第12話

 自分の呪文について検証してみたことはもちろんある。

 名前はわからない。効果も推測でしかない。何かが宿っていることだけは確か。こんなものを使い続けて……使ってすらいない。自動的に作用するだけだ。いつか痛い目を見るのではないかと思っていた。

 最もわかりやすい効果は回復だ。迷宮内でいかなる傷を負おうが致命傷とならない。強制帰還に至らない。傷の治りが他人より早い気がする。ただ、負傷の回復具合なら超人系の呪文であれば似たようなものも、より強力なものもある。あまり優れた点ではない。

 迷宮外ではどうか。

 まさか致命傷を負うわけにはいかない。ただ、腕のあたりを少し切ってみたことはある。治りが早かった気もするし、そうでない気もする。わからない。わからない程度のものであれば無いも同然だ。

 基本的に、呪文は迷宮の外ではほとんど効果を発しない。

 ほとんどというのは、たとえば超人系であれば運動能力はそこまで強化されないと知られている。しかし、それこそ回復の早さであるとか、頑丈さなどは外でも顕著に働くことも多い。魔法系はまず作用しない。

 遺物も同様だ。武器はのきなみ沈黙する。ただの武器として使う分には問題ないが、固有の能力を発現してくれない。

 一方で、迷宮内で手に入ったアイテム――特に消耗品は問題なく効果がある。若返りの薬であるとか、万能(語弊があるらしい)薬とか、頭が良くなる薬とか。フィクションみたいな話だが、現在世界中のお金持ちがそれらを求めて探索者に大金を投資し、中層を攻略させているのだから現実の話として考えねばならない。

 だからまぁ、そういう派手なものと比較しての話ではあるが、俺に宿った呪文は単純に弱い。認めるしかない。

 回復効果では超人系に劣り、特筆すべき強制帰還無効もメリットというにはほど遠い。無いと思っていた方が気楽なのだが、そういうわけにもいかない。

 ただ一つだけ、おそらくこれも呪文効果なのだろう、便利な点があった。

 生物の気配がわかる。

 特に、人間の気配なら個人を判別できる程度に察せられる。集中すれば、一〇〇メートルくらい先でも気づくことができる。……やはりこれも、同じような効果を持つ呪文や遺物があるのだが。そう珍しくもない。

 かくれんぼなら無敵だね、と昔言われた。

 鬼じゃなきゃ意味ねえだろ、と答えたのだっけ。




      ◇




「てめえーっ、グール野郎! そこに隠れてんのはわかってんだぞ! 出てきやがれクソが!」


 がんがんがん! と壁が叩かれる。部屋一つ挟んでいるのだが十分騒がしい。結構な力で叩いているのがわかる。腕痛くならないのだろうか。


「コージ、マジでここにいんの……?」

「いる!」


 もう一人、気配がある。こちらも覚えがあった。

 俺がグールとなって最初に出会った探索者たちだ。あのときは小柄なやつと大柄なやつの凸凹コンビに、おそらく引率の探索者が一人ついていた。今回、付き添いはいないようだ。

 ……正直な話、ホッとした。

 まず間違いないだろうとわかってはいても、直に確認するとやはり実感できるものがある。俺が首を切った彼は生きていた。それがわかり、ようやく心から安心できた。虫のいい話だが。

 同時に、疑問が一つ湧く。

 なぜ、ここに彼がいる?


「俺の物返しやがれクソ野郎!」


 それはわかる。彼らが俺を恨むのは十分理解できる。

 理由はいい。問題は、どうやって彼らがここにたどりついたか……でもない。それは運だ。迷宮に潜り続ければいずれ俺の部屋に行き当たることもあるだろう。

 なぜ、俺がここにいることがわかったのか。


「【サーチ】! 見ろよキヨシ、この壁の奥がばっちり光っていやがる! 俺のスマホは絶対この先にある!」

「いや見えねえよ……なら、隠し扉かなんかかねえ。気をつけろよ、急に飛び出てくるかも」


 奇妙な感覚が壁を超えて伝播してくる。なるほど、単純な話だった。

 探査系の呪文だ。

 【サーチ】……呪文の名前は本質さえつかんでいれば何だっていい。自由に決められる。調べる、探る、捜索する。彼が宿した呪文はそのように働くのだろう。であれば、自分の愛用品を探すことも可能か。おそらく扉を開くたびに片っ端から呪文をかけていたに違いない。

 通路を隔てているならともかく、隠し部屋程度ならむしろ難なく見つけられる。対象をスマホに取っているからまだ入ってきてないだけだ。隠し扉のありかを探れば、瞬く間に押し入ってくるだろう。


『仕方ない……』


 ぼやきが念話となってこぼれ落ちる。

 さすがに出ないといけない。そもそも充電切れのスマホなんてもう必要ないものだ。無条件で返したっていいくらいだが……あの様子だと厳しそうだ。

 適当に相手して、上手いこと返すか。

 プロテクターを身につける。短剣を持ち、そういえばこれも彼のものだったなと気づく。なんだかんだ手持ちでは結局これが一番性能いい。

 ……これも返さないといけないのか?

 それは、少し困る。

 もう何に使うつもりもなかったが、それでも、戦力を損ないたくなかった。


「くそっ、この扉どうやって開けるんだ……【サーチ】っ!」

「コージ、呪文使いすぎだよ……」


 まぁ、どうにか穏便に帰ってもらうとしよう。

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