第18話 明日はお兄ちゃんと過ごしたいな!

「今日は楽しかった?」


 土曜日の午後の自宅リビング。

 左隣にいる妹のりんは、ソファの上に立膝で座り、紳人の横顔をまじまじと見つめてきていた。


「まあ、それなりにはな……」


 さっきと同じく、曖昧な返答だけする。

 妹の顔が近い。


「もしかして、言いたくない事なのか?」

「まあ、そうだな」


 できれば言いたくない。


 高田紳人たかだ/しんとは妹から顔をゆっくりと背けた。


 とある女の子を振って来たという話を切り出したら、妹から変に追及されるかもしれない。

 厄介事に発展しないように、紳人は言葉を選びながら話す。


「もしや、上手くいかなかったとか?」


 妹からは不安そうな目を向けられていた。


 今後の事を踏まえれば、紳人的には良い方向性には傾いているとは思う。

 何も知らない妹からしたら、失敗しちゃったのかなと思っているに違いない。


「そんな事はないって。まあ、個人的には問題なかったし」

「そうなんだ」


 一旦、緊迫した会話を終えると、りんはソファに座り直していた。

 その後で、テーブル上にある箱からデフォルメ動物の形をしたお菓子を取り出し、袋を開けて、それをまじまじと観察しながら口に入れていた。


 妹は笑みを零しながら咀嚼している。


「それ、美味しいか?」

「うん!」


 りんからの評価はかなり高かった。

 そんな妹が喜ぶ姿を見れただけでも、お金を払って買ってきた甲斐があるものだ。


「そうだ。お兄ちゃんに時間があればなんだけど。明日一緒に遊ぼ!」


 妹はテンション高めて言う。


「明日か」

「予定とかないでしょ?」

「断定的には言わないでほしいんだけど。まあ、明日は――」


 一応ある。

 それはメイド喫茶に行くという用事があるのだ。


 動物コスプレをするメイドらと関われるイベント。

 紳人はメアリに促され、幼馴染の夢月むつきがいることもあり、それに参加しようと考えていた。


 決してエロい目的ではなく、今後の事を考えての行動なのだ。


「お兄ちゃん? どうしたの、そんなに難しい顔をしちゃって」

「いや、なんでもないよ」


 りんに不信感を抱かせないように反応を返す。


「行ける? 行けない?」


 二択の選択肢を前に、紳人は唸るように考え込む。


 メイド喫茶に行くとしても一日中いるわけじゃない。

 多分、おおよそ二時間くらいだと思う。


「行けない事はないけど。まあ、少しだったらいいよ。それでどこに行く予定なんだ?」

「街中のアニメショップに行きたいと思って。この前、ネットサーフィンしている時にね、欲しいモノがあったの。これ見て」


 りんはスマホ画面を差し出すように見せてきた。


 妹は普段からアニメ鑑賞する事が好きなのだ。

 話によれば、そのアニメ作品の特典として、DVDとタペストリーとフィギアがついてくるらしい。


 スマホ画面には、りんが好きなアニメのキャラクターがポーズをとっているアニメ映像が流れていた。


「だったら、ネット通販で購入すればいいんじゃないか?」

「でも、お店じゃないと特典がないみたいで」

「そっか、作品によっては店屋に行かないと入手困難なモノもあるよな」

「そうなの。だから、一緒に来てほしいの」


 りんから懇願された。


「でも、それくらいだったら一人で事足りる気が」

「それはそうなんだけど。やっぱり、お兄ちゃんと一緒に休日を過ごしたいから。いいでしょ、いいでしょ! それに、この頃、全然遊んでなかったんだし」

「まあ、しょうがないか」


 紳人は諦めの言葉を口にし、妹の考えを受け入れることにした。


 今日の夜にでも、明日の予定を考えようと思う。


 それから、りんとは一緒にお菓子を食べながら会話を続ける。


 アレ、これも一緒に遊んでいるようなもんじゃないのか?


 そんな事が脳裏をよぎりながらも、休日のリビングで、妹との時間を過ごすのだった。






 そして、翌日――


 紳人は朝ベッドから起き、パジャマ姿のまま自宅の一階に向かうと、それから外に行くための準備としてリビングで朝食を取ることにした。


 今から、昨日りんが言っていた街中のアニメショップに行く予定なのである。


 眠い眼を擦りながらも、紳人は食事用のテーブル前の席に座り、昨日の残りの生姜焼きをオカズに食べることにした。


 食事を終えると席から立ち上がって皿を洗い、それからが身支度の時間である。

 紳人は洗面所のところへと向かう。


 りんはすでに脱衣所近くの洗面所でハミガキをしていた。

 妹はイチゴ柄のパジャマ姿だった。


「お兄ちゃん、おはよ」

「おはよ。なんか、普段より早くないか?」


 りんと洗面所の前で腕同士がぶつかりそうになる距離感で隣同士になる。


「そうだよ。だって楽しみなんだからね」

「そうか。張り切ってるな」

「うん。絶対に欲しいからね。お店は一一時頃からだけど。出来る限り早い方がいいでしょ。何事も先手で行動した方がいいの」


 りんは口にしていたハミガキの棒を取り出し、歯磨き粉の泡をはいていた。

 その後で何度かうがいをしていた。


「そういや、今日は日曜日か。アニメは見たのか?」

「魔法少女のアニメでしょ! それはもちろんね」


 洗面所近くの壁にかけられている時計を見、紳人は今気づいたのだが、現在は朝の一〇時を過ぎた頃合いだった。


 という事は、九時半過ぎくらいに起きて、それからゆっくりと食事をしていたのか。

 そういや、昔は結構見てたな。その魔法少女シリーズ作品……。


 日曜日の朝にテレビで放送されている魔法少女シリーズの主役は女子中学生がメインなのだ。

 妹と同い年であり、共感できるところもあるのだろう。


 その魔法少女の変身シーンなどのクオリティが年々高くなっている。

 そういった話をネットでは見かける事はあるのだが。


 今は、アニメとか殆ど見ず、漫画ばかり読んでいる。


 アニメもたまには見てみようかな。


 その魔法少シリーズには漫画などの原作はない。

 だから、原作が書き換えられるとかはないのだ。


 たまには……来週くらいかな、朝早く起きれたら見てみるか。


 紳人は妹が立ち去った後、一人でハミガキをする。


 十五分ほどで身だしなみをすべて整えた。


 昨日と同じ服装ではあるが、そこまで汚くなっておらず、問題はないと思われる。

 だから、自信を持って玄関へと向かった。






 紳人は妹と自宅を後に、歩いて街中に向かうことになるのだが、街中のアーケード街周辺で藍沢花那あいざわ/かなんと出くわしてしまったのだ。


「おはよう、紳人。それで、そちらの子は?」


 今、状況が悪い。


「えっと、こ、この子は俺の妹なんだ」

「妹がいたの? それは初耳ね」


 彼女は興味深そうに、妹の事をまじまじと見ていた。


「私、高田りんと申します! お兄ちゃんが普段からお世話になっておりますけど、迷惑かけてないですよね?」

「迷惑?」


 紳人は、妹が放った言葉に表情を変える花那を見て、これはヤバいと察した。


 次の瞬間――、意味深なオーラを放つ花那の視線は、紳人へ向けられる事となったのだ。

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