第26話 5:27
「じゃあ、とりあえずそっちに行っていいスか?」
インターホンの向こうの吸血鬼は、気軽にそんな事を言ってきました。
私はどうしていいのか分からず、思わずルースヴェンさんの顔を見ました。
「……そうですね……。一度こちらに来てもらいましょう。ほら、離婚届の件もありますし」
「あ、そ、そうですね。じゃ、じゃあこちらへお越しくださいっっ」
「了解っス~~♪」
あ~、何か面倒な事になってきてる~~……。でも今のうちにクリーム煮を食べちゃお!
ピンポーン♪
「早っっ!」
私は仕方なく玄関ドアの覗き窓から外を見ると、そこにはデリバリーの配達員のような格好の例の吸血鬼の姿。しかし驚いたのは、隣にセブリーヌがいたのです。
「セ、セブリーヌ?」
私は驚きながらドアを開けました。
「ま、まあ……この人が私を守ってくれるって言うから……」
セブリーヌはバツが悪そうに話してきましたが、何か照れくさそう。
あれ? どういう事だ?
「いやあ~。この人を助けちゃったら、意気投合しちゃったんスよ~♪」
すると、その吸血鬼とセブリーヌがいきなり目の前でキス! キス! 何度もキス!
いやいやいやいや! ちょっとちょっとちょっとちょっとっっ!
「き、吸血鬼さん。セ、セブリーヌ。もういいから入ってくださいっっ」
「あ、入っていいスか?」
「どうぞっっ!お入りください」
私は頭を抱えながらリビングへ戻りました。
するとルースヴェンさんが少し申し訳ない顔をしています。
何? あ!
ミ、ミナが私のチキンのクリーム煮を食べている~~っっ! チキンのクリーム煮~~っっ!
「ミ、ミナ~~~~…………」
「も、申し訳ありません。私は手が出せませんでした……」
ルースヴェンさんが猫が苦手で手が出せないのは仕方ないにしても~~~~……
私はその場で膝から崩れました。
すると、私が崩れたのと同時にミナは部屋に吸血鬼が入ってきたのが目に入ったのか、大慌てでまたベッドルームへ逃げていきました。
「おや? 何か……ペットいました?」
「エレンの猫のミナよ。ね♪」
「え! 猫スかっっ! こわっっ!」
「も~、エドゥアルトかわいいんだから♪」
吸血鬼とセブリーヌは予想以上にラブラブ。こっちの調子が狂います。でもエドゥアルトって名前なのね。この吸血鬼さん。
ルースヴェンさんはそんな二人を見ても、特に気にする様子を見せていません。大人だ。
そうして吸血鬼エドゥアルトとセブリーヌはルースヴェンさんにあいさつをすると、ベッタリとくっついたまま、グスタフの寝ているソファに座りました。
それでもグスタフは目を覚ましません。催眠術が効いてるのでしょうけど、それ以上にこの時間はほぼ寝ている時間ですからね。
ルースヴェンさんは私が横に座るのを確認してから、ゆっくりと目の前のエドゥアルトに話し始めました。
「それで、テスラは何とおっしゃっているのですか?」
「そうっスねえ。とりあえず研究所へ連れてくるようにって……ベリアルをどうにかするつもりらしいっスよ」
「ベリアルってどうにか出来るんですか?」
つい私は身を乗り出してしまいました。
「まあ、あれも所詮は悪魔なんで、こっちには手があるんスよ。ここじゃ言えないっスけどね~」
所詮悪魔って……。私には吸血鬼と悪魔の関係性が分からないので、さっぱり感覚が分かりません。
「とりあえずベリアルって悪魔は、火があればそこに意識を持ってきちゃうんスよね? だから火の起こせない空間にまずは二人を避難させようってのが、ステラの考えっス」
あ、そうなんだ。このエドゥアルトって人は何だかって感じだけど、テスラって人はすごいちゃんとしてそう。
するとルースヴェンさんが口元から左手を離しました。
「一つよろしいですか? そこに私がエレンさんと同行した場合、夜明け前までに事は終わると思われますか?」
「え? それは分かんないっスねえ~。今五時っスよねえ~。すぐに帰って……。後三時間ちょっとっスよねえ~……。ええ~……微妙っスねえ~っっ」
「え? 微妙なんですか?」
私はまた身を乗り出しました。
「だって、夜明けまでに私、グスタフと離婚して、この人といっしょになりたいって思ってたのに~~~~っっ!」
あ、思いの丈を言ってしまったっっ! あ~……ルースヴェンさんは顔を左手で覆っちゃったし、セブリーヌはすっごいニヤけたし、エドゥアルトさん爆笑しちゃってる~~っっ。恥ずかし~~~~~~~~~~~っっ!
「エレン。離婚届ならここにあるわよ」
「ええっっ!」
セブリーヌはほくそ笑みながら自分の着ているジャケットの内ポケットから、離婚届を出しました。
「私もあなた達に離婚してほしかったから、ベリアルに燃やされちゃう前に隠したのよ」
「そ、そうなんだ……」
若干微妙な気分にはなったけど、おかげでグスタフは起こさなくて済んだし、後は書類を書いて役所に提出するだけ!
「私、今からコレ書いていいですか? いいですよね? ルースヴェンさん!」
「……ええ。エレンさんさえ良ければ」
「はい! もちろん書きます!」
私はボールペンを用意して、離婚届にペンを走らせようとしました。
でもその時、何とも言えない悲しい気持ちになってきました。
グスタフと病院で出会い、恋人になり、プロポーズを盛大に受けて皆に祝福され結婚。そんな楽しい日々の先に、こんな事が待っていたなんて、思いもしなかった。
きっと私も悪かったんだ。グスタフはいっつもイライラして……でもこんなはずじゃなかった……。あ~~、何かこれ書くと、私の人生を全否定しちゃう気がしてきた~~…………
気がつけば私は目から涙をボロボロこぼし始め、視界が閉ざされてしまいました。
「エレンさん……無理はしなくていいんですよ」
「違うの……違うんです……。何か今まで私は何をやってきたんだろうとか、この紙見たら一気に思い始めちゃって……」
「エレン……」
不倫相手のはずのセブリーヌも、罪の意識からなのか申し訳ない顔をしています。
そんな時です。
「……な! セ、セブリーヌ! よ、横の男ダレだ! まさか浮気かっっ!」
起きたてのグスタフが、私を無視してセブリーヌに嫉妬し始めたんです。
「は、腹立つ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!」
私は離婚届に速攻でペンを走らせたのでした。
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