あなたは砂緒(すなお)b 幻想月下の舞踏(ダンス) .


「それではわたくし大正時代竣工、創業百年の砂岡デパートと申します。近々創業百年祭に向けて大リニューアル工事中の折、不意に爆……」


 突然嫌な過去を思い出し言葉が詰まり無表情になる。


「創業百年……百歳!? スナオカデパート? ゴーレムネームなのかな」

(何か嫌な過去が……?)


 フルエレは表情が曇るという少年の変化を見逃さず、なるべく明るく応えた。


「そうだフルエレ、私に新しい名前を付けて下さいませんか? つまりこの異世界のニンゲンに成る為の名前という訳です」


 少女の『ゴーレムとやらが良いニンゲンになろうとしている』という謎設定を早速受け入れ、いちいち嫌な過去を思い出さない為の新たな名前を付けてもらう事にした。


「新しい人間の名前を付ける? 素敵! 少し待ってね」




 フルエレは少し俯くと眼をつぶって一瞬考えたが、すぐに閃いて答えた。


「貴方は凄く強い元ゴーレムさん、だから號弾ごうだんレムはどうかな……でも本当は心はとても素直で優しい気もする、だからもう一つは砂緒すなおという名前……どっちが良いかしら?」


 フルエレはネーミングセンスがヘン等と思われないか恥ずかしいのか、少し頬を赤らめながら上目遣いに見つめた。少年も目を閉じると腕を組み軽く黙考を始めた。



 やがて数十秒後、くわっと目を見開き言った。


「號弾レ」

「わ~良かった! 気に入ってくれたのね砂緒!」


 笑顔で手を合わせ食い気味に少女が割って入る。


(何故すなおってフニャッとした弱そうな名前を……最初から決まっているのならわざわざ聞くな!)


 とは言え、彼女の言う通りにしようと思っていたので、わだかまりも直ぐに消え砂緒を受け入れた。




「私は……元良いゴーレムで、ニンゲンになろうとしている砂緒……」


 まるでなりきりロールプレイ個人謎設定を自分に言い聞かせる様に呟いた。




「素敵! 凄く素敵な日になったわっ!! ららら~~」


 雪乃フルエレは何を思ったのか恍惚の表情で目を閉じくるくると回り出した。白いドレスのスカートをフワリと膨らませ、回るフルエレの謎行動に砂緒は激しく戸惑ってしまう。


「あの……」

「ほらほら一緒に踊りましょう!!」


 戸惑う砂緒に向けて、フルエレは白い細い指先を誘う様にすっと伸ばした。


「踊るて?」

(男達が転がったままですよ?)


 怪訝な顔をする砂緒。


「ほらほら、恥ずかしがってないで綺麗な月の下で一緒に踊りましょうよっ!」

「月出て無いし、まだ昼ですし」


 砂緒は目を閉じて笑うフルエレに、思い込みの激しさを感じて少し呆れて見たが、浮世離れした雪乃フルエレのドレス姿と足先と指先と華奢な身体のダンスの可愛さに見とれてもいた。




「うふふふ、ららら、ら~~~~」

「あっ危ない!!」


 突然砂緒は血相を変えて叫んだ。


「へっ?」


 ゴリッ

 フルエレは靴の固いカカトで転がる男の額を踏んだ。


「あっ」

「……」


 ぴたっと止まったフルエレは振り返り、砂緒も無言で額を踏まれた男をじっと見たが、幸い特に新たな動きは無かった。




「うかうかしてられないそれでは行きましょう。あれって動きますか?」


 何事も無かったかの様に砂緒はオートバイを指さす。


「ああ魔輪マリンね、ちょっと待ってね動くか視てみるわね」


 フルエレも先程の踵に伝わる鈍い感触を忘れ、何事も無かった様に返事をした。


「マリン……」


 フルエレはマリンと呼んだオートバイ状の乗り物に近寄ると、ハンドルを握りメーターを見る。


「あっきれたあ、もう蓄念池ちくねんちが空になってる! 押して帰る気だったのかしら?」


 フルエレはハンドルを握り直し目をつぶると、かすかに体がぽうっと光った。途端にシュルシュルヒュイイイーーンとモーター音の様な何かの駆動音らしき高音が聞こえ始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る