第9話 21:21
ルースヴェンさんとセブリーヌが、診察室に向かい、私は一人で医院長室にいる、夫のグスタフに会う事になりました。
さあ~……どうしようかな~……。ええい! ヤケだ! 入っちゃえ!
ガチャ。
私は意を決して医院長室のドアを開けました。
すると奥の書斎机の所に座ってたグスタフは私の顔を見るなり、最初はにこやかだった顔がみるみる鬼の形相に変わっていきました。
新婚の頃は背は低かったけど優しくて、痩せててカッコよく……はなかったけど、それなりだったのに……今は横に広がっちゃってコロンコロンで頭もハゲちゃって、常に怒ってて……脂の取りすぎよ絶対! でももう怒る気満々じゃんっっ。
「……何でおまえ? セブリーヌがコーヒー取りに行ったのに? つーかおまえ今までどこで何やってた?」
思ったとおり、ブチ切れモード全開です。
「ごめんなさい。どうしても抜けれない急用が入って、連絡もできませんでした」
私はグスタフの威圧感に負けてコーヒーを両手に持ったまま、前に進む事ができません。
「はあ? おまえ、そう言ってまたチャランポランな事してたんだろう? もうな、今回ばかりは面倒見きれんからな。これにサインしろ!」
「え?」
私は書斎机の所まで行くと、そこに置いてある一枚の紙を見ました。
「離婚届……」
「ああ、そうだ! 離婚届だ! もう何年も前から考えてた。オレが一生懸命いろいろな事をやっても、おまえはいつも何にもできないから、足手まといでもう勘弁してくれ! って、ずーーーーーっと思ってたんだ! もういい機会だろ? もう別れてくれ! 新しいアパートの契約までは面倒見てやる! もうこれにサインして、サッサと目の前から出てってくれ!」
私はあまりのショックで言葉が出ませんでした。
離婚……そりゃ今朝までに離婚して、ルースヴェンさんといっしょにならないと命がないけど……これマジモンの離婚じゃん……私……そんなにこの人から嫌われてたの……? そりゃ足手まといだったかも知れないけど、私は私なりにあなたを支えていたつもりだったのに……
私の頬を自然と涙がポロポロと流れ始めました。
「あ~、泣いたってダメだ! サッサとサインして、本当に出てってくれ!」
グスタフの態度は変わりません。別に涙で態度を変えようとした訳じゃないけど……グスタフはイライラしながら、タバコに火をつけました。
私は涙を拭い、離婚届にサインをしようとペンを持ちました。
その時でした。
「それで良いのか? 貴様は本当はこの男と別れたくないんじゃないのか?」
グスタフがいきなり妙な事を言い始めたんです。
「え? だって今、あなたがこれにサインしろって……」
「良いのか? あんな数時間前に出会った素性もよく分からない吸血鬼のルースヴェンと結婚するという事で、貴様は良いのか?」
……変だわ? グスタフの口からルースヴェンさんの名前が出た……。それにグスタフの顔……急に意識朦朧みたいなトロンとした顔になってる……あれ? 何だか妙にタバコの火が強い気がする……
「……グスタフ? 何でルースヴェンさんの名前……あなたグスタフ?」
「余が分からぬか? 城の中で貴様を殺せと申した余が分からぬか? 余はベリアル。魔界の王である。貴様ごときが余と話す事も本来ならば許されぬ行為なのだがな、今回はルースヴェンの為、貴様と話すのだ。感謝するのだぞ!」
「は、はあ……」
やっぱりベリアルって言う悪魔……。グスタフのタバコの火で現れたんだわ。でもここまで傲慢チキな態度って……ヤな感じ……
「あ、あの~……私がルースヴェンさんと結婚する事を、どうしてそこまで反対するんですか?」
「そんな当たり前の事を、よく貴様は聞けるな。ルースヴェンの心の中はセブリーヌという女でいっぱいなのだ。それを何年も前からヤツは心に秘めてきた。余はそれをよく知っておる。そこに貴様が現れて、いきなり結婚など、認める訳にはいかん」
全くその通り……グーの根も出ない……
「じゃ、じゃあ私はどうしたら……。だって彼と結婚しなければ私の命はないんですよね?」
「ふはははははは! 確かにあの時はそう申した。しかしな、余の願いはルースヴェンとセブリーヌが結婚する事。貴様が引き下がれば、今回は許してやろうぞ」
え? ホント?
「じゃ……じゃあ今、セブリーヌとルースヴェンさんが二人で会ってるはずだから、このまま上手くいけば、私の命は助かるんですよね?」
「その通り、むしろ褒美をくれてやってもいいくらいだ。何ならこの男が持ち出している離婚の話、なかった事にしてやってもよいぞ!」
「え? そ、そんな事、できるんですか?」
「このベリアルにできない事などないわ!」
も、もしこれが本当なら、まだやり直せるかも……
「わ、分かりました。私、二人の様子を見てきます。だから離婚届にはサインしません!」
「うむ。そうするがいい。しかし一つ、一つ約束をするのだ。余が貴様に今申した事は内密にするのだ! よいな!」
「は、はい!」
するとグスタフの表情は元の怒り顔に戻りました。
「……な、なんだ? なんか今……」
「あなた疲れているんだわ。その離婚届の事は今は置いといて、とりあえずこのコーヒーあげる。私、ちょっと用事があるから」
「な、何! ちょっとまて……っっ!」
怒り声を上げるグスタフを尻目に、私は小走りで医院長室を出たのでした。
早く二人を見つけないと……。上手くいってるといいんだけど……
私は焦る気持ちを抑えながら早歩きで廊下を進むと、ちょうどセブリーヌがこちらに向かっているのが見えました。
「あ、セブリーヌ! ルースヴェンさんとはどうだった?」
セブリーヌは何のことか一瞬分からなかったようでした。
「え? あ、あの人。あの人ね、あの後すぐに警官が来ちゃって、連れてかれちゃったのよ。だからちゃんとお礼も言えなかったの」
「え……」
さっきまで、ずいぶん好意的な態度を取ってた気がしたんだけど……ずいぶんそっけなく見える……
「わ、分かったわ。私、ルースヴェンさんを捜してみる」
「え? いいけどエレンこそグスタフと上手く話はできたの?」
「それは言わないで~~っっ」
私は小走りでセブリーヌと別れると、ルースヴェンさんを捜し始めました。
しかし廊下の角を曲がった所に警官二人が。
「あ、エレン・シュレーダーさんですね。ずいぶん捜しましたよ。お怪我などはなさそうですね。とりあえずお話を聞きたいので、こちらに来て頂けますか?」
「え、えっっ」
こうして私は連行されたのでした。
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