第8話

 一組目。新人二人とほとんど参加しなかったおそらく引率一人。

 一人を強制帰還させ、他二人は撤退。装備とスマホを確保。他の荷物は宝箱に入れた。あのときの俺は脳裏に響く声に突き動かされていたが、だからこそ申し訳ない気持ちはある。特に財布。生活がかかっているようには見えなかった。実際そうであってほしいと思う。

 二組目。男が一人。見覚えがある。探索歴は二、三年で、俺と同じく低層組。特に会話した覚えはない。

 俺を視認した瞬間に襲いかかってきたのでやむなく反撃。一応、スマホを提示はしたが認識している様子はなかった。ソロの宿命として、部屋の扉が閉ざされてしまえば最後まで戦うしかない。心臓部を突き、強制帰還させる。良い装備ではなかったが、予備として残す。細々とした消耗品は宝箱に入れる。小銭はあったが、さすがに財布を丸ごと持ってきてはいなかった。

 三組目。男女一人ずつのコンビ。男しか顔を合わせておらず、見覚えもない。人付き合いがそこまで得意でない俺が前回見覚えあったのがおかしい話だった。顔を知っていたからプラスに働いたわけでもない。気にするべきではないだろう。

 男が前衛で、女が扉を押さえつつ後衛。消極的な陣形であり、そこまで戦闘に自信はないのだろう。実際、俺を是が非でも倒すというより倒せるかどうか探っている動きだった。相手の攻撃をほどほどにさばきつつ、片手に持ったスマホを見せるが反応は薄い。数分戦うと男が露骨に疲れを見せ、ちらちらと通路の方に目をやり始めたので少し距離を取ってやる。撤退。通路の奥で言い争う声が聞こえたが、扉が閉じたのでもう関わることはない。だからどうでもいい話だが、ほとんど女の方から援護がなかったのは男としては確かに文句の一つも言いたくなるかもしれない。

 四組目。男が三人。一人ずつ増えているが、少しずつ難易度が上がるとかそういう調整でもされているのか。まさか。当然、見覚えはない。明らかに中層以上を目的とした若い集団だ。装備を充実している。低層で遺物を拾い、迷宮の空気に慣れた後、中層へ挑むという迷宮攻略の王道を進もうとしていることはすぐにわかった。

 スマホを提示する暇などない。激戦となった。俺にとってであり、相手にとってはどうかはわからない。結局、部屋の狭さが味方したとしか言いようがなかった。乱戦の中、相手は思うような位置取りを取れず、対して俺は徹底して一人が他の二人の壁になるように立ち回った……がむしゃらに動いた結果として、そうだったのだろう。三人を強制帰還させることになった。武器以外の装備を更新する。予備を一セット残し、あとは宝箱へ。

 五組目。男のコンビ。低層に似つかわしくない力量を備えていることが見ただけでわかった。依頼でもあったか。

 しばらく対峙し、互いに隙をうかがう。一分、いや二、三分後に奥で待機していたもう一人から声がかかり、去っていった。強い。一人なら戦えはしたかもしれない。だがもう一人に割く余裕は残っていなかっただろう。撤退される直前、一瞬だけスマホを掲げられはしたが、しっかり見てくれたかは疑問だ。

 そうする内に、三日が過ぎていた。




      ◇




「奇妙なグールがいる?」

「はぁ、低層の話ですが」

「グールに限らず、迷宮の怪物なんてどいつも奇妙だろうよ。しかも低層なんて、いちいち気にしてたらキリがない」

「わかってます。ただ探索者三組から似たような話があったので、一応報告を」

「ふうん。どんな?」

「やけに狭い部屋にいるグール一体が、こう、スマートフォンを持っていたそうです。これは三組とも情報が一致しています」

「はあ?」

「その画面の内容を多少覚えているのが一人。『俺は人間』と書かれていたそうです」

「『俺は人間』ねえ……グール元人間説支持者が騒いじゃうな」

「陰謀論者じゃないですか。で、あともう少し文字が続いていたかもしれないそうなんですが、去り際で見えなかったと。他の二組はスマートフォンを持っていたことには気づいていたんですが、画面までは見なかったそうです」

「こっちの道具を使うグールなんて珍しくもないしな。銃撃ってる動画は衝撃だったよ」

「関連があるかは不明ですが、三日前、強制帰還を食らった例の議員の息子さんいたじゃないですか。本人はモンスターの大群にやられたと主張していますが、実はグール一体だったそうです。またそこは狭い部屋で、息子さんは装備の他に財布、スマートフォンを持ち込んでいたとか」


 あとモバイルバッテリーも、と職員は呆れをわずかににじませて付け加えた。


「ちょっと特別な個体かもな、そいつ。同じやつだったとして」

「かもしれません。それで、どうします?」

「どうするって」

「調査、します?」

「できると思うか」

「無理すれば。無理させれば」

「費用はポケットマネー。そのグールの部屋に行き当たるまで調査能力のある探索者を低層に潜らせ続ける、か。お前がやるんなら俺は見て見ぬふりしてやるよ」

「御冗談を」

「そういうことだな。要注意個体として低層情報に載せとけ。あとはまぁ、グール研究してるとこに目撃事例として送っとく」

「了解しました」

「しかし、オウム並とはいえ言語を使う怪物が上層で発見されてすぐこれか。迷宮が俺たちの社会を学んでいるってことかねえ」

「怖いこと言わないでくださいよ。今度は迷宮生命体説ですか」

「この仕事してるとオカルトにハマりたくなるんだ」

「もっと怖いこと言わないでくださいよ。本当にたくさんいるんですから」


 ははははは、と探索者協会埼玉支部の支部長と、低層担当の職員が乾いた笑いを上げる。

 それで、彼らの思考からは奇妙なグールの話はすっかりこぼれ落ちた。記憶には残り、会話した通りの行動は起こす。けれど、それ以上にはつながらない。

 終わった話となった。

 彼らがくだんのグールについて思い出すのは、もう少し先の話となる。


「ああ、あともう一つ」

「何よ」

「低層専門の探索者、春日井利助が未帰還のまま三日経ちました」

「マジか」

「マジです」

「どうすっかなー……そのうちひょっこり戻ってきそうじゃないか、彼」

「私もそう思いますが、規則として申請なしに三日以上帰還していない探索者が出た場合、捜索しなければなりません」

「調査能力持ちで誰か手の空いているやついる?」

「いません」

「……低層の依頼に出しといてくれ」

「わかりました」


 次の話題も、そうして終わった。

 彼らが春日井利助について思い出すのも、またもう少し先の話となる。

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