第2話 銀造


 非番の日だった。

 銀座で映画でも見ようかと、俺は電車に乗っていたんだ。

 あのころはJRじゃなく、国鉄と呼んでいたな。

 座席に腰を降ろし、何気なく前を見ると、斜め前に銀造が立っていたんだ。

 ドアの近くだよ。


 心臓が跳ねあがったよ。

 でも、車内は空いている。

 ヤツも仕事じゃなく、ただの移動で電車に乗っているだけかも知れない。

 落ち着けと自分に言い聞かせたとき、電車が駅に着いた。

 電車が完全に停止し、惰性で乗客たちのバランスが少し崩れた瞬間、銀造は隣に立つサラリーマンの上着の内に、すっと手を入れやがった。

 入れたと思ったら、次の瞬間には手首を返し、掏り取ったサイフを一瞬で自分の尻ポケットに移動させちまった。

 鮮やかだったよ。

 サラリーマンは、まるで気付いていなかったからな。


 ドアが開き、銀造はホームに降りた。

 俺も続いてホームに降りると、そのまま背後から銀造を捕まえた。

 「銀造、現行犯だッ!」

 完璧のタイミングだった。


 「な、何しやがる!」

 銀造は暴れたが、細身で非力な男だ。俺はホームに押し倒して押さえ込むと、それに気づいた近くの駅員が駆け寄ってきた。

 俺は、自分が捜査三課の刑事だと告げると、駅員は警察に連絡をした。


 大金星だと思ったよ。

 ところがだ……。

 信じられないことに、銀造は掏ったサイフを持っていなかったんだ……。

 

 上着、ズボンを徹底的に調べ、下着の中まで調べたのに、サイフが出てこない。

 そんなはずは無かった。

 俺は、銀造がサイフを掏った瞬間、そのサイフを自分の尻ポケットに収めた瞬間を確認したんだ。

 そして、俺が捕まえるまで、銀造は誰にも接触していない。

 受け取り役がいたとしても、絶対にサイフは渡っていない。

 どこかに投げ捨てたはずもない。


 それなのに、どこをどう探してもサイフは出てこなかった。


 それから銀造は、姿を消しちまった。

 仕事場所を変えたんだろうな。


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