不安定×シミ→ラ↓リ←ティ↑カ→ルの函

gaction9969

〇 ▼ ●

「はいそこっ、怪訝そうな顔を隠そうともしなくしない」


 何ていう。何て分かりにくい言い回しながら、的確に今の僕の表情を言い表されたんだろう……いやぁ、でもまあそうなるのもやむなしとも思えなくもないんだけれど。


 「感情」。そんな曖昧ではっきりしない「事象」が、くっきり視える、ってこと? 本当に?


「ま、あたしも昔はそれに振り回されてたりもしたんだけどね、ま、ま、いったん『認識』さえしちゃえば、その『色』も鮮明に見分けられるようになるってヒトは結構いる。んふふワタクシの旦那様とかねふふふ……だからうすらぼんやりでも今、『視える』というキミら達には、それらをね、『とらまえる』、的なことが出来ちゃったりするっていうような、そうゆう才が……あるのかもなのだよ、ふんふん」


 「教官」と呼んで、と言われたけれど、はっきりその得体は不明なところの、華奢でちいちゃなその人は黒板を背にした教壇に伸び上がるようにして、そのような怪訝しか浮かべようもないような言葉を並べ立てるのだけれど。今の今で分かったことと言えばこの童顔の少女のような方が既婚者らしいということくらいだ。


 でもその一風というか相当変わった……透明感のある銀色をしたおかっぱのような髪のあちこちから、線香の煙のようにたなびき昇っているのは確かに「深緑色」の「光」のようなものだ。これは……これが「感情」、とでも言うのだろうか。


 はい座学しゅうりょうー、と、ほぼあまりやる気の無かったような前段はそこそこにして、みたいな感じで、僕と、ほかやはり怪訝な表情を浮かべたままの僕と同じく高校生くらいの男女ふたりと共に、その教室のような部屋を後にする。


「……ま、実戦、実践ってね。それが いちばんなのよ」


 案内されたのは体育館くらいの大きさの、天井の高いホールのような空間だった。淡いスポットライトのような白色の電灯が、灰色の壁や床を曖昧に照らしている。


「初っ端、キミから行ってみようか、ええと『ムネチカ』くん、『むねちーくん』と以下呼称しようかねぇ、んふふふ」


 何がそんなに楽しいのか分からないけれど、そんなあっさりと人との距離感を詰めてくるタイプの人なんだなということは分かった、割と僕も好きなタイプの人でもある。ので自分も、


「『フジノ教官ドノ』、自分は何をやればいいでありますか?」


 殊更にそんな芝居がかった返しをしてみた。彼我距離三メートルくらいでその表情のある大きな瞳に視線を合わせてみると、その上方、おかっぱからの「緑の煙」に「橙色」のものも混ざってきたようだ、それは、「その色」は、少なくともいい感じの「感情」なんだろうか……そこまでまだ僕には分からないけれど。と、


「……!!」


 いきなり投げ渡されてきたのは、金属光沢を発する大振りのサイコロのような立方体だった。見た目より軽く感じる。掌の中でひんやりとした冷たさを呈してくるそれを指でつまみ上げ、その正体を探ろうとするけど。分かったのはそれが立方体では無く、少しだけ構成面の二辺ずつの長さが異なる直方体であることだけだった。これは一体……?


「ヒトの『感情』がね、外界に漏れ出して吹き溜まったところに生まれる擬生命体、それが『感情体エモズィオ』って呼ばれてるものなの。感情にそもそも実体があるのかって? 現にそうなんだから、それはそうと納得してもらう他は無いけど」


 フジノ教官がそんな一方的な説明をしだす中、右手奥、通気口のように見えた黒く細い楕円の網状のものを通過しつつ、「水色」と認識できるもわりとした「霧」のようなものがひとかたまり、漂い出て来ていたのを視界の隅で確認する。


「結構太古からあるでしょ、その手の『幽霊』『おばけ』に『呪い祟り』。現世うつしよを彷徨う『感情体』は実際、生き物に対して影響を及ぼすことが分かってる」


 荒唐無稽にも程があるような。ただどうやってるのかは分からないけど、噴出されてきた「水色それ」は。意思を持っているかのように僕の目の高さ留まると、次の瞬間、ふよふよと僕の方に吸い寄せられるようにして中空を滑るように流れてきたわけで。え、と思う間には、結構なスピードでするすると、僕との間合いを約五メートルくらいに詰められてきている。ええまさか……


「結構視えてるみたいで、これは期待。そのもわもわは『消沈モーピー空色セレスト』、の最下級レベル1、ってところかな。憑りつき……『干渉』されてもまあ、丸一日くらい出どころ不明のマイナス思考に捉われて何をやる気力も無くなるくらいの効果しかないから、まあ安全」


 安全、では無いと思う。


「そんな無為な週末を送りたくないんだったら、やってみるしかないよねぇ? 渡したのは『ドォス』っていう特殊金属で出来た『箱』。それに何故か『感情体』は引き寄せられるんだなぁ、そしてその金属で周囲をきっちりと囲ってしまえば、『その空間』に安定して留める、封じ込められるってことが分かっているよ。ここまで言えば、勘の鋭いむねちーくんならその『方法』ってのが分かるはずだけれど」


 さっきから掌の中で弄ぶようにいじくっていたから、この「直方体」の一面が滑らかにスライドすることは分かっている。つまり……


「……ッ!!」


 こうだ。僕はその「匣」の一面を指の腹でほんの少し、ミリほどの隙間を開けるように滑らせると、出来た「糸」ほどの隙間を、既に目の前まで迫ってきていた「水色」に向けて突き出すように掲げた。こうやることで、こうやればっ、ここから……吸い込むはずだっ。


 保持した「匣」に細かな振動を感じた。手ごたえあり、とか思った、その、


 刹那、だった……


「ん? ……んんんんん……?」


 あっさり「水色」はその「匣」ごと僕の右手を包むやいなや、強烈な脱力感を与えてきたのであった……


「あはははは!! 惜しい惜しい、それは『射出』する時のやり方だったりするんだなぁ、ま、ま、感知能力は申し分ないし、既存の『方法』に凝り固まる必要は無いから色々試してもらった方が幅は広がるってもんで、いいでしょ。可能性ってのはいつでもどこでも、しれっとした顔で佇んでるもんだし、ね?」


 いや、先人の知恵経験に従うも生きる術かと思いますけどぉぉ……という、立ってもいられなくてコンクリの地べたにがくりと横たわってしまった僕の頭上から、おもしろくてしょうがない、というような「橙色」とか「緑色」とか、「桃色」だとかがふよふよ漂ってくるのは視えるは視える……


「あはは、合格、『村居ムライ 宗親ムネチカ』くん、改めまして、あたしは二十三区管轄の『降旗フルハタ 藤乃フジノ』ですっ。今後『相棒バディ』になる可能性は高そうだから、ひとつよろしくね」


 はぁ、もう諸々が決まっていて決まっていくんですねぇ……との思いくらいしか、その時には浮かばなかったけれど。


「……村居さん?」


 そんなところで意識・思考は戻ってきた。暖色の明かり、揚げ物の香り、満席の定食屋の心地よいさざめき。と、目の前の「少年」……「藤野くん」との会話はいつも僕を落ち着かせ、色々な思考やら追想にいざなうんだ、こんな時間が送れるなんて、あの頃は思っても無かったなぁ。


 結局、僕には操ることの出来なかったあの「匣」を、すんなりと扱うことの出来る「後継者」……あなたの意志を継ぐ才能くんが本当にしれっとした顔で現れましたよ、フジノ教官。くっくと喉奥で笑いそうになるのをこらえながら、言葉を紡ぎ出す。


「いや、大した奴だよキミは、って思ってたところさぁ、そしてこのサバ味噌は毎日食べても飽きないだろうね、ってこと」


 はぁ、と真面目な顔で僕の言葉の意味を探ろうと箸を止めて逡巡しているけれど。そう言ったところも含めて、キミは大した奴だよ。


 そして僕にはもう視えなくなってしまったけれど、視えているキミにはこの今の僕から漂ってるだろう「感情」の「色」が伝わるといいなぁ。


「……」


 「興奮ナーバス-E橙色ヴァーミリオン」、「充足サティスファイド緑色スプルース」、そして「懇意インティメイト桃色オペラモーヴ」が。


#02.2:不→安定×スィーミレ×追想


(了)

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