工事中 七華リュフミュラン少しだけ意地悪なお姫様

 もうすっかり日は暮れかかっている。


「そら引っ張れ、引っ張れ! 力抜くんじゃねえ」

「お前が引っ張れよ」


 長い綱を引っ張る沢山の屈強な男達の中で笑いが起きる。砲塔がへこんだり車軸が折れて放置された魔戦車ませんしゃを、丸太を転がしたコロで運搬しているのだった。次々に今度は俺が上に乗ると名乗りを上げる男達。


「あれってまた使うんですか!?」


 雪乃フルエレが少しだけわくわくした表情で聞く。


「正規で買ったら一両が国一つに匹敵する値段って話だ。なんとか修理して使わねえとな、もったいねえや」


 先程大勝利を収めたばかりの衣図いずライグが、腰に両手をあてて答えた。


「素晴らしいです。わたくしもこの魔戦車という物を大量生産して売り捌けたらと考えました」


 砂緒は運搬される魔戦車をまじまじと見つめた。


「笑いながら潰してたよな」

「行きがかり上仕方のない事でしたが、心が痛みました」


 フルエレが砂緒も物を大事にする気持ちは同じだよね、という風に思って微笑みながら顔を覗き込み会話を続ける。


「私もあれに箱乗りして爆走してみたら、気持ちいいだろうなって思ったわ!」


 両手を合わせ軽く妄想しながら嬉しそうに言った。


「大変危険です。お勧め出来ません。目の前で上半身が吹き飛ぶ人を目撃しました」

「う…………」

「大将見て下さい! こんなに最新式の魔銃もゴロゴロ手に入りやした!」


 遠くから口々に声。今度は別の男達が拾い集めた武器を運んでいる。一瞬で忘れようとしていた、仲間を守る為とは言え先程撃ち殺してしまった兵の事を思い出し、表情が急激に曇り押し黙るフルエレ。今度は衣図がそんなフルエレを心配して話題を変える。


「そうだ嬢ちゃん、行商人か何かなんだって? これからどうするんだあ?」

「え、あ、はい。訳あって故郷を出て、ここリュフミュランで一旗揚げようと。取り敢えず冒険者ギルドに登録して、地道にクエストをこなして行こうと思ってるんです」


 すぐに笑顔を取り戻して答えるフルエレ。こういうフルエレの態度は薄情と思われるかもしれないが、人一倍他人に合わせようという気持ちが強く、気持ちを押し殺してしまう為だった。


「ああそりゃ残念だな、冒険者ギルドは閉鎖した」

「え」


 全く予想もしていなかった事態に声を失うフルエレ。


「冒険者ギルドだったらニナルティナやユティトレッドにでかい奴があ、ふぐぎゃっ!?」


 横から会話に割って入り、話し掛けて来たラフがいきなり衣図に殴り飛ばされる。


「な、な、な、何をしゅるんですか~?」

「バカかお前は、伸ばせ伸ばせ、ここに居る様に引っ張れよ」


 この世界に餅があるのか分からないが、餅を伸ばす様なジェスチャーをしながら小声で話す。


「あ、そうだ嬢ちゃん! あんたに売ってもらった実家の馬、すげー役に立ったぜ。それの金代わりによ、空き家になった冒険者ギルドの建屋、住んでもらってもいいぜ! 何時まででもよ」

「ええ本当ですか!? 凄い素敵」

「冒険者ギルドてなよ、カウンターにはメイドさんかバニーさんみたいな可愛い子がいてよ、しかし裏にはヤバイ兄ちゃんが控えててトラブルを解決するシステムなんだ。あんたらにぴったりだ、あんたらで冒険者ギルド復活したらどうだ?」

「メイドさんは兎も角、バニーさんなんか聞いた事ないぜ~」

「え、本当ですか!? なんだか凄い事になって来ちゃった。砂緒はどう思う?」


 ずっと黙っていた砂緒が聞かれて答える。


「すいません、冒険者ギルドとは何の事でしょうか?」


 みんなで手取り足取り詳しく教えた。


「なる程、口入れ屋の事でしたか。江戸に現れた剣豪の浪人が貧乏長屋からふらりと口入れ屋に現れ、旗本の不正や幕府の陰謀、はては国元の危機を救ったりするアレの事ですか」

「バ、バクフ? いや、何言ってるのかちょっとわからないです」


 フルエレは砂緒はやっぱり頭が……と不安になる。


「しかし……こんなみんなが避難して空き家が多い立地条件最悪の場所で口入れ屋を開業しても、自分で登録して自分で解決するような夢のシステムになり果てそうですね」


 相変わらず配慮が無さ過ぎて相手の気分を害する様な物言いだが、事実でもあった。


「私、大将さんの話に乗りたい。行く当ても無いし、凄く良い話だと思うの」

「フルエレがそう言うのなら、私も当然賛成しますよ」


 文句を言うのかと思いきや、即断で賛同する砂緒。雪乃フルエレは、大体の場面で自分の意見に賛同してくれる砂緒を内心嬉しく思っていた。


「警戒警報ー警戒警報ー!」


 先程殴られて倒れこんでいたはずのラフが、もうせせこましく走り回る。


「やべえ、奴が来やがった」


 豪放磊落で味方の誰にも優しそうな衣図が、苦虫を噛み潰した様な嫌悪の表情に変化した。砂緒らが今会話している村の入り口付近に、豪華な装飾の施された馬車が停止して扉が開く。


「貴方達が雪乃フルエレ様に砂緒様ですか?」


 これまた豪華なドレスを纏い、頭から全身に宝飾品を装着したいかにもお姫様という人物が飛び出て来る。砂緒らの前に来るなりスカートの端を軽く持ち上げると足を曲げて挨拶をする。真横にはぴったりと守る様に美形の剣士が。


「あ、あ、あ、これはどうも」


 フルエレも砂緒も浮世離れした挨拶にたじろぐ。


「わたくし、この国の第一王女、七華しちかリュフミュランと申します。この度は我が国の危機をお救い頂き、感謝のしようも御座いません。父王の代わりにお礼を申し上げますわ」

「あ、あ、あ、あ、あ、こここれはどうも」


 先程までの男共の雰囲気と違い過ぎる、慇懃な挨拶に面食らってさらにたじろぐ。衣図らは凄く嫌そうな顔をして、一向に話に入らないで知らんぷりをしている。


「それにしても……衣図、何ですかあれは? あれをどうしようと言うのですか」


 洋扇で嫌悪感丸出しの顔で魔戦車を指す。どうやら王女の方も衣図が嫌いなようだ。常に一方通行な話し方をする印象だった。


「修理して使うそうです。素晴らしいですねあの機械は」


 砂緒は王女の威勢を無視して、魔戦車の良さをアピールした。


「なんですって!? 燃やしてお仕舞なさい」


 即座にぴしゃっと撥ね付ける。燃やすというワードに砂緒の顔にぴしっと怒りが入り込む様子をフルエレは見逃さなかった。慌てて制止する様に前に立ちはだかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る