第15話 23:41

 グスタフとセブリーヌのいる一〇三号室から出た私は、走ってマンションの玄関へ向かいました。

 もう警官がいるとか、考えている余裕はありませんでした。


 とにかくルースヴェンさんに会いたい!

 二人に「言ってやった」事を伝えたい!

 あ、違う違うっっ!

 会ってベリアルがあなたの命を狙ってるって事を伝えないと!


 私は、はやる気持ちのおもむくままに一目散にマンションの玄関へ出ました。


 そこには漆黒の馬車!


 私は馬車まで走ると御者さんに声をかけました。


「御者さん! ルースヴェンさんは?」


 すると御者さんは私の顔を見るために振り返りました。

 しかしその顔は包帯ぐるぐる巻きのまるでクラシック映画のミイラ男!


「グググ……」


 御者さんは私に答えてくれたみたいなんですけど、何一つ分かりませんでした。でもその包帯の下からのぞいた口もとが、あまりに大きく、間違いなく人ではない何かという事は理解しました。


「あ、ありがと……」


 私は躊躇しながら後ずさりすると、後ろから肩を支えられました。


「キャアーーーーっっ!」


「あ! すいませんっっ。驚かせるつもりはなかったのですが……」


 そこには優しく微笑んでくれているルースヴェンさんの姿。どうやら顔も身体も傷は負ってなさそう。


「はあ~~~~~っっ。よかった~~~~~~っっ。やっぱりあの杭、オモチャだったんですねっっ」


「ええ。そのようです。顔も最初は聖水をかけられたと思い、慌てて拭ったのですが、ただの水のようでした」


 ルースヴェンさんはいつもの落ち着きを取り戻しています。

 私はかなりホッとして、ついルースヴェンさんに抱きついてしまいました。


「エレンさん……?」

「……あ! ごめんなさいっっ!」


 私は我ながら何をしてるんだろうと恥ずかしくなってしまいましたが、これだけは聞いてほしい! と、言葉が勝手に口から出始めました。


「聞いて聞いてルースヴェンさん! 私、二人に言ってやった! 離婚するからお幸せにって! 二人とも大慌てしてた!」


「ほう! 旦那様にもおっしゃったのですか?」


「うん! もういつも威張って嫌な感じの人だったけど、浮気現場がバレて、二人ともガタガタでした! もうこれ以上ないってくらい! 私、言ってやった!」


 よくよく考えると私の話は筋もメチャクチャで、聞いてるルースヴェンさんは意味の半分も分かってないのでは? と思うのですが、ルースヴェンさんは、にこやかに私の話を聞いてくれます。


「では、本当に旦那様とお別れになるのですね?」


「もちろんよ! あんなすぐにベリアルに操られて……」


 私はここで、肝心な事を思い出しました。


「あ! そ、そうだ! ルースヴェンさん! あの二人、ベリアルに操られてたんです!」


「え! とりあえず中で聞きましょう」


 こうして私とルースヴェンさんはまた馬車の中へ。


「どういう事でしょう?」


「あのっ! ベリアルは最初から、あなたを殺すのが目的なんだと思いますっ! さっき二人の吸っていたタバコの火が妙に燃えてて、それまでは自分達はヴァンパイアハンターで、ルースヴェンさんは吸血鬼だから何も信じちゃいけないとか言ってたんですけど、火を消したとたん、浮気現場を見られた感じに変わってっっ!」


「え? そ、そうなんですか?」


「そ、それにベリアルは病院で私にもルースヴェンさんから離れるようにって言ってきたんです……セブリーヌといっしょにしたいからって……」


「え?」


 私の話にルースヴェンさんは左手を口もとに持っていくと少し困惑の表情を浮かべました。


「彼にとって私は邪魔な存在なのは分かっていました。彼がしそうな事です」


「え?」


「ベリアルという悪魔は、魔界の全てを制圧したいのです。しかし私の城のある一帯は、私の領土、言わば国です。彼から伯爵の爵位をもらったとは言え、あの領土は私の物。彼の好き勝手はできない。それが歯がゆいのでしょう」


「そ、そうなんですかっっ」


 私はてっきりベリアルが魔界の全てを仕切っていると思っていたので、少し驚きました。まるで中世のヨーロッパみたいです。


「この騒ぎを利用して、私を抹殺するつもりだったのでしょう。でしたら夜明けまでに私も決着をつけなければいけません」


 ルースヴェンさんの顔が引き締まりました。


「ではまずはベリアルを出し抜く為にもエレンさん、あなたと私が結婚をしてしまいましょう。どこへ向かえばいいですか?」


「は、はい! 離婚届がまだ病院にあるかと思います!」


「では病院へまいりましょう」


「はい!」


 こうして馬車は、また病院へ向かうのでした。

 しかしその道中、私は一つ気になる事を思い出しました。


 セブリーヌ……彼女って、本当に操られてたのかしら……?

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