第13話

 大体の隠し扉は鍵代わりの変なパズルを解けば開く。何だよそれと思っていたが、迷宮側に来てわかった。青猫の趣味だ。

 一定以上の力で叩けば壊すこともできる。

 部屋の主である俺の場合は手で触れるだけで開く。この部屋の主だかららしい。変なところで便利だ。

 すぐ目の前に、小柄な探索者の姿があった。

 なんとなく蹴ってしまった。いわゆるヤクザキックを腹に。当たる。


「がっ!?」

「コージ!」


 探索者が吹っ飛ぶ。かばうようにもう一人の大柄な方が盾と斧を構えて俺の前に立つ。状況判断が早い。

 目の色が変わったな、と思った。

 俺を見て臨戦態勢に入ったというだけではない。以前の、遊び半分で迷宮に足を踏み入れた油断しきった姿とは違う。一端の探索者の目になった。この迷宮はただ死なないだけであり、十分に恐ろしい場所だと多少なり理解した様子だ。


「ってぇー……この野郎、いきなり蹴ってくるかフツー」

「だから気をつけろって言ったろ。こいつやっぱグールの中でも強い方だって」


 小柄な方が立ち上がる。やはり、ガードが間に合っていたようだ。おそらく中心部は徹底して守るように身体に覚えさせられたのだろう。初心者指導にありがちだ。四肢末端は多少欠損しても致命傷判断されないが、中心部の負傷は即座に強制帰還を食らいかねない。

 この短い間にずいぶんしごかれたらしい。そしてちゃんと身についている。

 ……俺に復讐しようと奮起したのだろうか。

 少し申し訳なくなる。あのとき強制帰還させたことに、ではない。彼らはもう二度と迷宮に潜らないと思っていた。

 強制帰還を経験した新人が辞める割合は半々といったところ。半分のどちらに入るかを見誤ったのだから、見くびっていたという他ない。


「おし、行くぞキヨシ。リベンジマッチだ」

「焦って前に出すぎるなよ」


 構える。間合いを計る。呼吸を合わせる。

 熟練の動きではないが、意識を感じる。積み上げようとする意思がある。

 そんなもの、見せないでほしい。

 心がささくれ立つのがわかる。明確に、嫌な気持ちが湧く。忌避による拒絶なんて上等なものじゃない。嫉妬だ、これは。

 迷宮の中にあってなお、先へ進もうとする彼らが妬ましかった。

 そんな感情がまだ自分の中にあったことに少し驚く。枯れ果てたとばかり。グールの身体になったことで逆に新鮮な感情が湧いているのかもしれない。

 ……ちょっとだけ、予定変更したくなる。

 結論は変わらない。穏便に返す。スマホも、彼らも。ただ、穏便の解釈をほんの少し広げるだけだ。

 短剣を構える。遺物との接続を確認。身体強化を走らせる。

 彼らは、臆することなく動き出した。

 キヨシと呼ばれた大柄な少年が左手に構えた盾を向けて迫ってくる。右手には斧。当然、左手側に回避しようと地を蹴る。強化した身体は一歩からすでに速度域が違う。問題なく盾をかすめるようにして側面を取ったところで、


「食らえ!」


 待ち構えていたようにメイスを振り下ろしてくる少年の姿があった。

 避ける。メイスに短剣を合わせ、斬――れない。遺物だ。金満すぎるだろこいつ。

 メイスを弾く。駆け抜け、距離を取る。

 態勢を整えると、二人も構え直したところだった。

 なるほど。

 ずいぶんしごかれた。その印象は間違っていなかったようだ。敵がどのように動くか、そのとき自分たちはどのように立ち回るか。連携の意思がある。

 負ける可能性がある。


「イケるぞ!」

「コージ、油断禁物って散々言われたろ!」


 数は覆しにくい。

 経験の差があろうと、結局手数が物を言うからだ。簡単に負けるとは思わないが、コンディションや状況次第では負けの目が出かねない。

 特に、超人系の呪文を持たなかった俺の場合は一瞬の油断が命取りだった。

 踏み込む。

 さらに加速する。

 盾に一撃、仰け反らせる。太ももに一刺し、直後にのろのろと差し出されたメイスを押さえ、そのまま肩口に斬りつける。

 後退する。


「は!?」

「ぐうっ」


 太ももを押さえて大柄な少年が腰を落とす。小柄な方は、浅かった。肩をわずかに切っただけでは致命傷にほど遠い。

 しかし、彼らの顔は驚愕に彩られている。


「……今の、スピードは」

「まさかだったなあ。こいつ、遺物を使いこなしてる」


 その可能性もしっかり念頭に置いていたか。だが考えたくはなかったのだろう。わかる。

 遺物を使うグールはたまにいるが、使いこなすやつは滅多にいない。

 この短剣、俺の見立てでは中層でも通用する性能だ。それを低層のグールが使いこなしてくる。割に合わなすぎる。

 この二人は強くなるだろう。

 現時点でも、生身であったときの俺なら負けたっておかしくない。生身の、ろくな身体強化を持たない俺であったなら。

 あのメイスはおそらく遺物だろうが、さすがにこれと同等のものを新人が二つも用意できなかったのだろう。単純なスペック差、身体能力のゴリ押しで負けの目は消える。

 これで戦意喪失するならもう終わりでもいいかと思うが……


「先生はなんて言ってたっけ」

「遺物を使うようならあきらめろって」

「だよなぁ」

「そこであきらめるんなら最初からやめとけとも言ってたよ」

「だよなぁ……」

「逃げられないし、とりあえずやれるだけやってみようか」


 その目は、まだ熱を持っていた。

 やはり、彼らはきっと強くなる。意思を失わない限り、この迷宮は先に進めるようになっている。いずれは中層にも届くに違いない。

 ならば、続けよう。

 俺は短剣を構え、呼吸を計る。

 情けない話だけど、もう少しだけ八つ当たりに付き合ってもらう。

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