今はオタクの聖地となった街の臭い【KAC20243】

睡蓮

東京・秋葉原にはかつて「やっちゃば」があった

 十一月の東京・秋葉原

 山手線の高架橋に沿って御徒町方面へ歩いて行く。

 オタクの街と言われ、その混沌さが売りのこの街で、どこかお洒落さを感じさせる場所。都会の臭いしかしないこの場所に立ち、鼻から確かめるように息を吸う。


「東北の香りはしないな」


 今から半世紀と少し前、物心付いた頃、高架橋下には大量の木箱が積んであり、ほんのり林檎の酸味を感じる臭いが混ざっていた。


 反対側からはどこかえた野菜の臭いが漂っていて、何処にもない街の臭いが確かにこの場所には存在していた。


 木箱の中身はぎっしりと詰め込まれた林檎たち。

 現代のようにプラスチックでできたトレーも緩衝材もないから、隙間を埋めるのは籾殻で、そこに林檎が眠っていた。


 この頃になると東北の知人から林檎がこの箱で届いた。

 釘で封をされていたから開けるのにも一苦労したのだが、何種類もの林檎が詰め込まれていて、籾殻の中から発掘するのは宝探しとしか言いようのないこの時期の楽しみだった。


 街中でも焚き火ができた時代だ。籾殻をちまちま燃やし、焼き芋と林檎でおやつを摂った。


 林檎の箱は結構大きな物で、一箱に二十キロ、つまり現在の段ボール大箱の倍は入っていた。

 プラスチックのケースがない時代には小物の整理に役立っていて、我が家でも何個かが活躍していた。


 これは太宰治や北杜夫と言った大作家達も蔵書の整理に使っていた優れものである。


 そんなリンゴの箱がいつからか段ボールに変わり、青果市場も果物もろとも移転してしまった。


 秋葉原が電気の街からオタクの街に変わり、暫く足が遠のいていた。

 久しぶりに電気街口に降り立った私の目に市場の痕跡は何処にも見当たらなかった。


 ふとリンゴ箱のことを思い出し、今でもそんな物があるのかと思い検索してみたらそれなりに箱そのものは流通しているらしい。


 家に何個か積んであるプラスチックケースを見ながら、一つくらいは林檎の箱に変えても良いのではないかと思っている。











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