛ばされたからなのか


「……寝るか」


今は考えても仕方がない。気持ちを落ち着かせるためにもさっさと寝よう


朝になり、海の近くで暇をつぶしていると、少女が顔を出した


「あ、よかった。また会えましたね。これ、食べ物です」


「ありがとう」


少女は、魚以外にも家から持ってきたのか、海藻のような物やカニのような物を持ってきてくれた。まあ、ハサミがあるからカニだと言ったが、見た目はハサミ以外なんて言ったらいいか分からない生物だが、ここが遥か未来ならカニが進化したものなのかもしれない


「まさか、人類は海に生活圏を移したのか……?」


俺は、ほぼ確信した。いつかは分からないが、人は徐々に減る陸地を捨てて海に適応する様、進化していったのだろう。それを考えると、数万年規模で未来に来た事になってしまうが。言葉が通じるだけ奇跡かもしれない


「あれから、私の頭からあなたの姿がずっと離れませんでした……」


少女は、少しうるんだ目で俺の方を見る。だが、俺の方はその気持ちを受け入れられるほど冷静では無かった


「気持ちがうれしいが……」


「あのっ、あのっ! 明日も、明後日も、ずっと食べ物を持ってきます! だから、私にあなたの時間を下さい!」


少女の真剣な声に、俺はなんて言ったらいいのか返答が出来なかった


だが、俺はこの少女に嫌われたら餓死するだけだ。打算的な付き合いになるが……


「……分かった、頼む」


「! はいっ!」


少女は、パッと表情を明るくする。これは、俺がこの少女に心を開くまでの物語だ

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