第17話 明日、参加してみなよ!
電車に乗っていると、見知った人が乗車してくる。
その子の姿を見て、
瞳に映っているのが幼馴染のバイト先の先輩である事に。
視線が合うと、彼女の方も気づいたようで近づいてきた。
「あの子の知り合いの子だよね。今からどこかに行くの?」
「今から帰る途中で」
紳人が返事を返すと、その彼女は左隣の座席に座る。
「メアリさんは、今からどこかに?」
「私はこれからバイトなんだよねー」
「今からですか? 大変ですね」
「大変とかではないんだけど。私的には昼過ぎからの出勤の方が楽かなって感じ。それとね、今から明日の準備をしないといけないの」
「明日何かあるんですかね?」
「あるよ。イベントがね」
「イベント?」
「興味ある感じ?」
彼女は話に食いついてきた紳人に教えてあげようか的な顔を浮かべていた。
「ちょっと待ってて」
メアリは背中に背負っていたリュックを膝に置いて、その中身を漁っていた。
「こんな感じのイベントなんだけどね」
メアリが見せてきたのは、コスプレイベント開催と記されたチラシだった。
そのチラシには、動物のコスプレをしている子らが掲載されており。擬人化した動物娘が接客してくれるという事をコンセプトにしているイベントらしい。
「動物のコスプレですか?」
「そうなんだよね。私のところでは毎月一回は新しいイベントをするんだけど。今回は新しい試みとして動物コスプレをやってみることにしたんだよねー」
紳人はそのチラシを見入っていた。
こういうイベントに参加してみたいという願望に駆られ始めていたからだ。
貰ったチラシには色々と記されている事がある。
明日の開催日時、オプション料金、イベント限定の料理などだ。
動物系か……それもいいかもな。
「気になるなら来てみなよ。楽しいと思うけど」
「でも、俺は初心者で、大丈夫ですかね?」
「初心者? メイド喫茶ではそんなこと気にしないって。そういうこと考えずに一回来てみなよ」
メアリから後押しされていた。
「それに、明日はあの子も出勤なの。絶対に来た方が良いって」
彼女は紳人の近くに寄ってきて、耳元でこっそりと言う。
「興味あるんでしょ。そういうイベントに」
彼女からさらに心を誘導されるのだ。
「まあ、ないわけではないので」
「じゃあ、決まりね!」
「でも、この事は夢月には言わないでほしいんですけど」
「それは言わないよ。事前に言うと、あの子は緊張してしまうかもしれないしね。そこは大丈夫だから、安心して」
メアリはグッと親指を立てて、紳人との承諾を交わしていた。
今思えば、
メイド喫茶で働いている事を知られたくないという思いがあるのだろう。
動物系のコスプレって事は、夢月も着るんだろうけど……どんな衣装になるんだろうな。
紳人はモヤモヤと一人で考え込んでいた。
「まあ、私から特別にこれを上げておくね」
メアリが渡してきたのは、チケットような長方形の紙。
「それがあれば、半額になるから」
「い、いいんですか」
「いいよ。明日来たいんだよね?」
「それは、まあ、行きたいとは思ってますけど」
「なら、いいじゃん。明日待ってるから」
一旦、話に決着がついた時には、電車内から地元の駅名がアナウンスされた。
それから一分後には電車がホームに停車し、扉が開いたのである。
「じゃ、私はこっちだから」
「では、明日行きますので」
「OK、じゃ、よろしくね!」
二人は駅の出入り口から外へ出ていた。
メアリは明るく言い、街がある方角へと駆け足で向かって行ったのである。
紳人は一人になった事で、再び手にしているチラシとチケットを交互に見やる。
やっぱ、今の夢月の事を知るためにも行った方がいいよな。
来週までには、
そのどちらかを選ぶ必要性があるのだ。
ここはハッキリとした判断を下すためにも、必要な試練だと思う。
そろそろ、帰るか……ん?
駅から離れ、歩き始めてから気づいた事があった。
「あ……そういや」
紳人は慌てて背後を振り返り、駅の建物を見る。
遊園地からは逃げるように立ち去り、りんから頼まれていたお菓子の事をすっかりと忘れていたのである。
こうなったら、駅でお土産品を購入するしかないよな。
紳人は駅に入り直す。
売店のところには、お菓子セットらしく商品が二〇〇〇円程度で売られてあった。
……に、二〇〇〇円か。
でも、動物の形をしたお菓子だし……悩むな……。
頭を抱え込んでしまう。
ここで購入を渋っていたら、妹から言われるかもしれない。
今着ている私服は妹のりんから貰ったもの。
恩を貰ったら返すべきだと思い立ち、財布からのさらなる出費に頭を悩ませながらも、売店にいるスタッフにお金を支払ったのである。
「お兄ちゃん、お帰り!」
紳人が自宅リビングに入ると、ソファに座っていた妹が振り返り、元気よく話しかけてきた。
「ただいま」
「どうだった?」
「まあ、なんていうか、普通だった。それとこれ、お土産な」
あの遊園地での事から話を逸らすように、妹の目の前で袋を差し出す。
「ありがと、お兄ちゃん。どこで買ってきたの」
「それは、まあ、開けてみればいいよ」
妹は紳人から受け取った袋から大きな箱を取り出し、梱包されている紙を剥いで中身を確認していた。
「これって、駅で売っているお菓子セット?」
りんの声のトーンが上がる。
そのセット商品の中には、ドーナッツやクッキーなどが敷き詰められている。
しかも、りんが好きそうなデフォルメ動物の形をしたお菓子だ。
「よく知ってるな」
「だって、学校の帰り道に地元の駅があるんだから。それはわかるよ」
「嫌だった?」
「んん、前々から欲しかったし。これ、結構するでしょ?」
りんは聞いてくる。
紳人は出費には悩んだものの、妹の顔が歪むところを見たくない。
だから、金銭的な話はしなかった。
「そう? でも、こんなに立派なモノじゃなくてもよかったのに」
りんはそう言って、開封したお菓子の箱をソファ前のテーブルに置いていた。
「お兄ちゃんも一緒に食べよ。早くソファに座って」
妹は丁度ソファに座った紳人に、ドーナッツのお菓子を手渡してきた。
二人でお菓子を食べながら、その土曜日の午後を過ごす事となったのである。
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