第16話 お城に呼ばれました。

 ちょうど朝六時、砂緒すなおはバチッと正確に突然目覚めた。目線の先には豪華では無いがセンスの良い洋風屋敷の天井が。状況をすぐに思い出す。ふと横を見ると一人でシーツを奪い取り、抱きしめてぐしゃぐしゃにし、髪をバサバサに振り乱した状態で、あまつさえ大きくはしたなく開いた口元にはヨダレの跡が固まる、まだすーすー眠り続ける雪乃フルエレの姿があった。


「なんと……こうして見るとニンゲンも可愛いものですね。よし、正座して凝視し続けましょうか」



 3時間後。


「起きてくださーい。起きてくださーーい。もしかして死んでるんですか?」


 本人は意識していないが、この姿になって初めて突然の不安感が襲い、眠るフルエレの肩を手で押さえぐりんぐりん揺り動かす。


「ひゃ~なにー? ちょっろ止めてください、ぐりんぐりん動かさないで~?」


 フルエレもゆっくりと起き上がり、周囲を見て状況を思い出した。


「ひゃっ!?」


 フルエレはぐりんぐりん揺らされたお陰で服が脱げそうになっており、赤面して慌てて両手で押さえる。何で昨日一緒の部屋で寝ようなどと言い出したのか、何を言えば良いか恥ずかしくなる。


「おはようございます」


 しかし今度は目の前の砂緒は、ぺこりと正座のまま深々と三つ指を着いて座礼で挨拶をしてきた。


「あ、おはよう……ございます」


 慌ててフルエレもつられて正座をし、向かい合わせでぺこりと真似をしてみた。


「ゴーレムの里のご挨拶なのかしら」

「初めての朝を迎えた時、この様に挨拶するのが習わしなのです。○○エさんで観ました」

「○○エさん?」

「それよりフルエレ、わたくしの腹部から謎の怪音が鳴り続け、あまつさえ謎の渇望感がする怪現象が起こっているのです」

「まあ大変! そう言えば昨日おにぎりを貰っただけで私達何も食べてない! ごめんなさい、本当は私が先に起きて準備しないといけないのに……」

「またあの他の生命体の命を奪い、その炭水化物やタンパク質等を摂取して同化する作業ですか? 私はあれは苦手です」

「不気味な言い方しないでほしいわ。食べないと死ぬのよ!」



 ぐだぐだの姿のまま二人で階段を降り、一階の放置された冒険者ギルドの横の簡易調理場を見る。しかしやはり蜘蛛の巣が張っており、放置されてからある程度の期間が経っているのだろう、当然食べ物等存在しなかった。


「困りましたね。我々は現金を持ち合わせていません。これから口入れ屋でクエストをこなして解決して報酬をもらっている内に空腹で死ぬ可能性がありますね。でもそもそもその口入れ屋自体が我々なのですから、八方ふさがりな状態ですね」

「何だか悲しくなるから黙って……」


 フルエレが半泣き状態で沈み込んだと同時にドアがコンコンと鳴り、確認無く勝手に扉が開かれる。入って来たのは昨日七華しちかリュフミュラン王女の横に常に張り付いて護衛していた美形剣士だった。剣士は二人の姿を交互に見ると、目を細めて軽蔑のあからさまに冷たい視線を送る。


「鍵開いてたんだ。おはようございます。一体何の御用でしょうか? 昨日は二人それぞれ凄く離れた部屋でぐっすり眠っておりました」


 フルエレは最大限赤面していたが、何事も無い様にふるまった。


「? ここに新たな衣装があります。どうぞお受け取り下さい。そしてどうぞ御髪をとかし身支度を整えられて下さい。これより王と王女より感謝の式典があります。ご安心下さいお食事も当然用意してあります」


 言うより前に箱を抱えたメイドさんや使用人が、勝手に入って来て勝手に置いて行く。美剣士は言葉は慇懃だが一切心のこもっていない態度だった。


「私はこの軍服が気に入ってるのだが、これじゃだめですかね?」


 砂緒はまるでコントみたいにボロボロの敵国の軍服をひらひらさせる。フルエレは暗くて見えなかったが、ここまでボロボロだったのかと改めでびっくりする。


「だめだめだめ、お言葉に甘えましょう」


 美剣士やメイドさん達が退出し、衣装が入った箱に手をかけぴたっと止まるフルエレ。真横で砂緒は何を考えているのか分からない目で凝視している。


「あのー」

「何でしょう?」

「着替える時は、それぞれ別々の部屋に移動するの。自分の箱を持ってホールから出て行ってください」


 昨日の事もあるので多少厳しめに言ったが、砂緒はなる程と言いながら出て行った。



「でかいですね。あの上には入場料を払えば上らせてもらえるのでしょうか?」


 砂緒はまるで子供の様に、馬車の窓から見える王様を模った巨大な像を見上げる。感覚的には、なになに観音みたいな物だった。


「王様の頭を蹴る事になります。あり得ません」


 二人を見る事も無く味気ない返事をする美剣士。二人は貴族や豪商という程では無いが、それなりに美しい衣装をもらい、見違える様に立派になっていた。

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