第2話 解放されたおっさん
次に目が覚めた時、俺はあの眩い光が舞い散る天界ではなく、鮮やかな緑が広がる草原にいた。
「体……動く。魔法も――使えるな。よし、成功だ! っしゃああああああ!!」
首肩を回し、屈伸し、手のひらの上に火の玉を出した。
己の体のどこにも不調な要素がない事を理解した俺は、大きな声で喜びの感情を表した。
「一か八かの賭けだったが、こうも上手く行くとはな。俺が要求するままに際限なく加護を与えまくるからこうなるんだよ! ははっ、ざまあねえな!」
そう。俺はあのクソ女神を欺いたのだ。
これまでは異世界に着地した瞬間、俺の魂には目的達成を強要する
酷い話だよな。これじゃ奴隷と何ら変わらねえ。
だがこの呪いには一つ重大な欠点があった。
これはあくまで「その世界での目的を達成させる」だけの命令。
つまりその目的さえ達成してしまえば、次に呪いを付与されるまで俺は自由の身になるという事になる。
だからこそ毎回敵を倒し終わったら即強制送還させられているわけだが、その強制送還の最中俺は自由に抵抗できることが過去の実験で分かっている。
天界は女神の完全支配領域だから立ち入ってしまえば逃げ出すのは不可能だが、連れていかれる直前なら逃げ出せる。
幸い女神は俺を担当の異世界に放り込んだ後は一切監視などしていないらしく、その世界で俺が何をしようが女神の知るところではないらしい。
だからこそ準備をした。
まずは女神に対して逃亡に必要な加護を要求した。
もちろん表向きはより効率的に目的を達成するためにと言うことになっているが。
具体的には、【瞬間移動】【魔力貯蔵】【認識阻害】などだ。
瞬間移動は記憶した座標へ即座に移動する能力。
魔力貯蔵はその名の通り莫大な魔力を貯蔵できる能力。
それこそ異なる世界に瞬間移動できるくらいの膨大な量を貯めこめる。
認識阻害は可能な限り女神にばれないようにするためのモノだ。
と言ってもそのまま使ったんじゃあ女神には効果がないので、各世界を巡って手に入れた神器や技術などを駆使して女神を騙せるレベルまで昇華させている……はず。
目的達成にさえ向かっていれば他は何をしようが咎められることは無かったからな。
いろいろと小細工をやらせてもらったよ。
今回の邪竜王討伐を一人で行ったのもそのためだ。
強制送還される前にいろいろと仕掛けを仕込んでおきたかった。
その成果は見ての通り、大成功だ。
「さて、この世界の名前は――なんだったっけな。まあいいや、とりあえずどこかで休もう」
俺が逃亡先として選んだのは、俺が最初に転生した異世界。
最も愛着のある剣と魔法の王道的ファンタジー世界。
過去に俺はこの世界で最強の冒険者として、突破不可能と言われていた最難関ダンジョンを制覇し、その最奥にいた邪神を討った。
今でこそ手馴れてしまったが、最初は右も左も分からない
そのため他の世界と比べてもかなり長い間居座った記憶がある。
また会いたい奴らもたくさんいるが、とにかく今は休憩がしたい。
なにせ邪竜王を倒してからすぐにこの世界に来たんだ。
貯めこんでいた魔力もほとんど無くなっちまったしまた補充しないとな。
残った魔力は全て女神に捕捉されないために創り出した専用術式に回しておく。
♢♢♢
「はぁぁあああぁ!! 最高だ!」
樽型の大ジョッキ一杯に注がれたエールを流し込み、俺は歓喜の声を上げる。
ああ、久しく忘れていたこの感覚。
あり得ないほどの解放感と満足感。
こんなに気持ちよく酒を食らったのはいつぶりだろうか。
ここは転移先の近くにあった村の酒場。
女神からの逃亡記念に一人祝杯を挙げている。
しかしそんなめでたい酒の場に下品な舌打ちが響いた。
「ふん。呑気なモンだなおっさん。この村の人間には危機感ってやつはないのか?」
「ちょっと、やめときなって!」
振り返ってみると、そこにいたのはいかにも冒険者と言った風貌の若い男女が4人。
苛立ちを隠そうともしない背中に大きな大剣を背負った金髪の少年。
背が高く、ガタイの良い銀髪の青年。
少年の言葉を制止した少々気が強そうな赤髪の少女。
そしてその様子を落ち着かない様子で見ている青髪の少女。
せっかくの祝い酒を邪魔された俺は少し気分を悪くするも、流石に自分より若い奴らに怒りをぶつけるほど俺はガキじゃない。
「気を悪くしたならすまん。俺は今日この村に来たばっかりでな。ところでその言い方だとこれからなんか起こるのか?」
「何も知らないのであれば早々にこの村を立ち去ることをお勧めする。万一にでも死にたくないのであればな」
「へ、なんで?」
「……この村の近くにカオスドラゴンが頻繁に目撃されるって情報が入ったのよ。あたし達はその調査及び討伐を依頼された冒険者なの」
「ふーん……」
カオスドラゴンか。
懐かしいな。危険度で言ったら上から5番目。
A+ランクのモンスターじゃないか。
本来なら大型ダンジョンの下層や人が一切寄り付かない秘境に暮らすような奴がなんでまたこんなところに。
「ま、どうせオレ達が仕留めちまうから別に出ていかなくても構わねえがな!」
「カオスドラゴンは強いぞ? ランクだけで判断すると痛い目を見るからな」
「は? おっさん、誰に向かって言ってんの? オレ達はAランクパーティ【エンバリオン】だぞ? ちょっと珍しいドラゴン如きに負けるわけねーだろ!」
忠告のつもりで言ってやったんだが、どうやら少年の怒りに触れてしまったようだ。
一応Aランク冒険者パーティならA+ランクのモンスターとも戦えるには戦えるが、+が付くようなモンスターはどいつもこいつも一筋縄ではいかない特殊な能力持ちが多い。
カオスドラゴンもまた例外ではないんだが……
「悪い悪い。馬鹿にしたつもりはないんだ。まあ頑張ってくれよ」
「ふんっ。黙って見ていればいい。カオスドラゴンはこのオレ――ヘリオスが確実に仕留める。おい、行くぞ」
「えー? もう行くの? って足はっや。もう店出ちゃったよ」
「仕方あるまい。店主、会計を」
「もう。相変わらず短気でせっかちなんだから。ほら、フィオナもいくわよ」
「は、はい……」
ヘリオスと名乗った少年は早々に店を後にし、それに続くように銀髪の青年と赤髪の少女も追いかけていった。
そして残ったのは青髪の可愛らしい少女。
彼女はこちらへ来て深く頭を下げた。
「ええと、その。お邪魔してごめんなさい!」
フィオナと言ったか。
あの鼻っ柱が強い少年の仲間にも礼儀正しい子はいたんだな。
年上だから無条件で敬えとかしょうもない事を言う気はないが、最後にこういう言葉を言える人がいると印象は良くなるよな。
「あの……」
「うん?」
「先ほどのお話を聞く限りですと、あなたも冒険者の方なのですか? カオスドラゴンにも詳しいご様子だったので……」
「元、な。今は現役じゃないよ」
そう言うと少女は何故か俺の顔をじろじろと見始めた。
俺の顔に何かついているのだろうか。
美少女にじっと顔を見つめられるとなんかむず痒いな。
こんなおっさんの顔見たって何も面白くないと思うんだが。
俺がちょっと困った顔をすると、フィオナは慌てて目をそらした。
「あっ。ご、ごめんなさい! その、つい……」
「どうかしたのか?」
「いえ、その……あの、つかぬ事をお聞きしますが、昔、私と会った事ありませんか?」
「え? 君と? うーん、悪いけど多分人違いじゃないかな?」
「そ、そうですか……すみません、急に変なことをお伺いして」
本当に心当たりがなかったのでそう返すと、フィオナは少し寂しそうな表情になる。
もしかして生き別れた誰かに似ていたのだろうか。
まあ俺は過去にこの世界で旅をしていたからもしかしたら誰かが俺のことを知っていてもおかしくはないが、あれから何十年も経っているから彼女のような若い知り合いはいるはずもないし、当時の俺はピチピチの十代だったから今の俺の顔を見ても分からないだろう。
「で、では私はこれで失礼しますね!」
「あ、ちょっと待った」
居心地が悪くなったのか、フィオナは店を出ていこうとしたので、今度は俺が彼女を引き留めた。
そして【異空間ボックス】からあるものを取り出し、彼女に渡した。
この異空間ボックスはその名の通り異空間にあらゆるものを収納できる女神の加護だ。
容量に限度はないのでこれさえあれば家ごと収納して楽々引っ越しなんて芸当も可能だ。
クソ女神は許し難い存在だが、与えられた能力はどれも便利なモノばかりなのは認めざるを得ない。
「――これは?」
「カオスドラゴンと戦うならそいつを持っておくといい。いざと言うときに役立つかもしれん」
「そ、そうなんですか? えっと、そんなもの頂いてしまって良いのですか?」
「俺にはもういらないものだから構わないぞ」
「あ、ありがとうございます!」
そう言うとフィオナは再び俺に頭を下げた。
「あ、その、最後にお名前をうかがってもよろしいですか?」
あー名前。名前か。
どうしよう。前にこの世界にいた時の名前を名乗るのは違う気がする。
そうだ。こういうときに使える名前があるじゃないか。
「俺はユウヤだ。よろしくな」
「ユーヤさん、ですか。はい。こちらこそよろしくお願いします!」
それは前世――地球で名乗っていた本名だ。
初めてこの世界へと異世界転生を果たした際、中二病を引きずっていた俺はわざわざ別の名前を名乗っていた。
だからこそここは逆に本名が使える。
俺の名前を聞けて満足したのか、フィオナは店から去っていった。
だいぶ引き留めちまったが、彼らと同じパーティなら目的地くらいは把握しているだろうし大丈夫なはずだ。
最後にフィオナに渡したのは
それを持っていると持ち主に炎の加護が与えられる。
具体的な効能としては、体の周囲の温度を常に一定に保ち、火と
カオスドラゴンを相手にするならこれを持っておけば生き残れる可能性が大幅に上がる。
お節介だったかもしれないけれど、あの子にはこんなところで死んでほしくないと思ったからつい、な。
さあて、思わぬ邪魔が入ったが、もう大丈夫だろう。
飲みなおそう。
今夜はまだまだこんなもんじゃ終われない。
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