第27話 6:04

 しっかりと離婚届にサインをした私。


「もうコレであなたとは離婚ですからね! もうこれからは好きにして下さいませっっ! 今までありがとうございましたっっ!」


 私は周りのみんなが引く勢いで、起きたてのグスタフに啖呵をきると、左手の薬指にはめていた結婚指輪を、机の上にガーーーン! と、置きました。


「な、ぐ……」


 寝起きのグスタフは何も返せなさそう。

 やっぱり何か悲しいけど、何だか気分がさっぱりした気がします。

 そこにセブリーヌが追い打ちをかけました。


「あ、ごめんグスタフ。私、この人といっしょになるから、今日で別れましょ♪」


「なあ! ええ?」


 グスタフは寝耳に水とばかりに大混乱している様子。あまりの事に声になりません。

 するとここでルースヴェンさんがまたグスタフに左手をつき出しました。


「エレンさん。旦那様に催眠術をかけてもよろしいですか?」


「え……」


 確かにもう言いたい事は言った。でも何か心の中がモヤっとする……


「ま、待ってください。やっぱり落ち着いて話をしないといけない気がする……」


「分かりました」


 ルースヴェンさんはグスタフの顔から左手を離しました。

 しかし哀れなグスタフは、また目をトロンとさせています。


「ん? どうした事でしょう。左手をかざしただけで、催眠術にかかってしまっているようです」

「え?」

「わ、ホントっスねっっ! すげ~っっ!」

「催眠術にかかり過ぎて、おかしくなっちゃったのね」


 私たち四人は、グスタフの様子に感心していたのですが、


「今、それどころじゃないですって! ルースヴェンさん、催眠術をといてくださいっっ」


「はい」


 と、いう訳でグスタフの催眠はとけたのでした。

 当然ですが、グスタフはキョトンとして周りを何度も見わたしています。


「オ、オレ……今……」


「そうです。いきなり気を失いました」


 ルースヴェンさんのサッパリ説明に、セブリーヌとエドゥアルトは笑いをこらえています。


「や、やっぱり俺は病気なんだっっ! すぐに病院に戻って入院検査しないと!」


 大混乱のグスタフは慌てて外へ出ようとしました。

 しかし私たち四人を見て、催眠術をかけられる前の出来事を思い出したようです。


「……あ、あ、あ! おまえ! エ、エレン! セブリーヌ! お、おまえ達はもうオレの目の前に現れるな! なんて女どもだ! オレの金で生きてこれたのに! このアバズレが! 早くどっかに行ってしまえ!」


 私は、自分が先程感情に走りすぎたから、落ち着いてグスタフと別れのお話をしようと思っていたのですが、グスタフからしてみれば、全てが『寝耳に水』の状態。

 よく考えてみれば混乱して普通に話せる訳がありません。


「グ、グスタフ。じゃあこの離婚届はどうする? 私ちゃんとサインしたわよ」


「ああ、もう好きにしてくれ! さっさと出してくれて構わない! あ、そうだ。猫……ミナも連れてけ! オレに全くなつかん猫なんかいらねえわ!」


 この人は最後までこんななのね……。情けないっっ。


 すると今度はセブリーヌの顔をジッと睨みつけました。


「セ、セブリーヌっっ。そ、そんな男のどこがいいんだ? オレよりも金があるのか?」


 この男は~~~~……。と、私がイラっとすると、すぐにセブリーヌは言葉を返しました。


「……そうねえ。少なくとも、別れ話をしたとはいえ奥さんの目の前で、不倫相手の方にそんな態度をとる人よりは全然いいわね」


「ぐ……」


「それに私、あなたが欲しかったんじゃなくて、あの病院を手に入れたかっただけなのよ。でもこの人なら、もっといい物をくれるみたいだし、もう病院はいいわ。だから今日で辞めるわね。引き継ぎとかできなくてごめんなさい」


「ごめんっス」


 セブリーヌの冷たい言葉にグッサリとつらぬかれた上に、選んだ男が超軽い言葉をかけてきたので、グスタフはその場で崩れてしまいました。

 すると、ルースヴェンさんが崩れているグスタフの横に寄り添いました。


「旦那様。エレンさんの事はお任せください。私が必ず守ってみせます」


 ル、ルースヴェンさんはいきなり何を言っているの?

 案の定グスタフは顔が真っ赤です。


「わ、訳の分からん事言うな! もう関係ないわ! ったく!」


 真っ赤な顔のグスタフは、こうしてマンションの玄関から出て行ったのでした。


「……じゃあもう時間がないっス。急いでテスラの所へ行きましょう」


「は、はい……。あ、待って! もうここには戻って来れないですか?」


「そうっスねえ……。分かんないですけど……ルースヴェンさんとご一緒するんだったら、時間的に無理じゃないっスかねえ?」


「ゲゲゲっっ!」


 私は大慌てで荷物をまとめ、ミナをキャリーに入れました。


「ごめんねミナ。ここはお別れなの」


 その時セブリーヌが素朴な疑問をぶつけました。


「ねえ。ミナはどうするの? ルースヴェンさんトコで飼えるの?」


「え?」


 そ、そうかっっ! ルースヴェンさんは猫が苦手だった……


 ルースヴェンさんの顔をうかがうと、やっぱり少し青ざめている気がします……


「……いや、連れて行くのは構いません。ただ、この子のエサはどうしたらいいのか私には分かりません」


 ゲゲゲっっ! だ、大丈夫かしらっっ? だんだん不安になってきたっっ。


「とりあえずもう六時過ぎたっスよ! 日の出まで時間がない! 行くっスよ!」


「今調べたけど、今朝の日の出、七時二分だって! もう時間ないわよ!」


 ゲゲゲっっ! 後一時間しかないじゃないっっ!


 こうして私はルースヴェンさんと馬車に乗り、エドゥアルトとセブリーヌはその前を飛びながら先導する形となり、テスラという人の元へ向かったのでした。


 あ~、何だろうっっ。不安でいっぱいだあ~~っっ。

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