おかしなおかしな七つの不思議

蒼雪 玲楓

迷い人と彷徨う匣

 コツン、コツン。

 夜の高校の校舎に足音が木霊する。


「さて、これからどういたしましょうか」


 校舎を歩くのは色鮮やかな赤い和服を着た少女。

 長い黒髪に幼い容姿、一見すると日本人形のようにも思えるその外見は明らかに夜の学校という場所に不釣り合いだ。


 しかし、それは少女の放つ特異性からすれば些細な違和感程度に過ぎない。


 その特異性とは少女が両手で抱える漆黒の箱。

 夜の闇と、そして少女の美しい髪とそのどちらと比較しても箱の放つ黒さは異常だった。全てを吸い込むような黒い何かがそこにある、そう認識するのがもはや正しいのかもしれない。


「おや、獲物でしょうか」


 少女の耳が何者かの足音を捉える。

 存在全てがこの場にとって異常な少女に他者の足音など驚くものではなく、むしろ歓迎するべきものなのだ。


 足音の方へと進むと、その主も少女の方へと向かって来ていたのかその音が次第に大きくなる。

 そうし、その相手が廊下の曲がり角から姿を現す。


 そこから現れたのは高校の制服を着たどう見ても一般人・・・の少女だった。

 そのことに和服の少女は少し驚愕の表情を見せる。


「おや……これは一体」

「わっ!こんなところに女の子がいた!ねえねえ、ここって学校だよね?なんか雰囲気が違うって言うか……あれ、あなたの服装和服?というかちっちゃ…あなたここの生徒?」

「少し落ち着きなさい。ちょうどこちらからも聞きたいことがあります」

「わっと、ごめんごめん。とりあえず自己紹介はしてもいいかな?私は迷宮 灯音まよいのみや とうね。あなたのお名前は?」

「名前ですか……そうですね。葉子ようことお呼びください」

「葉子ちゃんね、オッケーオッケー」


 思いついた内容を一気にまくし立てた灯音を諫める葉子。

 自己紹介をして少し落ち着いたのか、灯音はあらためて葉子に向き直る。


「えっと、それでなんだけど。何から聞こうかな…?」

「それならこちらからいくつかお聞きしても?あなたがどの程度事情を理解しているのか把握したほうが話もしやすいでしょう」

「なるほどね。なんでも聞いてね!あ、スリーサイズは……別に教えちゃってもいっか」


 出会ってすぐに灯音が言った言葉の多さはテンパっていて口数が多くなったものだと考えていた葉子の考えはすぐに修正された。

 ああ、こいつは考えた内容をすぐにしゃべってしまうからあれくらいが平常運転なのだと口には出さず、そう評価がくだされる。


「ではまず。あなたはいつからこの校舎の中に?」

「えっと……時間はあんまり覚えてないけど夕方…よりはもう少し後かな?もうちょっとで真っ暗になっちゃうなとは思ってたし」

「では次に。どうしてそんな時間にここへ?」

「実は忘れ物しちゃってさー。明日必要だから取りにきたんだけど、見つからなくて校舎中探してたらこんな時間になっちゃって」

「では最後の質問です。先ほど雰囲気が違うと言っていましたがそれを簡単でもいいので言語化してください」

「言語化…?うーん、難しいなぁ」


 そう言って灯音は少しの間考え込んだ後、口を開く。


「強いて言うなら、だけど。知ってるはずなのに全く知らない別の場所に来ちゃったような感じ?」

「……なるほど。偶然巻き込まれただけ。こちら側への適応力とでもいうべきものが高いと。ひとまずはそんなところでしょう」

「何々?何かわかったの?」


 一人何かを納得した様子の葉子に灯音は興味津々という様子で詰め寄る。


「話すからひとまず離れなさい」

「……はーい」


 灯音が離れたことを確認し、葉子はあらためて口を開く。


「まず第一に。ここはあなたの知っている校舎でありそうではない場所です。裏世界、とでも言うべきでしょうか。なので、先ほどのあなたの感じていたこの場所へのイメ―ジは正解です」

「裏世界!!何それかっこいい!」

「次に、あなたがここにいるのはおそらく偶然、事故のようなものでしょう。普通の人間はそもそもここには来れません。たとえ夜の校舎にいたとしても表世界、普段あなたの生活している校舎に存在することになります」


 灯音のリアクションに慣れたのか、葉子はもういちいち気にすることもなく説明を続けていく。


「えー?でも私はこっちにいるよ?」

「だから事故、と言ったのです。おそらくは何かしらの原因で表と裏の境目が緩んでいたのでしょう」

「境目…………あー」


 葉子の境目という言葉に灯音は何か心当たりがあったのか、記憶を探る。


「もしかしたらあれかも。っていうのは思い出した!場所がどこかまでは覚えてないけど、歩いてた時急に一瞬立ち眩みみたいなのがしたんだよね」

「なるほど。おそらくはその時に境界をくぐってこちら側に入ってしまったのでしょう」

「なるほどねー。というかそもそもなんだけど、この裏世界って何のためにあるの?」

「ちょうど次に話そうとしていたことです。灯音さん、これが見えますか?」


 葉子は自分が手に持つ箱を灯音が見やすいように差し出す。


「えっと……真っ黒な、箱…?でも、ただの箱じゃないような?何だろ、ヤバイオーラって言えばいいのかな」

「そこまで感じられるとは驚きました。灯音さん、箱とこの学校。この二つから連想されるものってありませんか?」

「箱とこの学校……?えーっと」


 少しの間頭を悩ませた灯音は、突然あっ!と大きな声をあげる。


「七不思議!!この学校の七不思議だよ!たしか『彷徨う闇』だっけ?なんか学校の七不思議っぽくないなとは思ってたの!というか、この学校変な七不思議多くない?しかもコロコロ変わってる気がするし」


 灯音の言う『彷徨う闇』とは。


 曰くこの学校には不思議な匣が存在する。どこにあるかもわからない、常に校舎の中を彷徨う不気味な物体。

 その匣にはとある特徴がある。

 全てを飲み込むような漆黒。匣の形をした闇だ。


 そんなよくある学校の七不思議とは似てもにつかないものだ。


「はい、それがこの裏世界が存在する理由です」

「それって……七不思議がってこと?それとどういう関係が?」

「そこもさっき貴方が自分で正解を言っていましたよ。コロコロ変わっている、と」

「へ?」


 葉子の言葉は理解できてもその意味することまで理解できない灯音は頭に疑問符を浮かべたまま首を傾げる。


「では、わかりやすく言いましょう。この裏世界は怪異たちの殺しあいの場所。この場所での序列の上位7席までが表世界で七不思議として認識されます。七不思議がよく変わるのはその末席二つくらいがよく入れ替わるからです」

「へー……って、ええーー!!ということはだよ!葉子ちゃんって…」

「はい、お察しの通りです。私は灯音さんが先程おっしゃった表世界で『彷徨う闇』と呼ばれる存在です。この世界で現在の第三席を務めています」


 そう言って人の形をした怪異は、にこりと微笑むのだった。

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