かみわざ伝承

ひぐらし ちまよったか

ささくれ治療薬

 ――噂の出所は最下層に落とされた冒険者の生還譚である。単なるダンジョン伝説だと、思っていた。


 カルマタケ。


 迷宮内で命を落とした亡骸に生えるキノコ、らしい。



 魔族の勇者『アモン』とはぐれ、ひとりトラップの先へ送られた『ポンコツくのいち・なつめ』の目の前には、やけにひょろ長い禿げ頭の死骸が腐っていた。


 冒険者のいでたちでは、ない。

 見上げると、はるか暗い天井奥に、かすかな陽の光がポツリと射す。

(あの穴から落ちたのかな?)

 死にざまとしては、あわれ。


 なつめは、せめて手を合わせてやろうかと遺体に腰を屈めた。

 しかし、その視界に目立つのは、どす黒く燐光を放つ、いっぽんのキノコ……。


 仰向けに腐敗する股間から、にょっきり大きく、天に向かってカサを広げている。


(これが噂のカルマタケ……?)


 カサのすぐ下に隠れた軸の部分は、繊維質に細かく立ち、爪の先でツイっと引っ張りたい衝動にかられた。


(場所がばしょだし、痛いかな? だけに……)



 ――くだんの伝説……空腹に耐えかねて冒険者は、ついに遺体に生えたカルマタケを口にする。

 すると、不思議な事に死んだ仲間のスキルが冒険者に引き継がれ、そのおかげで無事ダンジョンの外へ帰還できた……と、落ちが付く。


 そんなバカげた話しを信じるほど、なつめもポンコツではない。


 しかし……。


(――おなか、すいたな……アモン~……おむすび~……)


 〇 〇 〇


 ――ポンコツとはぐれてから、しばらくが経つ。



 魔王城のとある女官が、細やかな指先に出来たに悩み、魔王様へ懇願した。


「――勇者アモンよ! 迷宮へ潜り、ささくれの特効薬を持って帰れ」

「御意!」



 首尾よく薬草は手に入れたが、魔王国の冒険者達さえ未踏破の大迷宮。

 だいぶ奥まで潜ってしまい、脱出のすべが思いつかない。


(さて……ひとりでここから、どの様にして帰るか?)


 ――とくにポンコツを捜していた訳ではないが、暗がりの奥から聞こえてくる、陽気な歌声に気が付いてしまった。


「〽きっきっきのこ! きっきっ喜久子!」


(――あいつめ……生きて、いたか……)


 美味しいものを食べた後きまって踊り出す、なつめの歌声に間違いない。


「〽きのこ! のっこ~のこ、淫靡な子っ! おなかに優しい、繊維の子っ!」


 勇者アモンは、やれやれと肩をすくめ、おむすびの入った錦鯉のポシェットを腰に、歌声の元へ洞窟を歩んだ。



 ――情けない臨終を繰り返し、異世界転生を続ける『旅人・ひぐらし』が、この世界へ持ち込んでしまった神スキル『モザイク破壊』は、こうして『ポンコツくのいち・なつめ』に、図らずも継承されてしまう。

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