第16話 俺、これ以上は――

 高田紳人たかだ/しんとは遊園地内にて、先輩と共に園内を歩いている。


 水無瀬来乃みなせ/このみ実先輩は遊園地が好きらしく、目を輝かせながら辺りを見渡し、何で遊ぼうか悩んでいる様子だ。


 ここの遊園地は人気らしく、土曜日ということも相まって人が多く集まっている印象。


 それに、やけにカップルの人らも多く見かける。


 紳人も先輩と一緒に訪れている事から、一応世間でいうカップルではあるのだが、色々と疚しい気持ちの方が勝っていた。


 花那かなん夢月むつきには、まだ返事を返していない。

 それに関しては来週までなのだが、モヤモヤとした感情を抱いたまま今の遊園地内を歩いている。


 実を言うと、来乃実先輩以外の女の子とも関わりがある状況で、純粋に遊園地を楽しむことが出来ていなかった。


 もし、誰かに見られてしまったらどうしようかと、そればかりだ。


 ここは電車で六駅も離れた場所にある遊園地である。


 そんなことを考える必要性もないのだが……。


 そんな事で悩んでいると、紳人は正面にあるモノにぶつかってしまう。

 だが、そこまで痛くは感じなかった。


 こうなってしまったのは、考え事をしていたことが原因である。

 何かと思いながらも、正面を確認することにした。


「高田君、さっきから上の空じゃない? 大丈夫?」


 それは来乃実先輩の声。


 いつの間にか、先輩は紳人の正面に佇んでいたのだ。

 しかも、目と鼻の先には、先輩のおっぱいの谷間が見える。


 先輩の色気ある姿を間近で見れて、内心興奮していた。


「もしかして、私と一緒にいてつまらないとか?」


 来乃実先輩は首を傾げる。


「いいえ、そんなことは」

「だったらどうして?」

「ちょっとした考え事で」

「そんなに悩むなら、ジェットコースターにでも乗る? あっちの方にあるから」


 先輩は紳人の意見を聞く前に、手首を掴んで先へと進もうとする。


 ジェットコースターに乗れば気分はリセット出来るかもしれないが、紳人からしたら得意な乗り物ではなかった。


 先輩はなりふり構わずに紳人を引き連れ、その場から駆け足になるのだった。






「では、次の方々は、こちらへ――」


 列に並んでいると、三分ほどで二人の番になる。


 遊園地内のジェットコースターエリアにて。その時、共に搭乗する人らと集団で行動し、ジェットコースターへと向かい、その席に腰を下ろした。

 それから安全バーが作動し、胸元にくっ付いてきて、スタッフの方々が最終確認を行っていた。


「では、今から動きますからね」


 数人のスタッフに見送られながら、それは動きだす。


 上へと向かって行き、紳人の体もフワッと浮き上がった感覚になり、恐怖心の余り声を出せなくなっていく。


「大丈夫そう? 手を繋ぐ?」

「……は、は、はい……」


 紳人の声は震えていた。


 一応、来乃実先輩の方を見ようと思っても、怖すぎて振り向くこともできずにいた。


「でも、これを乗り越えたら気分がすっきりすると思うし。頑張ろ!」


 隣にいる先輩は優しい口調で囁き、紳人のことを真剣に気にかけてくれていた。

 がしかし、紳人は正面を向いたままで目を点にしている。


 その間に、先輩はさりげなく紳人の手を触ってくれていたらしい。


 ジェットコースターが頂点に達した頃合い。そこからの紳人の記憶はなかった。




「……あ……⁉」


 体に負荷がかからなくなった時、紳人の意識が戻ってくる。


「到着しましたよー」


 近くからスタッフの声が聞こえ、スタッフが明るい表情で迎えてくれていたのだ。


 終着地点に到着していた事に気づき、安堵する。


 紳人は放心状態のまま、先輩に導かれるようにジェットコースターから降りるのだった。






「ねえ、ここのお菓子って美味しいんだよ。高田君も注文すればよかったのに」


 ジェットコースターエリアから離れ、今は来乃実先輩と遊園地内の飲食店に足を運んでいた。


 丁度、お昼を少し過ぎた頃合いであり、食事をするのには打ってつけの時間帯。


 紳人は席に座ったまま、胸を落ち着かせるように、テーブルに置かれてあったココアを飲むことにした。


「ね、食べてみる?」


 正面の席に座っている先輩は手にしているチュロスの先端部分を紳人の口元へと近づけてくる。

 砂糖とチョコの匂いに鼻孔を擽られた。


 その先端は、来乃実先輩が口をつけたところだった。


 さすがに、そういう間接的な行為は――


「い、いいですよ、そういう事は」


 紳人は声を震わせ、断ることにしたのだ。


 魅力的な先輩の食べかけのチュロスには興味はあるが、ここは冷静に対応しようと思った。


「遠慮しないで。他の人もそうやって食べてるでしょ」


 店内。周りにもカップルは居て、注文した品を食べ合いっこしている。


「私たちもさ、付き合っているような間柄でしょ」

「でも、正式に、そこまで……」

「私。今週中には両親に教えようと思ってて」

「え? な、なに、を……?」


 紳人は驚き、カタコトになっていた。


「結婚することについて」

「いや、それは早すぎるというか、無理というか……」


 紳人はジェスチャーを交えて拒否しようとする。


「でも、早い方がいいでしょ? その方が早く処理できると思うからね♡」

「しょ、処理とは?」

「わかってるでしょ、そういうことくらい」


 多分、来乃実先輩が言っている事は、婚姻届けとか、結婚の段取りとか、そういう事なのだろう。


 紳人は高校生であり、まだそういった段階ですらない。

 高校すら卒業していないのに、先輩が話す内容の全てが先を行き過ぎている。


 やはり、これは明確に断らないといけないと思う。


 だから、紳人は――


「先輩」

「なに? 改まって」


 来乃実先輩は驚いた口調になる。


「俺、言わないといけないことがあって」

「もしや、告白的な?」


 先輩は紳人の話に食いついてくる。


「いいえ、そうではなく。やっぱり、これ以上付き合っていくのは無理だと思うんです。そういう話で」

「え? どうして? 結婚するのが?」

「それもありますけど。やっぱり、俺には先輩の頼み事は受け取れないんです。俺には責任も負えないですし」


 花那と夢月の件もあるのに、先輩との婚約はさすがに荷が重い。


 大事になる前に、ハッキリと断る方が吉だろう。


 さっきジェットコースターに乗り、感情が吹っ切れたのだ。

 モヤモヤとした感情が吹き飛んだことで、紳人の心には迷いなど生じていなかった。


「どうしても無理なの?」


 紳人はその場に立ち上がり、椅子に座っている先輩の顔を見て断言した。


「付き合うことに関しては今日までということで」

「早くない? 別れるの」

「でも、俺は、もう決めていた事なので」


 紳人は余計な事を言わず、財布からお金を取り出す。


「これが自分の食事代なので、今日はここで」


 紳人は先輩に背を向ける。


 来乃実先輩は突然の事態に何が起きているのか意味不明で無言になっていた。


 紳人は振り返ることなく、遊園地から立ち去る事にしたのだ。






「はあぁ……これでよかったのかな。いや、これでよかったんだよな」


 紳人は遊園地近くにある駅のホームで独り言を呟いていた。


 別れるためとは言え、少々強引すぎたかもしれないと思いながらも、こうするしかなかったと自身の心に自己暗示をかけていた。


 それから一分ほどでホームに到着した電車へ乗り込み、紳人は地元の駅へと向かう事にしたのである。


 電車に乗り始めてから八分が経過しようとしていた頃。電車が別の駅で止まる。

 紳人が電車のソファに座っていると、途中の駅から幼馴染のバイト先の先輩であるメアリが乗車してきたのだった。

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