第15話 先輩の私服を前に翻弄されて

「こういう普通な服でもいいよな」


 土曜日。高田紳人たかだ/しんとは一人。自室にある鏡を前に自身の姿を見ていた。


 今手にしているのは、水無瀬来乃実みなせ/このみ先輩と遊ぶために昨日からタンスの奥から取り出していた服だ。


「って、これ、全然着れないじゃないか」


 今日のために昨日から用意していた服が、今着てみて全然サイズが合っていないことに気づいた。


 すでに時刻は、朝九時を過ぎた頃合い。


「あーぁ、しょうがない。他の服にするか」


 無理やり着て破れてしまっては元も子もない。

 紳人はタンスにある別の私服を選ぶことにした。


「んー、いっそのこと制服にするか。でも、プライベートで制服は違うよな。やっぱ、私服で……」


 紳人が普段から私服として着用している服は、そこまで派手ではない。

 ダサいというわけではないが、やはり、遊園地に行く服装としては良いとは言えないと思う。


 いつも漫画や二次元コンテンツばかりにお金を消費しすぎていると、いざという時に困ってしまう。

 服にもお金を使っておけばよかったと、今さながら後悔していた。


「どうしよ……」


 来乃実先輩とのデートで、シンプルすぎる白色の長袖だとパッとしないと思われる。


「もう少し派手というか、高校生らしい感じの……」


 紳人は再びタンスの中を漁ってみるが何もない。

 あったとしても、中学生の頃着ていた服や、小さくなって着れなくなった服ばかり。


 高校生になってからは漫画ばかりで、どんな服があるかちゃんと確認していなかったのだ。


「どの道、昨日の内に服を買うお金もなかったしな」


 紳人がタンスの前で焦っていると、自室の扉がゆっくりと開く。


「お兄ちゃんって今からどこかに行くの?」


 扉から顔を出し、入ってきたのは妹のりんだった。


「そうだけど」

「私もついて行ってもいい?」

「それは無理」


 すぐに断った。


「なんで?」


 妹はどうしても行きたいようで聞き返してくる。


「なんでも」

「もしや、彼女とデートだから?」

「そういう間柄の人じゃないかもしれないけど……」


 紳人はタンスの中身を見ながら、妹に対し、口ごもった返答をする。


「お兄ちゃん。もしや、その服で行くつもり?」

「これしかなかったし、しょうがないっていうか」

「ないなら私が持ってる服でも貸す?」

「え? あるの?」


 紳人は一応、妹が持っている服を確認してみることにした。


「あるよ。持ってくるからちょっと待ってて」


 りんは一旦部屋から出て、それから二分ほどで戻って来た。


「これだよ」


 りんが持ってきたのは、青色のパーカーのようなモノ。

 女性用ではなく、ちゃんとした男性用の服である。


 紳人は妹から受け取り、鏡の前で着てみることにした。


「これは丁度いいな。サイズもあってるし。ありがと。本当に貸してくれるの?」

「いいよ。貸すっていうより、あげるよ。元々、お兄ちゃん用に購入していた服だからね」

「俺用?」

「そうだよ。その服似合うかなって。この前、ネット通販で購入していたの」


 りんは似合っているよと言ってくれた。


「その代わり、何か買ってきてよね。私をおいてどこかに行くんだし。お礼として買ってきて、お菓子でもいいから」

「わかった。お礼としてな。なんでもいいのか?」

「それはお兄ちゃんに任せるよ。お兄ちゃんのセンスにね」


 お菓子選びにセンスがあるかはわからないが、紳人は妹との契約を交わす。


「じゃあ、行ってくるよ。本当にありがとな」


 紳人は財布とスマホを持ち、自室を出る。


「気を付けて行ってきてね」


 階段を下っていると妹の声が響き、それを背に自宅を後にするのだった。






 今から向かう先は、地元の駅である。

 その駅から三〇分ほど電車に乗り、遊園地がある隣街まで移動する。


「ここだよな」


 紳人は駅のホームに降り、改札口を通り過ぎて駅の外に出てみる。

 そこで辺りを見渡してみることにした。


「高田君、こっち!」


 遠くから先輩の声が聞こえ。声する方へ視線を向ける。そこには私服姿の水無瀬来乃実先輩が佇んでいたのだ。


 先輩の服装は露出度が高めであり、胸元が見える。

 特に谷間が少しだけ見え、肩からはバッグを下げていることもあり、胸の膨らみがなおさら協調されていたのだ。


 今日の気温は温かい方であり、先輩の上着は長袖。下はズボンだった。


 普通の人が着るとダサく見えるコーデだったとしても、先輩が着こなすと素晴らしく見える。


「おはよ、高田君!」


 紳人が、先輩の姿に見惚れていると話しかけられる。


 紳人はハッと意識を現実に戻し、先輩の元へ近づいていき、挨拶をした。


「ちょっと遅かったんじゃない?」

「服装に拘ってて」

「服に?」


 先輩は紳人の姿をまじまじと見つめてくる。


「私服を初めて見たけど。いいと思うよ。もしかして、新品?」

「そうですね。新しく購入したんですよ」

「へえ、そうなんだ。似合ってるし、いいんじゃない?」

「そうですか、それなら、よかったです」

「もしかして、私のため?」

「そ、そうかもですかね」


 紳人は誤魔化すような口ぶりで、あやふやな返答になっていた。


 一応、付き合うことになったからには、ちゃんとした服装がいいに決まっている。


 今後のため、先輩からの想いを断るためにも身だしなみは必要なのだ。


 今はタイミング的に言わないとして。

 様子を見てから、先輩への想いはハッキリとさせておいた方がいいと決心を固めていた。






「まずは何からする? 私はどれでもいいんだけど、高田君は何がいいかな?」


 先輩は距離を詰めてきて、元気よく紳人に話しかけてくる。


 先ほど遊園地内に到着して、それから入園の手続きを行ったばかり。


 先輩は手にしているパンフレットを見開いて、隣にいる紳人に見せてきた。


「俺、この遊園地に来るの初めてなので、少し遊園地内を歩きましょうか」

「それでいい? アトラクションは?」

「それは後で」

「そう? まあ、それでもいいんだけど。じゃ、一先ず手を繋ご」


 そう言って先輩は、紳人の正面へ移動し、面と向かって明るく手を伸ばしてきた。


 紳人は先輩の輝かしい眼差しに戸惑い、迷うものの、ここで断るというのも難しい。


 後々、来乃実先輩に対し、自身の意見を伝えるためにも、ここは不快な気持ちにさせるわけにはいかないと思う。


 紳人も応じるように手を差し伸べた。


 女の子と手を繋ぐのは久しぶりだ。


 昔なら幼馴染と繋ぐこともあったが、高校生になった今では殆どない。


「じゃ、行こ!」


 来乃実先輩は無邪気な笑みを見せている。

 学校内では見せない可愛らしい表情をしていた。


 紳人は先輩と手を繋ぐことに新鮮な気分になりながらも、知っている人が殆どいない遊園地内を横に並んで歩き始めるのだった。

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