第23話 地下牢に来た七華……

 あれからまた数日経った後だった、雪乃フルエレの精神状態がそろそろ限界だという看守の報告を受けた七華しちかリュフミュラン王女は、そろそろ頃合いだと判断して一か月を待たずに地下の牢獄に向かった。


「雪乃フルエレさん! 化けも、いえ砂緒さまっ、ご無事ですかっ! どこにいらっしゃいますか!?」


 もうメンタルが限界に近付いており、ぶつぶつ独り言を言い始めていた雪乃、相変わらずマイペースで普段と変わらぬ砂緒すなお、両人の耳に牢獄では珍しい声が聞こえ激しく反応する。


「……」

「ここです! ここです! 七華さんここですっ!」


 無人島でヘリか貨物船でも近づいた様に最後の力を振り絞って大声を出すフルエレ。軽く無視をする砂緒。魔戦車を燃やしてしまいなさいと言われて以来、あまり好感は持っていなかった。


「おおお、なんという事でしょう。雪乃さん砂緒さま、どうしてこんな事に。心が痛みますわ。直ぐに出して差し上げます。看守、鍵を開けなさい!」


 いつもの砕けた態度とは違い、畏まって直ぐにジャラジャラとぶら下がった、多くの鍵の中から牢の鍵を取り出し、ガチャガチャと開ける。


「うわああああん、しんどかったです。七華~~~」

「おおお、本当にごめんなさいね、どうしてこんな事に。担当の者達を厳しく罰しますわ」

「ぶち込む為の牢屋を建てた家主に出してもらったからと言って、泣いて喜ぶのはいささか腑に落ちませんが」


 泣いて七華に抱き着いたフルエレと違い、砂緒は些かも感謝している様子は無い。


「……ご安心なさい、村の者達の訴えを聞いて、矢も盾もたまらず飛んでまいりました。ささっ、外に出て皆の所に行くのです。それに冒険者ギルドは当然そのままです。今では冒険者で大盛況ですよ」

「え? それはそれとして……でも本当に有難うございます。七華さんにどうやってこのお礼をすれば良いか……」

「お礼なんて良いのですよ、ただ私達の友情があれば良いのです」

「う、う、七華」


 軽く砂緒を無視して感動の対面が続く。もちろん七華が部下に命令してぶち込み、そして今度はまた七華が命令して釈放したに過ぎない。そんな事など露知らずフルエレは感謝しきりだったが、砂緒は終始冷ややかな目線で見ている。


「私も長期間お日様を見ていなくてフラフラですよ。そろそろ出ても良いでしょうか」


 何時まで続くか分からない感動シーンを早く切り上げたい砂緒だった。


「おお、そうですね看守、早くお二人をお連れしなさい」


 砂緒はスタスタと何の余韻も無く歩き出す。フルエレはよろよろと何度も振り返りながらようやく出て行った。


「うふふふ、ふははは、勝った! また勝った! 笑えてしまうわ。あんな簡単にお涙頂戴してしまって良いものかしら。チョロ過ぎですわ」



 ドドドーーン ドドーーン


「キャッな、何! 何なのこれ?」


 フルエレが外に出て、城の広場で久しぶりの日の目を見た瞬間だった。城のあちこちから爆発音と火の手が上がる。


「テロだ! 一体誰が!?」


 案内していた看守が腰を抜かす。砂緒がフルエレの手を引いて逃げようとするが、フルエレが散歩を嫌がる犬の様に踏ん張る。


「どうしました? このような場所に長居は無用でしょう」

「七華が! 七華がまだ地下牢にいるのよ、助けに行かないとだめなのよ!」

「貴方はどこまでお人好しなのですか、あんなのほっとけば勝手になんとかするでしょうに」

「だめ、私が助けに行きます!」


 今度は砂緒がフルエレの手首をぐっと握って制止する。


「はい、ではこうしましょう。あそこは敵国の捕虜だらけです。そんな場所にご婦人を連れて行けません。貴方は看守さんと逃げて下さい。私が一人で探して来ましょう」

「う、うん……そうするよ。二回目だね、私を逃がしてくれるの。有難う。ごめんねっ」


 やはり何の余韻も残さず、フルエレが言い終わるのと同時に振り向かずの手刀を切ると、サクサクと歩き出す砂緒だった。



 七華が勝ち誇って笑った直後だった、屋根の上から凄まじい轟音、爆発音が鳴り響き、地下牢にまで激しい振動が伝わり、屋根からパラパラと小石が落ちる。それがなかなか終わらない。


「あああ、なんですのこれは、スピナはこんな時になにをしているの! 役立たず」


 スピナとは以前冒険者ギルドの館にドレス等を持ってきた、普段は七華にぴったり付いて護衛している美形の剣士だが、彼には七華本人が感動を自分に集中させる為に来るなと命令していた。


「おっと捕まえた! これはどなた様かな?」

「きゃっ、なんですのこれは、ひっ」


 七華は恐怖の余り、音と衝撃が響いた直後に敵軍の捕虜の鉄格子のドアにもたれ掛かっていた。それを見ていた捕虜の魔導士は、手枷が付いた使い辛い手で最大限まで鎖を伸ばし、なんとか長い髪と手首を別々に掴んでいた。


「は、離しなさい。無礼ですよ、この犯罪人が」


 言葉は気丈だが、明らかに普段と違って声が震え始めている。余程恨みが籠っているのか、手首を掴まれた部分がぎりぎり痛む程強い力で掴まれている。


「おおお、柔らかいすべすべの手首だなあ、どんな体してるのかなあ?」

「おや、そんな所にお姫様が? どうした物でしょうかねふふふ」

「誰!? 誰でも良いですから、この無礼者から助けなさい」


 暗闇の中から現れたのは、長身痩躯に灰色い服。男としては長い髪、そしてその髪には三毛猫の耳。さらに顔には大きなマスクが被せてあり、口元しか表情が分からない。完全に不審者だった。


「お初にお目にかかります、私は三毛猫仮面なる怪盗でございます。なんでもお姫様がこれから大変な目に遭うという情報を得ましてやって参りました。おや、私の手にこれは鍵ですかな?」

「ひっ」


 あからさまに怪しい男の手には牢の鍵。七華の全身から血の気が引く。

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