第25話 かぁっ赤面……初キ〇、立場逆転!?

 二人共無言なまま砂緒すなおが七華リュフミュラン王女を抱えながら出口まで歩いて行く。次の角を曲がるともうすぐ出口が近い為か、少し明るい光が差し込んで来た。ここら辺りで七華が生来の気の強さが戻って来て、これまで馬鹿にしてきた相手に主導権を握られたまま外に出て、お姫様抱っこの状態で衆目に晒される事に嫌悪感が湧いてきた。なんとか主導権を取り戻さなければならなかった。


「ここら辺りで結構ですわ、さあ降ろしなさい。自分で歩きまわ」


 全く無視してズンズン進む砂緒。このままこの状態で衆人環視の下に晒されるのは嫌だと、生きエビの様にビチビチ体を動かす。このまま外に晒してやろうと計画していた砂緒はあえなく彼女を放流した。


「ではここで黙って目を閉じなさい。助けて下さったお礼をしたいと思いますわ」

「?」


 砂緒は完全に、彼女が全身に数多く装着した宝飾品の一つを貰える物だと思い、貰える物は貰おうと言われるまま目を閉じ、恥も外聞も無くいつぞやの様に掌をすっと差し出した。


「びっくりしてはだめですわよ」


 かすかに囁く様な小さな声。


「?」


 差し出した手には確かにすぐに七華の柔らかい手が添えられたが、その中に宝飾品は無かった。直後、目を閉じた向こうからふわりと空気の層が移動してくる気配と甘い香りがして、その直後に自らの唇に触れる手などよりもさらに柔らかな感触があった。


(……うん!? 何ですかこれ……んんん!??)


 真っ白な時間が過ぎ、重なる唇の感触が消えゆっくりと目を開けると、地下入り口から漏れるかすかな光を受けて妖しく光る細い糸、そして白く細い尖った指先で、はしたなく口元をすっと拭う微笑を浮かべる七華王女の顔があった。


「フルエレには内緒ですわよ」


 耳元で囁かれ、なにかしらの攻撃を受けたのか、何が起こったのか分からず混乱して機能停止した砂緒。



 先頭を切り、堂々と表に出る七華王女。その後ろには普段よりさらには無表情化し、左右の地面を一定時間ごとに交互に見ながら、自分の唇に指を当て考え事でもするかのように黙り込んで歩く砂緒の姿があった。襲われた姫を颯爽と救い出した騎士、という構図は完全に消えていた。


「んーーー~~~??」


 砂緒のあまりの様子のおかしさに、やっと七華が戻って来たとか、テロ事件がどうだとかが一切吹き飛ぶ雪乃フルエレ。


「王女! ご無事でございましたか? お怪我はありませんか!?」


 突如王女のお付きの美形剣士スピナが大声を出しながら歩み寄り、跪いた。


「馬鹿者! 地下牢に三毛猫仮面なる不審者が出没し、捕虜を一人殺して行きました。貴方は何をしていたんですか? この役立たず」


 ばしばしと頭を3回程叩く。当然痛くも痒くも無いだろうが、公衆の面前で大きな侮辱ではある。


「返す言葉も御座いません。この失態、どの様な罰も受けましょう」


 相変わらず心がこもっていない言葉。


「牢屋の扉の出っ張りで服が破れました。新しい物に着替えます。早くなさい」

「ははっ」


 胸に手を当て跪いた。


「ああ、そうですわ。雪乃フルエレ、今城内は大変な騒ぎの様ですね、またもやお礼をじっくり申し上げたいのですが、服の損傷もあり早く戻りたいと思うのです。しかし今はこれを貴方にお預けします」


 破れた胸元を強く押さえながら、片手で頭に装着している大きな宝石が嵌め込まれた、美しいヘッドチェーンをフルエレに渡す七華。七華にとってはフルエレが真っ先に助けに行こうとした事など当然知らないので、あっさりとした態度であった。


「え、え、駄目ですいけません。とても大事な物なのでは……」

「三毛猫なる怪盗が狙っていた物です。私などより貴方達二人が持っていた方が余程安心出来るという物でしょう。無くさぬ様お願い致しますわ」


 体の良い厄介払いであった。幾つもの宝飾品を持つ七華は、代々伝えられた物だとは知っていたが、命やそれ以上の価値を感じてはいなかった。


「え、あ、はい」


 先程までの感動の対面と違い、事務的過ぎる冷静な態度に戸惑うフルエレ。なんだか一人で盛り上がっていた事が恥ずかしくなるくらいだ。


「砂緒さま、何か混乱している様です。お気遣いして差し上げて」


 そう囁く様に言うと、混乱する区画を避ける様に指示を受けて、そそくさとスピナら護衛騎士に囲まれ安全な場所に避難していく七華王女。


「砂緒、大丈夫だったの? テロリストがあちこちに魔法瓶を設置してて爆発が起きて、その混乱に乗じて捕虜が沢山逃げ出して、城内は大混乱みたい。早く衣図いずさん達の所に向かいましょう」


 見ると確かに広場にも数人の死体が転がっている。


「……はい。ですね」


 服が血で汚れ、うわの空過ぎる砂緒。何があったのだと気になり過ぎるフルエレだった。


「だい……丈夫?」



 衣図らと合流し、混乱する城を放置して村に帰還した砂緒とフルエレ。衣図らはテロがニナルティナ軍と連動した物である可能性を考慮して、すぐに兵達を集めて国境の警備に当たる為に出動してしまった。


「帰ろっか」

「そうですね、そうしましょう」


 砂緒は先程のぎこちなさから一転、今度は努めて冷静にしている様に見えた。でもそれが逆に、いつもの不可解発言の無い常識的行動や発言が、フルエレの不信感を増大させた。



「わあ、おかえりなさいませ! 砂緒さんフルエレさん!」

「戻ったかフルエレ、大丈夫だったか」


 書類を持った猫呼ねここクラウディアと女剣士イェラが冒険者ギルドに入った二人を見て駆け寄る。二人は共に同じメイド服を着ている。イェラの物は既に新調されていた。


「ただいま! ここを守っていてくれたのね、本当に有難う」

「今戻りました」

「どうした元気が無いぞ砂緒、生気を吸い取られた様だな!」


 びくっとする砂緒。明らかにおかしな態度に三人は驚いた。

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