第5話 あなたはすなお

「う、うう」


 ふいに背中から木の幹に打ち付けられ、でんぐり返しの恥ずかしいポーズで着地し、気を失っている子分格の男が苦し気にうめき声を上げる。どうやら一命は取り留めた様だ。


「まだ動いていますね、潰しておきましょう」


 地面に散らばる割れた瓶を見ていた少年が、すくっと立ち上がるとまた素肌がみるみる乳白色に変化して行き、倒れこむ男に向かっていく。そのまま事も無げに片足を引き上げ踏みにかかる。


「だめっ! 酷い事しないで」


 突然の少女の叫びが、少年を片足を持ち上げたストレッチ運動のポーズの様な状態のままぴたっと制止させる。そしてそのまま振り返り、声の主を見て怪訝な顔で聞く。


「何故?」

「何故って可哀そうだよ!」

「今さっき損害を与えられた相手ですよね」

「その人達、もう充分に罰は受けたわ、それ以上はやり過ぎよ助けてあげて」


 少女は見ないようにしていた、額に柄頭が突き刺さり動かなくなったリーダー格の大男をちらっと見る。


「それに貴方はきっと良いゴーレムさんね、せっかく人間になろうとしてるのに、もう出来るだけ悪い事はして欲しく無いの」


 少女の頭の中で既に謎設定が完成している事に驚いたが、いちいち突っ込まない。


「なる程。しかしまた動き出せば軽く制止しますよ」


 少年は商品の所有者の少女がそう言うなら、殊更自分が制裁を加える必要はもう無いなと、あっさりこれ以上の暴力を止めた。再びみるみる肌色が回復して行く。少女は少年を最初恐ろしい化け物の様に考えていたが、余りにもあっさり引き下がるので、割と話が通じる相手だと感じ少し恐怖が和らいでいく。


「しかし……この者が復活すればややこしい事はややこしいでしょうし、逃げた者が仲間を呼んでこないとも限りません。移動した方が良いでしょうね」

「え、う、うんそうだね」

「それなら、わたくしこの世界がどんな所だとか良く分かっていません。しばらくご一緒に行動しても良いですかね?」

「わ、わたしこそ一緒に来てくれると安心する。お礼もしなくっちゃ」


 少女は少し迷いの影を見せたが、しかしすぐに明るい表情を取り戻して快諾した。


「わたしは行商人見習いのフルエレ、雪乃フルエレよろしくね。リュフミュランという国に向かっていたの。ゴーレムさん? 貴方のお名前を聞いても良いかしら」

「フルエレ……雪乃フルエレ? なんだか上品なお婆さんの様な、とても良い名前だ」


 いきなりお婆さんの様だと言われ、一瞬ムッとするが何も言わないフルエレ。


「それでは私、大正時代竣工、創業百年の砂岡デパートと申します。近々創業百年祭に向けてリニューアル工事中の折、不意に爆……」

「創業百年……百歳!? スナオカデパート? ゴーレム名なのかな」


 少年はいきなり忘れかけていた嫌な思い出が蘇ったのか、曇った表情に変わり言葉が途切れる。フルエレは表情の変化を見逃さず、なるべく明るく応えた。


「そうだフルエレ、さっきお礼をしてくれると言いましたね、私に新しい名前を命名して下さいませんか? つまりニンゲンに成る為の名前という訳です」


 少年は少女が言っていた『ゴーレム』というのが何か良く分からなかったが、妖怪の類であろうと想定して、少女の『ニンゲンになろうとしている』という謎設定を受け入れ、いちいち過去を思い出さない為の新たな名前を付けてもらう事にした。


「新しい人間の名前を付ける? 素敵! 少し待ってね」


 フルエレは少し俯くと眼をつぶって一瞬考えたが、すぐに答えた。


「貴方は凄く強い元ゴーレムさん、だから號弾ごうだんレムはどうかな……でもとても素直で優しい気もする、だからもう一つは砂緒すなおという名前……どっちが良いかしら?」


 フルエレはネーミングセンス変等と思われないか恥ずかしいのか、少し頬を赤らめながら上目遣いに見た。少年も目を閉じると腕を組み、軽く黙考を始めた。やがて数十秒後、くわっと目を見開き言った。


「號弾レ」

「わ~良かった! 気に入ってくれたのね砂緒!」


 手を合わせ食い気味に少女が割って入る。砂緒は最初から決まっているのなら候補を複数挙げるなよと思ったが、最初からフルエレが決めた名前にしようと思っていたから、何のわだかまりも無く砂緒を受け入れた。よく考えれば全く違う名前にしてしまったら、現世に戻りたいという最初の希望が嘘になってしまう。それでは女神に癪だと思い、砂緒の方が良い名前だと思い直した。


「私は……元良いゴーレムで、ニンゲンになろうとしている砂緒……」


 まるでMMORPGのロールプレイ個人設定を自分に言い聞かせる様に呟いた。


「それでは行きましょう、うかうかしてられない。あれって動きますか?」


 砂緒はオートバイを指さす。


「ああ魔輪マリンね、ちょっと待ってね動くか視てみるわね」

「マリン……」


 フルエレはマリンと呼ばれたオートバイ状の乗り物に近寄ると、ハンドルを握りメーターを見る。


「あっきれたあ、もう蓄念池が空になってる! 押して帰る気だったのかしら?」


 フルエレはハンドルを握り直し目をつぶると、かすかに体がぽうっと光った。途端にシュルシュルとモーター音の様な駆動音らしき物が聞こえ始める。

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