第6話 盗んだ魔輪で走りほにゃ

「かかった! 良かった私程度のポンコツ魔力でもエンジンがかかって。あ、これって魔力を込めれば動く乗り物なの。この人達は魔法を一切使って無かったし、魔力が無い人は蓄念池が空になると動かないの。」


 砂緒は現世の内燃機関とは全く違う駆動力の乗り物を、不思議そうに見た。


「これは名前の通り、海も走れるのですか?」

「え、え、何で海?」


 唐突な質問にフルエレはちょっと首を傾げたが、相手はゴーレムさんなのだと思い、丁寧に解説する。


「魔輪は整地された陸上の道しか走れないの。行けてもせいぜいこんな森の中か砂利道程度、水上は無理ね。それに四輪の物が魔車ましゃ、似た物に馬で引く馬車があるわ。魔輪や魔車はとても高額だから軍用だとか、お金持ち用ね。一般人は馬か馬車よ。このサイドカー付きの魔輪は軍用の特別製ね。私も見た事が無い、無骨だけどとても素晴らしい逸品だわ。」


 急にペラペラと饒舌にしゃべり出したフルエレに、少しあっけにとられる砂緒。


「ご婦人の方というのは、こういう機械だとか乗り物だとかって嫌い、苦手だと思ってましたが」


 砂緒の質問に我に返った様に急に赤面して、たどたどしさが少し戻るフルエレ。


「あ、うん……私魔力はあるのにどんなに努力しても魔法や魔術が使えなくて、どうせなら魔力で動く魔道具や魔機械に詳しくなろうって勉強してる内に……こういうの好きになっちゃった。変……かな。」


 機械好きなんて変な趣味だと思われそう、とでも思ったのか赤面するフルエレ。


「そんな事ないです。私物を大事にしたり拘ったりするニンゲンが好きです」

「まあ」


 フルエレはさっきまで助けてくれる為とは言え、恐ろしい形相で人を殺めたモンスターから、早速『人間、好き』みたいな言葉を引き出せて素直に嬉しかった。


「魔輪は水上を進めないけど、魔ローダーなんていう空を飛ぶ伝説の古代魔機械もあるのよ。乗ってみたいな~魔ローダー!」

「マローダー……」

「う、ううう」

「うわああ、急がないとだめね」


 気絶していた子分格の男が少し肩を揺らす。フルエレはハンドルを握っていた魔輪に跨った。


「じゃあサイドカーに乗ってね、私が運転するから」

「はい、あ、その前にその気絶男を軽く殴ってさらに気絶させてから服を頂きます。でないと先程から貴方、私のこの辺りを時折、チラっと見て気にしてますよね」


 下半身の辺りを指でくるくる回して指す砂緒。本当に心からエチケットとして申し訳ないと、紳士を気取っている砂緒は考えただけだった。


「ふゎ~~もう変な事言わないでください! 全く見てないです。裸だというのは今気付いたくらいです!」


 確かにちらっと眼に入っては、意識しないようにしようと努めていた事を見透かされて、あからさまに強引な嘘をつく。赤面して横を向くと、今度は額に柄頭の突き刺さった大男が目に入る。一瞬で笑顔は消え曇った顔になり、主人が居なくなっても草を食べている馬を見てさらに悲しくなった。そして心の中で死者に鎮魂の祈りを捧げた。


「こんな物でしょうか?」


 どぼっと軽く、気絶が醒めかけている男の腹部を殴り、もう一度気絶させると無造作にひっくり返してニナルティナ軍の制服の上下を奪い、ぶかぶかの軍靴までも履いてしまう砂緒。見ていてフルエレは男に少し気の毒な気さえした。


「ここに乗るのですね?」


 乗り込みにかかると、リアサスペンションの大バネがギシっと軋む音がして、実際に片側に大きく沈み始める。


「ひゃあ、だめだよ、乗る時は重くしたらだめ、壊れちゃう!」

「ああ、そうですね、乗るときは優しくします、こうですか?」

「う、うん、それでいいよ、ゆっくりね」


 状況を知らない第三者が声だけ聴けば、誤解されそうな妙な会話だった。


「じゃあ、行きますね」

「はいお願いします」


 フルエレはアクセルを開ける前、もう一度男達を見返すとやはり悲しい顔をしたが、すぐに前を向き慎重にアクセルを動かした。砂緒には内緒だが、魔輪を動かすのは初めてだったのだ。ちなみに魔輪は無段変速であり、エンストなどは起きない。


「う、うわ、動いた~~」


 急な発進に少しのけ反りかけたが、すぐにコツを掴みぐんぐん走り出す。


「あ、馬が!」


 砂緒の声に振り返ると、馬が走りながら付いてくる。構わずフルエレは初めての運転に集中した。


「凄い……気持ちいい……これが魔輪、うわ~~きんもちい~~~」


 森の中を出ていないのでスピードこそ出せないが、それでも足で移動するよりも遥かに速く、そしてリニアに反応するアクセルにとんでもない自由感と、これまで感じた事の無い心の解放を、フルエレは感じて目を見開いた。


「フルエレ……」


 砂緒は先程まで襲われていたという事情があるにせよ、感情を押し殺し気味に感じていたフルエレが、声を上げて喜ぶ様に魅入っていた。フルエレのふわふわの金色の髪が後ろになびき、強い艶を持つ毛束が頬に絡まる。ドレスのスカートは足に張り付き、裾はばたばたと生き物の様に波打っている。


「これが、風」


 砂緒は眼前の流れる風景と、フルエレの明るい表情を交互に見つめながら、顔に当たり続ける初めての風の感触を存分に味わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る