第20話

 一週間、何事もなく過ぎていった。

 変わらずにコージとキヨシ、そして三人の少女たちが一日おきに訪ねてきたがもう思うことはない。というか、よくわからない。わからないものを保留するのは得意なので放っておくことにした。どうせそのうち飽きるだろう。

 ただ、ようやく少女たちまで現れる理由が見えてきた。

 コージとキヨシは俺に対するリベンジ。これはいい。何度も顔を合わせる内に怒りや憎しみといった感情は薄れ、単純な対抗心、良く言えば挑戦する気概だけが残ったのは彼らがもともと普通の、善良な少年だったからだろう。

 時折交わされる会話から推測するに、どうやら少女たちはコージとキヨシとは以前からの知り合いだったようだ。そして、同時期に探索者として登録した彼らが急に成長したわけを知りたがった。そこにどのようなやり取りがあったかは不明だが、結果として俺の存在を聞き出した少女たちは自分たちも同行すると言い出した、らしい。探索者として腕を磨くために。

 要するに、俺は腕試しの相手――ゲーム的に言えばちょうどいいレベリングモンスターとして認識されているらしい。

 だから冗談交じりに「先生」と呼んできたのだろう。

 ……思うところがまるでないといえば嘘になるが、まぁ、文句はない。

 彼らの立場から見てみればなるほど、俺は確かに「ちょうどいい」相手と言えなくもない。自分たちよりもほどよく強く、踏み込みすぎない限りは強制帰還されず、装備破損も今のところ重大なものはない。最初の出会いさえ除けば。

 実際、彼らの腕前はこの短期間で初心者とは思えないほど向上した。その要因の一つが俺であろうことは肯定できる。

 ただ、結局は一因にしか過ぎない。

 上達最大の理由は彼らが若く、才能に恵まれていたからだろう。

 探索者の成長は呪文や遺物のせいで今のところ上限が確認されていないが、それは長い時間迷宮に潜り続けた後の話だ。日常生活ではまず訪れない切った張ったのやりとり、呪文、遺物による人体の限界を超えたパワーの扱い、死に至っても死ぬことがない強制帰還というシステム。

 これらへの理解、実感はどうしたって若い方が有利だ。

 だから単純に、現在の彼らが俺と戦うことで得られるものが他よりも多い時期にあるというだけで、その内「経験値」はゼロに近くなるのではないか。

 多分、そう先の話ではない。


「やっ!」


 気合いとともに突き出された槍を避けつつ、左手を軽く柄に添える。

 ほぼ同時に槍使いの少女の背後から複数――四つの光弾が現れる。少女を迂回するように曲線を描いて俺へと迫りくる。

 ぐいっと左手でつかんだ槍ごと少女を引き寄せる。


「ちくしょうっ」


 叫びとともに、光弾が俺の前、射線上にいる少女を避けていく。槍を引き戻そうと少女から力がかかる。腹を蹴り、同時に槍を手放す。


「きゃあっ!」

「ヒバリっ」


 重量制御を習得していない少女はそのまま蹴り飛ばされ、背後の銃使いの少女に受け止められる。数秒、二人が脱落する。

 迷宮の中では数秒で決着がつくこともザラだ。その数秒を持たせるか、あるいはこの一瞬に全力を注ぐかは重大でありながら即時の判断を求められる。


「――」


 彼らは攻勢を選んだ。

 無言で迫る大柄な探索者――キヨシの斧は受けたくない。体勢を低く、盾側に素早く回り込もうとする。

 当然、コージが待ち構えている。

 地面すれすれをかすめるメイスの一撃がしっかりと俺の頭部めがけて放たれている。

 これは受けるしかない。

 短剣でガード。重量増大、全身に回し、備える。

 何にも形容できない、日常生活では聞くことのない異形の音が響いた。

 力に耐えきれず、コージは背後へ弾かれていく。俺は耐えたが、避けられない硬直の中にいた。


「【バインド】」


 静かな声。呪文を口にすることは良し悪しだが、仲間がいるのならまず言うべきだ。

 最後の一人である少女は壁際、近接戦の間合いから離れながらしっかりと俺を見据え、手をかざしていた。

 気づけば、地面から生えた光線が縄のように俺の手足を縛っている。

 拘束系の呪文。単純で、地味で、強力。特に仲間がいるのなら。

 背後、迫りくる気配を感じる。キヨシが斧を振りかぶり、一瞬後には俺に一撃ぶちかましてくる姿が思い浮かぶ。視界の端、蹴り飛ばした少女二人が体勢を戻しつつある様子がよぎる。コージの復帰とほぼ同時か。

 無理にキヨシの一撃を防いだなら、次の総攻撃をまともに食らうだろう。

 まず外れようのない予想だった。

 敗北する――慣れ親しんだはずの感覚だが、ずいぶん久しぶりに感じる。

 仕方ない、と思う自分も当然いる。

 以前までの自分であればそのまま受け入れただろう。けれど、今は事情が違った。

 彼らが敗北した俺をどのように扱うか、わからない。

 わからないからには、選ぶしかなかった。

 どちらを選ぶかなんて、五年前から決まっていた。


『【強化】【加速】【衝撃】』


 三つの指令を手にした遺物に要求――即座に流れ込んでくる過大なエネルギーに身体が軋む。

 圧力に押しつぶされる前に外へ向けて押し付けた。

 回転。俺を拘束する光の縄を力任せに引きちぎる。

 一歩。間合いを潰し、斧ごとキヨシを殴りとばす。

 解放。短剣の切っ先からエネルギーを解き放ちながら再び回転する。

 部屋中を一掃するように、物理的な衝撃を伴った力をただ放出させた。

 数秒後、部屋に立っているものは俺一人となっていた。

 周囲を見渡す。

 探索者たちはボロボロの姿だった。装備はかなりの部分が破損している。間違いなく補修が必要だ。


「……うう」


 何人かうめいている。かすかにだが全員が動いているのを確認できた。時間を置いても強制帰還が発動しないところを見ると、みな致命傷を免れたらしい。

 全力、必殺の意思で放った訳ではないが手加減できた一撃でもなかった。

 彼らに助けられた、というべきだろう。俺が。

 全員の生存を確認したところで、出口を出現させる。隠し扉も開き、これ以上彼らの姿を見届けることはせず足早に部屋を後にした。

 仮面を被っていようが、見せられる顔がなかった。

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迷宮のエサ(仮) 雑木 @06saihou

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