第7話 戦場が見えます

 魔輪マリンというサイドカー付きオートバイ型の乗り物に乗って数十分、森の木々は数を減らし、やがて周囲の景色は林になり、いよいよ平地が広がりそうな気配だった。

 雪乃フルエレは、自分の事を根掘り葉掘り話す様な元気っ子キャラでは無かったが、砂緒は輪をかけてさらに殊更自分の事を饒舌に語ったりするタイプ、というか人間になったばかりの為にタイプも無いが、そういう訳でも無かったから、二人の間には長時間の沈黙が続いていた。砂緒は電車の最前面で景色を見続ける小学生みたいに、無言で流れる景色を観ていて何の不満も無かったが、少しだけ気を遣うタイプのフルエレは窮屈を感じていた。


「あ、あはは。なんか会話止まっちゃったね」

「特に伝える事が無ければ、何時間でも会話など不要でしょう」


 ズーンという低い効果音がバックに聞こえそうな程の、沈み込む顔になるフルエレ。本来なら激怒しても良い場面なのだが、きっと悪気は無いに違い無いと、元ゴーレムさんなのだからと自分に言い聞かせる。確かに砂緒は何の悪気も無く、むしろフルエレと同乗していて楽しいという気持ちに近いくらいなのだが、特にそれを伝えるつもりも全く無かった。


「あの……さっきから時々変な動きしてるけど、何をしているの?」


 そう言えば先程から、砂緒はあらぬ方向に向かって手を振ったりしている。これはまた聞いてはいけない案件なのかとフルエレは余計な気を遣っていたが、ついうっかり聞いてしまった。


「え、見えてないのですか? 先程の森林が切れる辺りから、私と同じ軍服を着た兵達が林に隠れ潜んでいたり、こちらを見つけて何か訴える様な仕草をしていますから手を振ってます」

「え、え、え~~~?」


 フルエレの顔に滝汗が流れる。


「こちらも同じ軍服、それに友軍の車両に乗ってる訳ですが、運転しているのは若い女性のフルエレ、奇妙な存在に映るはずです。しかし大手を振って止めに来ない。恐らく兵達は指令を受けて待機中の伏兵か何かで、私達を特殊な伝令か工作の類かと判断出来ず、戸惑っている感じではないでしょうか」


 砂緒がまだデパートだった頃の、建物内部の中の人達と外に見える景色の他に、家電コーナーに置かれた数台のテレビと小さい書籍コーナーが彼の知識の全てだった。テレビは野球や相撲やニュース、それに古い洋画のDVD等差しさわりの無い物がメイン、書店は老人が多い客層に合わせ血管年齢だとか安眠法だとかの健康本、いち武将につき文庫一冊分にまとめられた時代小説等……の立ち読み風景を天井から見た物で非常に偏りがあり、若者が少ない事情から漫画やファンタジー系小説はほぼ皆無で、知識を利用して異世界で無双しようだとかの知恵も野望も無かった。ただ今回の分析は洋画の戦争映画と歴史小説からの推察だったのだが、偶然ほぼ当たっていた。


「あわわわわ、それって危険なのですか?」


 滝汗のフルエレが怯えて聞いてくる。現地人のフルエレが今来たばかりの砂緒に解説を受ける立場になっていた。


「先程倒した兵達を見ても、この軍隊は風紀が乱れていますね。恐らくフルエレは怪しげな軍人のガールフレンドで、遊びで連れ回している仕方のない奴の様に思われている可能性もあるのではないかと。ですから適当にふざけている感じで手を振っています」

「ちょっとちょっとちょっと! どうしてそんな重要な事言ってくれないの!? 話す事いっぱい大有りじゃないのよ。どどどどうすればいいの?」

「落ち着いて下さい。慌てる方が不審に思われます。笑顔で堂々とこのまま走り抜けて下さい。」

「え、どっち、ええ、どっちどっちへ?」


 フルエレの慌て方が半端では無くなっている。


「フルエレから見て左側と後方に、伏兵らしき軍人が多く居ます。慌てずに徐々に右側に逸れて進んで下さい」


 砂緒は自ら気付いていないが、今は誰も寄り付かなくなった屋上ミニ遊園地の有料双眼鏡の力を受け継いでいた。


「う、うんやってみる」


 フルエレは言われた通りに表面上落ち着きを取り戻すと、ハンドルを少し右に切って兵達から逃れようとした。



「どうかしら、抜けた感じかしら?」


 しばらく走り続けて、フルエレが少し落ち着いた感じで聞いてくる。


「あー、進行方向に対して遠く右側ですが、私の着ている軍服じゃない、バラバラな服装の軍隊が陣地を構えてる感じですね。恐らく連中が言っていた『リュフミュラン』の軍隊でしょうね」

「え、じゃあ私の目的地だし、そっち行けばいいのかしら?」

「いいえ、フルエレは敵対勢力の軍用魔輪に乗ってる訳ですし、私はその軍服を着ています。撃たれる事もありえます」


 私は無事でも、フルエレは絶命するでしょう……とまでは砂緒は言わなかった。


「じゃ、じゃあ左側?」

「いえ、はっきりと見える訳では無いですが、陣を張っている反対側に敵対軍勢が迫っているはずです。とにかく真っすぐ真っすぐ進みましょう」

「ふぁ、ふぁい」


 震え気味で返事をするフルエレ。



 さらにしばらく疾走っていると、突然砂緒が言った。


「あーーこれは駄目ですね~、前方にも敵対勢力の軍勢が隠れてるっぽいですね。さらに左側の敵対勢力、一番多い感じですか、かなり迫って来てますねスピード早い。我々もですけど、右側のリュフミュランとかいう軍隊は包囲殲滅されようとしてる感じですかねえ」


 他人事の様に分析する砂緒。

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