第14話 今後のことについての心境
「おはようございます」
翌日の朝。
その時間帯は紳人が普段から通学している時間よりも大分早く、今、校舎内を見渡しても殆ど人がいない。
用務員の方や数人の教員とすれ違い、挨拶を交わした程度だ。
紳人は朝の新鮮な空気を吸いながらも廊下を移動する。
それから階段を上り、予定通りに三階の生徒会室へ向かう。
紳人は深呼吸して生徒会室の扉を開け、一言挨拶をしてから扉を閉めた。
室内には、生徒会役員である
他の役員はまだ登校してきていないらしい。
「そこにいないで、早くこっちに来て」
先輩から手招きされ、紳人は近づいていく。
元々、昨日のメールで来乃実先輩から誘われ、朝から二人っきりで会話したいと言われていた。
だから今日は朝早くに登校したのである。
何を言われるかは大体目星がついていた。
今週中の休日についての内容だと思われる。
紳人は先輩がいるソファの隣に座ることにしたのだ。
「話ならメールですればよかったと思うんですけど」
ソファの左側に座っている来乃実先輩に話しかけた。
「私もそう考えたんだけどね。やっぱり、直接会話した方が印象に残りやすいでしょ?」
先輩は紳人と距離を詰めてきて、淡々とした口調で話し始める。
「そうですかね?」
紳人は首を傾げた。
「そうなの! それに明日は休日だし、その件も踏まえてじっくりと会話したかったし。明日は用事とかないでしょ? 予定空けてくれてるよね?」
先輩がグッと距離を詰めてきて、紳人の顔をまじまじと覗き込むように聞いてくる。
急に、来乃実先輩の顔が近づいてきて、内心、どぎまぎしていた。
紳人は一旦、胸を撫で下ろし、心を落ち着かせてから考え込む。
実のところ予定はない。
あの二人からも特に何も言われていないのだ。
「問題ないかと……」
「じゃあ、明日の土曜日に付き合ってくれるよね?」
隣にいる先輩はワクワクした目で、紳人の反応を伺ってくる。
「ま、まあ……でも、本当に遊園地へ?」
「そうよ。その予定で考えていたわ。ちゃんとチケットもあるし」
来乃実先輩は乗り気だ。
先輩は大人びた容姿をしているのだが、二人っきりの時だけは素の態度を見せてくれているような気がする。
全校集会の時は真面目そうであり、その時の雰囲気とは明らかに違っていた。
生徒会役員は普段から真剣にやらないといけない為、真面目になる必要性があるのもわかる。
急に先輩との距離が縮むと、彼氏彼女のような距離感になり、緊張しながらもソファに座ったまま話を続ける事となった。
「まあ、予定は決まりね!」
「はい」
紳人は頷いた。
先輩は、ここまで距離感が近くても気にしないのだろうか。
恋人らしい恋人ができたことのない紳人からしたら、この距離感での関係性だと、心拍数が高まってくる。
紳人は先輩の方を見やる。
「ねえ、色々なことしない?」
「⁉」
二人っきりの空間で、来乃実先輩から意味深なことを言われる。
変に意識し、変な妄想ばかりが脳内に浮かび上がり、赤面してしまう。
「い、いいです。これ以上は――」
紳人はハッキリと意見を言おうとする。
現在進行形で、
そんな状況で、来乃実先輩とも正式に付き合うことになったら、とんでもないことになるだろう。
一応、遊園地で遊ぶ関係だとしても、ある程度の線引きは必要だと思った。
この前は先輩と付き合ってもいいと思っていたが、やはり、今置かれている自身の環境を鑑みると、それは難しいだろう。
今さらながら明日の予定を断ることも出来ず、明日様子を見て正式に断ろうと思うのだった。
「色々な事って、生徒会の業務の事だけどね?」
「え、あ、はい、そうなんですね」
「なんだと思ったのかな?」
「いや、俺の勘違いなんで」
紳人はジト目を向けてくる先輩から視線を逸らそうとするのだが、来乃実先輩はさらに悪戯っぽい笑みを浮かべ、追撃してくる。
逃げられないと思った。
「まあ、そういうことを考えることもあるよねー」
来乃実先輩はウインクして意味深な発言を残した後。
生徒会役員になるために必要なことを教えるからねと続けて言い、ソファから立ち上がっていた。
あれから来乃実先輩とのやり取りを終え、気づけば午前の授業終わりを知らせるチャイムが鳴る直前になっていた。
紳人は教室内の自身の席に座り、授業を受けている。
あと数秒。
教室前の時計の針を見ながら秒数を数えていた。
そして、その時が来たのだ。
「では、ここまで!」
壇上前の教師の発言と共に皆席から立ち上がる。
それから紳人は目の色を変え、迷うことなく教室の出入り口からスタートダッシュを切った。
クラスメイトの誰よりも早かったと思う。
他の教室からも数人ほど出てきたのだが、それでも紳人はその人らと比べても引きを取らないほどだ。
紳人は手に入れたいものがある。
そんな思いで、この苦難を乗り越えようとしていたのだ。
「やっと……やっと、手に入った!」
紳人は今、校舎の一階――購買部にて陸上部の彼女から頼まれていた数量限定のパンを入手する事が出来ていた。
これで、彼女から与えられた最低限の試練は乗り越えられた。
歓喜しかなく、ガッツポーズを決めていた。
紳人は気分を高めたまま、さっそくグランドへ急いで向かう事にしたのだ。
「はい、これ。約束通り買ってきたよ」
紳人は校庭のグランドで走り込みの練習をしていた、ジャージ姿の
「ありがと、今日はとってこれたのね」
「うん、何とかね。スタートダッシュが良かったのかもね」
昨日、夏絆から教えてもらった走り方を参考にやってみた。
その甲斐があってか、事が上手く進み、目の前にいる彼女も笑顔で受け取ってくれたのである。
「……あんたも食べる?」
彼女は袋からパンを取り出し、クリームのついたそれをちぎって紳人に渡してくる。
「良いの?」
「私は別にいいよ。あんたが買ってきてくれたんだし。一応、そのお礼」
夏絆から素直に受け取る。
それから二人はグランド端のベンチに座り、昼食をとることにした。
「それで、明日の件なんだけど、用事ってある?」
紳人は喉を詰まらせそうになった。
「い、いや、明日は……その用事があって」
「そっか……じゃあ、日曜日は?」
土曜日は来乃実先輩と。日曜日は、あの二人と関わる可能性もあり、夏絆の方を見て予め断っておくことにした。
「そう……私、休みの日も練習したかったし、手伝ってもほしいって思ってたんだけどね。でも、用事があるならしょうがないか」
「休みの日も練習? 真剣だね」
「別にそんなことはないから。練習は毎日しないと意味ないじゃない?」
「そうだけど。休むこともしないと、大変じゃないかな?」
「私は目的があるから」
夏絆は真剣な眼差しで言葉を切り返してくる。
彼女はパンを食べ終えると、その場に立ち上がる。
体を軽く動かした後、少し走ってくると言い、その場から背を向けて立ち去って行くのだった。
紳人は彼女から貰ったパンを口にする。
限定と言えるほど濃いクリームパンであり、お金があったら店頭で高くとも買って食べたくなるほどの味わいだった。
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