済野さんのいたずら【KAC20243(テーマ:「箱」)】

 済野さんは変わっている。


「うぅぅん」


 朝起きると、横で済野さんが唸っていた。

 普段、飄々としている済野さんが何か悩んでいるらしい。

 いや人の寝室で悩んでいる風を装うのはどうかと思うよ僕は。

 とはいえ、済野さんが悩む(ふりをする)なんてとても珍しいことだ。


「済野さん、どうしたの?」


 ひとまず、済野さんのわざとらしさには触れず、聞いてみる。


「おはよう、少しわからないことがあって困ってたの」

「わからないこと?」


 済野さんはなんでも知ってそうな人なのに、わからないことがあるんだ。


「ええ、『ハコ』って言葉を聞いたんだけど、なにか知ってる?」

「え、箱って入れ物のことでしょ」


 済野さんの言葉に僕は拍子抜けしてしまう。


「……入れ物って?」


 どうやら本気で分からないようだ。

 いつも僕を翻弄する済野さんが本気で困っていて、とても不思議な気分になった。


「ええっと」


 僕は頭をフル回転させて「箱」を説明しようとする。


「四角形の底のそれぞれの辺から垂直に壁が立っていて物をいれることができるんだ。蓋をすることで中の物が出ないようにもできるんだよ」

「ふうん」


 済野さんは、少し考えるような素振りをした。

 そして口を開く。


「四角形の底と垂直の壁って、例えばこの部屋みたいな?」


 済野さんが床を差す。


「ううん、そうだね。えっと、箱って物を入れるから持ち運びできるくらいの大きさなことが多いかな」


 そうか。当たり前すぎて大きさの説明まではしてなかったな。

 僕は軽く後頭部を掻く。


「そうなんだ。この部屋、まさに『ハコ』って思ったんだけどな」


 おもむろに、済野さんは立ち上がって扉の近くに進む。

 そんな済野さんを眺めながら僕は思う。

 ああ、何か不思議なことを言い出すんだろうな。

 済野さんの言動には慣れてきた。


「ほら、ここを閉めたら中のアナタは出られない」

「え?」


 ニッコリと笑って、済野さんが扉を閉めた。

 いやまさか……。少し怖くなって僕はドアノブに手をかける。扉は――

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