第13話 俺の秘密の本が、妹の手に!

「お兄ちゃん、これって何?」


 学校からの帰宅後。高田紳人たかだ/しんとは自宅の玄関先で、実の妹からピンクと白色をした表紙の官能小説を見せつけられていた。


 妹が持っている本はまさしく紳人の所有物であり。その本の表紙には、エロい態勢をした美少女が描かれている。

 なぜそれを勝手にと思い、紳人はその場で硬直していた。


「私、これ見たんだけど。お兄ちゃんって、こういうの読むようになったの? 漫画だけじゃないんだね」

「……そ、そうだよ。でも、自分から読むようになったわけじゃないんだけどさ」


 紳人は一応、言い訳をしておくことにした。


「まあ、いいんだけど。お兄ちゃんにちょっと話があるから、リビングに来てくれない?」


 妹のりんは頬を赤らめながら誘ってくる。


「え、な、なんで?」

「この本について話したいから」

「いいよ、そういうのはさ。それより、その本を返してくれ」

「いや、ちゃんと私と話してくれるまでは返さないからッ」


 妹は頬を真っ赤にしたまま悪戯っぽい笑みを浮かべ、それから背を向けて、リビングの方へ走り去って行った。


 あの妹は――


 紳人はさっさと玄関先で靴を脱ぎ、急いで妹を追いかけることにした。






「お兄ちゃんもやっぱり、こういうの好きなんだね」

「それはそうに決まっているだろ……」


 紳人は小声で返答する。


 二人はリビングのソファに座っていた。


 左隣には妹がいる。


 そんな環境下で、実の妹からエッチな小説を読まれているのだ。


 これは何という拷問なのだろうか。


 性癖を覗き込まれているようで気恥ずかしかった。


「それより、そろそろ返してくれないか?」

「なんで? もう少し読んでたいし」


 りんは官能小説をまじまじと読んでいる。


「読んでたい⁉ いや、そういうのは女の子が読む内容じゃないから」

「いいじゃん。私、このジャンル好きかも」

「変な感性を開花させなくても」


 紳人が必死に取り返そうと奮闘していると、大きな過ちを犯す事となった。


 それは――


「え……」


 りんは目を点にした。


「あ……」


 紳人も驚き。

 今まさに過ちを犯し、妹の胸に手を当ててしまっていたのだ。


「な、なに⁉」


 りんは、すぐに紳人から距離を取る。


「いや、これは間違いで、そういう意味じゃないからな!」

「うわッ、お兄ちゃん、実の妹に手を出すくらい飢えてたなんて」

「違う、そうじゃない」


 紳人は必至に誤解を解こうとするが、妹は引き気味な顔を見せてくる。


 終わったと察した瞬間であった。


「お兄ちゃんってさ。どうせ、彼女いないんでしょ」


 ソファに座っている妹は紳人から距離を取った後で本を閉じ、紳人の方を上目遣いで見つめてくる。


 確かに彼女はいない。

 でも、恋愛以外の理由で付き合っている子は数人いるのである。


 紳人は今、数人の女の子らの姿を脳内に浮かばせていた。


 クラスメイトの藍沢花那あいざわ/かなん

 幼馴染の中野夢月なかの/むつきの事である。


「……もし、いると言ったら?」

「え?」


 上目遣いで紳人を見つめていた妹は、突然、パッと目の瞳孔を見開く。


「い、いるの? お兄ちゃんに? 昔からそんな気配もなかったし。そんなお兄ちゃんに彼女なんて」

「お、驚いたか」


 紳人は強がってみせた。


「う、うん、そりゃそうだよ……」


 妹は頷きつつも、小声で寂しそうな口調になっていた。


「で、でも……だったら、本当にいるなら見せてよ!」


 妹は官能小説を持っていない手を差し出し、要求してくる。


「何を?」

「証拠の写真!」

「それはないよ」


 あの子らと一緒の写真などない。

 プリクラ的な写真も撮った経歴もないのだ。


 すぐに証拠になるようなアイテムは一切持ち合わせていなかった。


「噓っぽい」

「いや、嘘じゃないさ」

「ふーん」


 りんは官能小説の中身をパッと見せつけてくる。


 そのページには、物語の主人公とヒロインがエッチなことをしているシーンが描かれている。

 そのような挿絵を前に紳人は困惑し、たじろぐ。


「お兄ちゃんって、こういうのしたことあるの?」


 兄妹間で一番話したくない内容だった。


「ま、まだでも、これからは」

「じゃあ、今のところはないんだね」

「そんなことより、返せって」

「ダメ、お兄ちゃんに彼女がいるかどうか知りたいから」

「そういう話は無し。いい加減返せって!」


 互いにヒートアップしていく。


「隠すって事はいないんでしょ、本当は」


 その時、りんはニヤッとした余裕のある顔を見せる。


 雰囲気が一気に変わった瞬間だった。


「いるならその証拠を見せて」

「だからないんだって、証拠が」

「じゃあ、いないってことで」

「なんでそうなるんだよ」


 妹は無言で紳人のことをまじまじと見ている。


「お兄ちゃんさ、私とこういう事するってなったらする?」

「し、しないよ」


 りんに対して、エロい感情を抱くなんてありえない。

 天と地がひっくり返っても、そういう関係性にはならないだろう。


「お兄ちゃんが考えている彼女ってもしや漫画のキャラなんでしょ? じゃあ、実際にやったこともないだろうから。私のを――」

「い、いや、いいよ。そういうのはのぞんでないから!」


 紳人は、目の前で衣服を脱ごうとしていた妹の両腕を掴んで早急にやめさせた。


 これ以上はヤバいと思い、りんの気が緩んだタイミングを見計らい、妹が手にしている官能小説を奪い返し、紳人はリビングから立ち去る事にした。






「はあぁ……さっきはとんでもないことに発展するところだったな。それとさ、なんでりんがこの小説を……」


 紳人は自宅二階の自室にて、ベッドの端に座ったまま、今手にしている官能小説をペラペラとめくっていた。


「まさか、俺の部屋に勝手に⁉」


 どう考えてもそうとしか考えられない。


 この頃、りんと会話する事が殆どなかった。

 この前、妹の部屋でアニメの話をした時くらいである。


 りんは何かしらの話をしたかったのだろうか。


 それで部屋に入り込んで、勉強机にあった官能小説を手にして読んだのだと思われる。


 妹は共通の話題を見つけたかったのだろうと、紳人はそう解釈することにした。


 紳人は、この頃学校生活が忙しく、妹の相手をしてあげられていなかったのだ。


 妹も寂しかったのだろう。


 さっきは言い過ぎた。

 後でもう一度話そうと思うのだった。


 そんな中、紳人はスマホが鳴っていたことに気づく。


 スマホを手にして画面を見ると、水無瀬来乃実みなせ/このみ先輩からメールが届いていたことが分かったのだ。


 また何かが起こりそうな予感しかなく、紳人がゆっくりと出来るのは、もう少し先になりそうだった。

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