第10話 21:43

「え? いやあの……私、いっしょに来たルースヴェンさんに会いたいんですけど……」


 私は二人の警官に連行され、病院の外へ出てパトカーに乗せられました。


「え? ルースヴェン? そんな人、連行したか?」

「いや、そんな話は聞いてないけどなあ」


 二人の警官は全く分かっていなさそうです。


 あれ? マジで? セブリーヌがだって……どういう事?


 私が困惑していると、いきなりパトカーにいた二人の警官の背筋がやたらキチンとなり、姿勢を正しました。

 しかし表情が朦朧としています。


「今の話は忘れる……今の話は忘れる……」

「そしてパトカーからエレンさんを降ろす……エレンさんを降ろす……」


 警官二人はそう催眠術にかかったように同じ事を繰り返し言い始めました。

 そしてその言葉通り、私はパトカーから降ろしてもらい、解放されたのです。


 パトカーが出発すると、私の横にルースヴェンさんが現れました。


「わあ!」


「あ、すいませんっっ。驚かすつもりはなかったのですっっ」


 その困った顔(と言っても仮面をつけてますけど)を見て、私は妙に安心したのでした。


「ルースヴェンさん。セブリーヌとはあの後……」


「……はい。少し話しました。……しかし彼女には別に好きな方がいたようです」


「え? ホントに? 初耳なんだけど」


「いや、それよりエレンさん。ここで話していては、また警察に見つかる。とりあえず馬車へ戻りましょう」


「あ、そ、そうですね」


 そう言うと、ルースヴェンさんは私を優しくお姫様だっこをしたのです。

 私はお姫様だっこをされた経験がなかったので、自分でも分かるくらい思いっきり顔が真っ赤に。

 でもルースヴェンさんはそんな事を全く気にもしていない様子。


「飛びますよ」


 そう言うとあっという間に空中へ飛び出しました。

 私は飛ぶと思っていなかったので、つい「きゃあ」と声が出てしまったのですが、すぐに病院の屋上に着くと、また優しく私を降ろしてくれました。


「すいません。また驚かせてしまいました」


 どこまでも紳士なルースヴェンさん。グスタフもこうだったら良かったのになあ~……


 私はさっきグスタフに離婚届を突きつけられた事を思い出して、急に気持ちが沈んでしまいました。

 病院の屋上から見る街の夜景はとても美しく、本来ならその美しさに大喜びするところなのかもしれない……


「……エレンさん? ご主人とは……あまりいいお話が出来ませんでしたか?」


 ルースヴェンさんは私の態度を見て、気づかってくれています。


「い、いえ。ただ、予想よりも簡単に離婚届にサインはできそうです……」


「そうですか! それはよかっ……エレンさん……お顔が優れませんね……」


「い、いえ! そ、そんな事ありません! ただ……どうやら本当に離婚しそうな話になりそうなので……ちょっと……」


「……そうですか……」


 ここからルースヴェンさんは何も言わず、ただただ私の横に立ち、いっしょに街の夜景を眺めていました。


 この人は優しいなあ~……あ~……やばいなあ~……何か泣いちゃいそうだ~……


 気がつけば、私の目からはまた涙がボロボロ出てきて、顔はとても見せれるようなものではなくなってしまいました。

 それでもルースヴェンさんは黙って横で寄り添ってくれています……


 こうして夜明けまでに時間が限られているのに、私とルースヴェンさんは病院の屋上で二人して街の夜景を眺めているのでした。

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