はこの中の転生

一河 吉人

はこの中の転生

瀬川凛弥せがわりんやさん、貴方は死にました」



 白い空間に俺は立っていた。


 な、何だこれは? まるで死後の世界みたいだが……。


「瀬川凛弥さん、貴方は死にました」


 俺の戸惑いをよそに、声は繰り返す。うん、まあいい。いろんな疑問はあるが、とりあえずは置いておこう。それはそれとしてだな――


「瀬川凛弥さん、貴方は死にました」



 俺の名前、森山和弥もりやまかずやなんだけど!!??



 俺は混乱した。おいおい、これが天国なら、俺は死神に人違いで殺されでもしたってのか? 誰だよせがわりんやって……ん、いや、待て……せがわりんやって、もしかしてあの・・瀬川凛弥か!?


 瀬川凛弥とは、大人気コンシューマーゲーム「Silver Moon Story」の主人公の名前だ。……と、思う。下の名前は間違いない、俺と「弥」の文字が共通だから憶えている。正確には「こっちは和なのにお前は凛だなんて気取りやがって」と思ったのを記憶してる、いや、和もいい字だし自分の名前に全く不満は無いんだけど。


 問題は苗字の方だ。このゲーム、いわゆる異世界に召喚されて魔王を戦う系RPGなので、主人公の呼称はほぼ「リンヤ」だ。オープニングの現代パートですら名字を呼ばれる場面はなく、公式設定資料集のキャラクター解説文くらいにしか記述がなかったはず。俺、この作品は結構やり込んだんだが、さすがにそんな細かい情報までは自信がないぞ。


「精霊暦773年、盟主アヴァロン王国の将バルバロッサの突然の反乱により、セレスティア大陸は、そして世界は戦乱の炎に焼き尽くされんとしていた――」


 のナレーションでおなじみSilver Moon Story―通称「銀月」―は、舶来物の次世代ゲーム機「King-Box」ローンチ用独占タイトルの目玉の一つとして華々しくデビューした次世代RPGで、ゲーム雑誌の表紙を飾るくらいには人気のタイトルだ。レビュワーからの評価はもちろんプレイヤーからも熱烈な支持を得て、King-Box、通称「はこ」の販売数を力強く牽引し、また時にはほかハードユーザーを殴るための棒にもなったという。ちなみに俺はクロノス64(通称「さとる」)派だったので当時は指を加えて見てるだけ、プレイしたのは後年クロノスで銀月完全版(通称「満月」)が出てからだ。そうそう、あのときは独占って言ったじゃないかと怒り狂う古参ファンが続出して、ああやだやだ、新しいファンが増えることを素直に喜べず昔の話を掘り返してはぶちぶち言うだけの老害だけにはなりたくないねえとネットの争いを横目にコントローラーを握っていたっけなあ。後年制作されたアニメも、まあ、なんというか微妙な出来だったが、あれから入ったファンも多いかららな。変に騒ぎ立てずに作品世界の広がりを祝福する、そういう姿勢が大事なのだ。


 そう、多くのプレイヤーがそうだったように、俺も銀月にはまった。3作目までは何周したかわからないし、それ以降も7でグダグダになってソシャゲでよく分からないことになるまで全作プレイしたはずだ。開発会社を巡るゴタゴタでなかなか新作が出なくなり、俺も仕事が忙しくなって次第にゲーム自体から遠ざかり、まあ他にもいろいろあって最近は情報すら追わなくなっていたが、俺にとっては間違いなく忘れられないゲームだ。


(そう、これが本当に、あの瀬川凛弥なら――)


 俺は周囲を確認した。銀月は転移モノ、主人公の死と異世界への召喚から物語は始まる。どこまでも続く白い空間に、幾筋もの流星が流れては落ちる。うん、確かこんなグラフィックだったはずだ。そして、主人公に語りかける、この世界の創造神。


「瀬川凛弥さん、残念ながら貴方は死にました」


 光り輝く、玉!


 ゲーム通り、確かにゲーム通りなんだが……これじゃ全く確証が持てない!!


 俺は説明を続ける玉の言葉を聞き流しながら、必死で原作を思い出していた。たしか、霊験あらたか過ぎて人間では直視に耐えられないためこんなふよふよ浮かぶ光の玉の姿を取っている、みたいな話だった気がするけど、ありがちな設定なので別作品の可能性も十分にある。つまり、問題はここからだ。ゲームならこの後――


「貴方には、向こうの世界で戦うための力を3つ授けましょう」


(来た!!!!)


 俺は心のなかでガッツポーズをきめた。よしよし、いいぞ! 


 銀月ではゲーム開始時、ランダムにスキルが3つ与えられる。と言っても最後は【創造神の加護】で確定なので実質2枠だし、そのスキルもすぐに自力で取得できるようなものばかりなんだけど。まあ「一人ひとりが別々の物語を紡いでほしい」との狙いどおりに与えられたスキルを伸ばすプレイヤーは多かったみたいだし、かく言う俺もそうだった。開発者はしてやったりだろうな、RTA勢はリセマラ地獄だったらしいけど。


「貴方にふさわしいスキルは――」


 光の玉がいっそう強く輝きだし、いくつもの光線が放射される。き、来たぞ! 「ディスコじゃん」「【速報】神、ミラーボールだった」などとイジられつつも愛され、そのまま後継タイトルにも引き継がれてシリーズの象徴の一つともなった「ミラーボール・ガチャ」だ! 俺はゲーム内で幾度も目にしてきた光の奔流を現実に体験し、感動に打ち震えていた。


(こ、これが……これがディスコか!!)


 現実のディスコを知らないので正直ヤバいお薬をキメた後や人間が死の直前に見る走馬灯と言われても違和感がないのだが……そういえば、ゲームに転生してるってことは俺、やっぱ死んだんだろうなあ。なんかよくわからないけどブレーキ音が聞こえて、すげー痛かった記憶がうっすらあるもんなあ。


 ……ま、銀月の世界に行けるなら悪くはない。ということにしておこう。


 やがて光が収まると、玉がおごそかに告げた。


「貴方にふさわしいスキルは――



【短槍】――



【長駆】――



【時空魔法】――です」



「なんでだよ!!!!」



 俺は叫んだ。おい、ちょっと待てよ!?


 【短槍】と【長駆】はいい、評価は様々だが個人的には十分に当たりの部類だし、【時空魔法】に至ってはもうその周回は勝ち確定レベルの大当たりだ。うん、だけどね?


 なんで、なんで【創造神の加護】じゃねーんだよ!?


 【創造神の加護】は【才能・全】と【やり直し】を内包した特殊スキルで、まあどんなスキルも上げられるし死んでもセーブポイントで復活できるという、ゲームシステムをスキル化したようなチート能力だ。これ無しということはつまり、ゲーム内のNPCと同じ状況に置かれるってことだろう?


 【短槍】【長駆】いいね、【時空魔法】? 最高だよ。だけどな、それはどんなスキルも上げられる主人公特性があっての話だよ? 【瞑想】も【忍術】も【鋼の肉体】も取れなきゃスキルの持ち腐れなの。【錬金】でMPポーション大量生産できない【時空魔法】なんて燃費側過ぎて死にスキルなの。分かる?


 しかも【やり直し】まで奪われて、そんな状態でジャンボジェットよりでかいドラゴンと空中戦なんてできるわけ無いだろ!? 死んだらハイ終わりってそういのは実世界だけでいいんだよ!! せっかくのゲーム転生なんだから、もっとユーザーを気持ちよくさせてくれよ。本当に、本当に――


「ふざけんじゃねーぞ!!!!」


 俺は力の限り叫んだ。


 そして、


「ふざけんじゃねーぞ!!!!」


 どこからか怒号が響いた。


「!?」


 な、なんだ今のは!!??


 俺は突然の叫び声に思わず振り向いた。そして――



 小汚いおっさんと、目があった。



(だ……誰だこのオッサン!!??)


 オッサンは、巨人だった。都心の高層ビルくらいのサイズ感だろうか? 映画に出てくる怪獣のようだった。あまりにもデカすぎて、この世界ですらオッサンのバストアップしか写っていないくらいだ。な、なんだ? 一体どういうことだ? 混乱する俺のことなど眼中にないかのように、オッサンは顔を歪めて再び叫んだ。


「いいかげんにしろよホンマ!!」


 凄まじい怒りの波動が、世界すら震わせる。え、これどういう状況? こんなイベント銀月にはなかったぞ? 何がなんだかさっぱりなんだが、俺に分かるのはオッサンがとにかく怒り狂ってるということだけだ。


「なんで【創造神の加護】じゃねーんだよ!!??」


 お、よく分からないけどそうだ! オッサンも話が分かるぜ、実はコアなファンかもしれないな。おら、玉! 聞いているのか、ユーザーの魂の叫びを! なんで【創造神の加護】じゃねーんだよ!!?? ふざけるな!!!!


「こんなのが許されると思ってんのか!!!!」


 いいぞ! もっと言ってやれオッサン!!



「スーパーリーチなのに外しすぎだろうがよ!!!!」



 ……。


 …………。


 ………………は?



 オッサンの聞き慣れない単語に、俺の脳は処理が追いつかなかった。


 え、何? 


 スーパー……何だって?


「!?」


 俺がフリーズしていると、突如世界が切り替わった。な、なんだこれ――


(――これ、卒業式の告白シーンだ!!)


 銀月は学園で友人を見つけてパーティーを組み力をつけ、卒業後に魔王を倒す旅に出ることになる。また、異性、または同性と親密度が一定以上になると告白イベントが起き、結婚を前提とした婚約状態になるのだが、在学中は婚約が出来ない。代わりに婚約可能状態で卒業すると、特別イベントとして卒業式後の告白イベントが発生するのだ。


(この舞踏会……間違いない)


 卒業式後のパーティー、ここで相手を誘ったり誘われたりして一緒に踊ることで婚約完成となる。婚約状態のキャラは能力が大幅に伸びるので、告白イベントを起こすことが推奨されていた。俺も基本的には卒業即婚約ルートでプレイしていたので何度も見てきた場面だ、間違るはずがない。ちなみに、婚約状態で魔王を倒すとエンディングが結婚式に変わる、というか普通にやってりゃ大抵結婚することになるので実質的なノーマルエンドだな。


 いや、ノーマルエンドじゃねえよ。 結婚だぞ、結婚!? 


 悲しいかな現実世界ではそんな浮ついた話の一つもなかった俺だが、銀月のキャラと結婚できるなら土下座でお願いしたい。今、もし俺が集中治療室で大手術の真っ最中だったら担当医に伝えてほしい、安楽死させてくれ、と。


(問題は、誰が現れるかだ……)


 俺の脳裏には、幾人ものキャラクターの顔が走馬灯のように巡っては消えた。ああ、俺の上を通り過ぎていった女たち……。


(頼む、ヴィクトリアを寄越せとは言わない。アナスタシアでもキャロライナでもいい、いや、この際アビーやよっさんでも構わん!!)


 頼む、頼む……。俺は光る玉に向け一心に祈り――



 瞬間、心臓が跳ねた。



 長い黒髪、白い肌につり目がちの大きな瞳、プリーツスカートを優雅に揺らしながら歩く姿に時が止まる。


(あっ、あっ……)


 俺は、完全に心を奪われていた。あと思考能力とIQも。


 いや、夢にまで見た至高のヒロイン、【夜と月の巫女】ヴィクトリアが学院の制服姿で今そこに居るのだ、知性が低下しなくては嘘というものだろう。さすがキャラクター人気投票3年連続1位、ゲーム内でも可愛かったが現実になるとやばいなんてもんじゃない。何よりこのシチュエーション、これは……。俺は生唾を飲み込みながらも、素知らぬ顔を必死で装い突っ立っていた。


 やがて、彼女が俺の目の前で止まる。


 ま、間違いない。学園での告白にはいくつかの流れがあるが、メインを張るヒロインには専用パターンが用意されていた。ヴィクトリアも当然そうで、彼女の場合は親密度が一定以上あると、こうやって主人公の前に立ちその言葉を待つのだ。決して自分からは告白せず、しかし他の女のところへも行かせない。実に彼女らしい、高貴らしさと可愛らしさと、少しの弱さと激烈な重さを表現した名演出として大人気だったイベントだ。まさか、自分がその当事者になれるなんて……。


 ……なんて、いらぬ感傷に浸っている場合じゃない。これ以上彼女を待たせてはいられない。


 俺は震えそうになる足を必死で動かし彼女の下へと歩み出て、片膝をつくとそっと右手を差し出した。何度見たかもわからない、間違えようのないセリフ。


「僕と、踊っていただけますか?」


 突如、どこからともなく現れた光の玉が猛烈に輝き出し、世界には幾筋もの流れ星が降った。輝かしいエフェクトが僕らを包み込み、甘やかな音楽も流れ出す。わあ、見なよヴィクトリア、いや、ヴィー。まるで世界が僕たちを祝福してくれているみたいだ! 


 ずっと、こんな時間が続けばいいのに……。そんなことを思ってしまうほどの幸せな時間は、しかし終わった。玉はいずこかへと消えさり、世界が日常を取り戻す。そして、ヴィクトリアは僕の差し出した手を見て言った。



「……申し訳ありません」



「ふざけんなコラアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」


 僕は激怒した。


 いやいやいや、今のはどう考えてもOKの流れでしょ? 完全に原作通りだったし、そのまま目をそらしながら赤い顔で「し、仕方ありませんね。女性に縁のない貴方が舞踏会で恥をかくのも哀れですから今日だけ、そう、今日だけ特別に相手をして上げましょう」って言うところだろ!? なのに何でこんなことになってんの? そもそもOKされる状態でないとヴィーは舞踏会に参加すらしないでしょ? それを、こんな、人の心を弄んで、な、なんなんだよ! ちょっと、玉、分かってんの? お前、きちんと原作やってるの!!??



「ふざけんなコラアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」


 オッサンも激怒した。


 うおお、びっくりした!! いたのかオッサン、っていうか銀月の世界に転生したのはいいけどずっとオッサンが付いてくると思うとちょっとアレだな……。いや、でもこの展開に怒ってくれるあたりオッサンは主人公、つまり僕の味方のようだ。いいぞ、もっと言ってやれ!!


「プレミアムリーチまで外れるってどうなってんだコラアアアアァァァァァァ!!!!」


 

 そして、僕は全てを理解した。



 理解したというか、認めざるを得なくなった。



 銀月の世界に転生した、と思っていたけど、思っていたけど――


 


 これ、ゲーム転生じゃなくてパチンコ転生じゃねーか!!!!!!!!




 僕、いや俺は頭を抱えた。なんで、なんでなんだよ!!?? 銀月はいろいろメディア展開されてるから、アニメに小説、漫画に2.5次元? の舞台だってある。ゲーム本編だってオリジナルの筐版に完全版、リメイク版に携帯機移植版、スマホ版、PC98版、ゲームウォッチ版、電卓版にプリンタ版まである。だが、どうして、よりにもよってパチンコ版なんかに!!!!


 ファンが増えるんならパチンコ化もいいだろ、なんてアホもいるみたいだけどそういう話じゃないんだよ。パチンコとはギャンブル、皆が楽しんできた作品をそんな金の亡者に売るなんて有り得ない。メーカーは勘違いしてるかもしれないけれど、作品ってのは世に出た瞬間にメーカーだけのものではなくなり、ユーザのものにもなるんだよ! まだ見ぬユーザーを言い訳にこれまで盛り上げてくれたユーザーの信頼を損なうような行為を取る権利は、メーカーにすら無いんだよ!! 背景の流星群、あれ流れ星じゃなくてパチンコ玉だったのかよ!!?? こちとら重度の銀月ファンだぞ? あの世界に惹かれ、ゲームはもちろんなんだかんだ言いながらアニメの箱も揃えたヘビーユーザー様だぞ!? それを、それをだな――


「おわあっ!?」


 俺が手が白くなるまで拳を握り込んで力説していると、突如世界が反転した。こ、この場面も見覚えがあるぞ。間違いない、これは……


「チッ、ノーマルリーチかよ!!」


 そう、ノーマルリーチ……じゃねーよ! そんな用語は銀月にはねーんだよ!! これはラスボス戦だよ! 悪の大魔王にして吸血鬼の真祖ダニエルス伯爵との最後の決戦だよ!! その証拠に、ほら、俺は聖剣ヴァイオレットを持ってる! いつ握ったかわからないけど! クソッタレ、もうメチャクチャだよ!!


「ハッハッハ、よかろう、矮小な人間どもよ。私自ら相手をしてやろう!」


 な~にが私自らじゃボケ! このクソ野郎! ロリコン伯爵!! 次回作で一族の面汚し扱いされる下っ端のくせに!! ちょうど今神様とか世界とかにむしゃくしゃしていたとこなんだ、お前にこの怒りを全部ぶつけてやるよ!!!!


「秘奥義【月崩ルナー・ストレイン】!!」


 力いっぱい振り下ろした刃から、一筋の光が放たれ――


 突如、どこからともなく現れた光の玉が猛烈に輝き出し、世界には幾筋もの流れ星が降り、輝かしいエフェクトが俺を包み込み


「……この程度、所詮人間か」



 効いとらんやんけ!!!!


 伯爵は全くダメージのない、というか汚れ一つのない姿でそのまま立っていた。おいおい、いくら外れ演出? とはいえこれはないだろ。感動の名シーンが台無し、原作破壊もいいところだよ!


「そのまま世界が滅びゆくのを眺めているがいい」

「なっ……!?」


 魔王が呆れながら生成した巨大ブラックホールが、すべてを飲み込んでいく。学園、俺、そしてヴィクトリア。ああ、俺は失敗したのか――


「おわあっ!?」


 突如世界が反転し


「ハッハッハ、よかろう、矮小な人間どもよ。私自ら相手をしてやろう!」

「クソがっ! またノーマルリーチじゃねェか!!」


 コラーッ!! ガチャのハズレを引くような気安さで世界を崩壊させるな!!!!


 だが、平和への叫びはどこにも届くことはなく、俺は再び聖剣を振り下ろし、世界が滅びて、聖剣を振り下ろし、世界が滅びて、聖剣を振り下ろし、振り下ろし、振り下ろし、おい、【剣術】【忍び足】はともかく【皿洗い】なんてどう考えても使えねーだろうが!! 振り下ろし、振り下ろし、振り下ろし、あ、アンナ! お前だけは俺を見捨てないよな、な! ……クソがああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


 俺は泣いた。だが、世界は止まらず、流星は降り続けた。聖剣を振り下ろし、振り下ろし、おい、いい加減一回くらいは当たってもいいだろうだが! そんなに何回も世界を滅ぼしてお前は何をしてーんだよ! だが、安寧の祈りは冷たい機会が算出する確率抽選には届かない。聖剣を振り下ろし、世界が滅び、聖剣を振り下ろし、世界が滅び、聖剣を振り下ろし、世界が滅び、聖剣を振り下ろし、世界が滅び、聖剣が滅び、世界を振り下ろし、火魔法を振り下ろし、エヴァンジェリンを振り下ろし……おい、オッサン、台パンは止めろ、え……あ?



 ……。



 ……オッサン、連行されてっちゃった……。



 俺は剣を振り下ろすことも出来ず、両脇のガードマンに挟まれすっかりしおれてしまったオッサンの哀愁漂う背中を黙って見送った。……まあ気持ちはわからんでもないよ、だってクソゲーだもんこれ。俺だってキレてるけど、でもオッサンがそれ以上にブチギレてくれたおかげでなんだか拳の振り下ろし先がなくなっちゃったな……。


 俺は大丈夫かな、注意だけですむといいんだけどな、っていうかだいぶ回してたっぽいけど消費者金融だけは止めとけよ、と心配を続けていたが、次に座ったのが若いお姉さんだったので小汚いオッサンのことは全部吹き飛んだ。


 俺は頑張った。


 いや、決してお姉さんにいいところを見せようとしたとか、そういうわけではない。これ以上世界の崩壊が見たくなかったし、人の良さそうなお姉さんにも見せたくなかっただけだ。だが、聖剣は真の力を発揮することはなく、魔王は高笑いで世界を滅ぼし続けた。


(くそっ、全然勝てねえ……!!)


 もう、何度やり直しただろうか。全く、【創造神の加護】無しで世界をループするハメになるとは思わなかったぜ! だが、諦める訳にはいかないんだ。これ以上、お姉さんに悲しい顔をさせるわけにはいかない。俺たちの勝利を、世界の平和を絶対に届けるんだ! 


 俺は決意を込めて背後を振り返り――


 ……。


 …………この人、なんかうっとりしてない?


 俺は悲しいどころかどこか上気すらしていそうな、トロンとした目のお姉さんの姿を見てすべてを悟った。こ、この女――


「……はあ、やっぱり伯爵様かっこいい……」


 この女、魔王のファンだ!!!!


 いや、違和感がなかったわけではない。若い女性が一人でパチンコ、しかもこんなゲーム原作の台に、と思わなくもなかったがそこは個人の好き好き、いちいちケチを付けるような話でもない。誰がどんな理由で何をしようと、他人に迷惑をかけなければ構わないのだ、台パンとか。


 銀月は男女から主人公を選択できるし、パートナーも性別関係なくよりどりみどり。もちろん味方だけではなく、敵キャラだって上手くやれば仲間にできるし、この魔王様も当然その一人だった、というか人気投票でヴィクトリアと1位の座を猛然と争っていたくらいの人気キャラだ。っていうかもう結構突っ込んでるだろこの人、ヤベーな、俺よりガチのユーザーかも知れん……。


 なるほどね、魔王、ファン多いもんね。俺は理解した。だが、俺が世界を救うべく必死で戦っているとき、お姉さんは世界が滅ぼされるのをうっとり眺めていたのだと考えると、釈然としないものが残るのも事実だ。俺が俺の女たちに振られまくっている間、お姉さんが伯爵とよろしくやっていたのだという事実に、思うところがあるのも現実だ。そこはさあ、大人しく主人公を応援しましょうよ? コイツ確かに見た目は悪くないですけど中身は陰険で陰湿で、おまけにガチのロリコンですよ!!??


 俺はすっかりやる気を無くした(だって世界の崩壊が望まれているんですよ?)。俺はただ聖剣を振るだけの機械だった。腕は脱力を極め、必殺技の掛け声だっておざなりだった。


「はいはい、ルナー・なんとか~」


 魔王は死んだ。



 ……。



 …………は?



 あ、あれだけ気合を入れてたときはかすりもしなかったのに、鼻くそほじりながら適当に放ったルなんとかで死ぬとか、確率が全てとはいえさすがにひどすぎるだろ。これだからガチャゲーは……。


 まあ、それはそれとして、やーっと魔王死にやがったか!! ガハハ、気分ええわ! 俺は喜んだ。既にを失っていたので歓喜も中ぐらいだが、嬉しいもんは嬉しいぜ! 


 そして、お姉さんは嘆いた。


「あーん、ダニ伯爵が死んだ!」


 その呼称、ファンならもうちょっとどうにかならなかったのか。


 はっはっは、しかし、お姉さんには申し訳ないがこれは俺の記念すべき初勝利だ。見たことか伯爵、悪は必ず滅びるのだ! おっと、ゲームをクリアーしたんなら、お決まりのセリフを言っとかないとな。俺は聖剣を天に掲げ、


「さあ、帰ろう。僕たちの故郷へ――」


 突如、どこからともなく現れた光の玉が猛烈に輝き出し、歓喜のファンファーレが鳴り響く。輝かしいエフェクトが俺を包み込み、世界には幾筋もの流れ星が降りそそぎ、その全てが俺の中へと飛び込んで――



「う、生まれる! 生まれるうううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!???????」 



 精霊暦773年、盟主アヴァロン王国の将バルバロッサの突然の反乱によりセレスティア大陸は、そして世界は戦乱の炎に焼き尽くされんとし、お姉さんはいくつもの箱を積み上げ、俺は丸い銀の月を生み落とす筐体機械となっていた。


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