幼馴染 横溝史花の告白
「ねえ、おかしくない? ちゃんとできてる?」
真夜中の公園。
新しいダンスの振り付けを何度も練習する
艶やかなポニーテールが揺れて、ダイヤモンドのような汗が飛び散る。
ステージに立っていなくても、夜の公園の片隅で独りぼっちで踊っていても彼女がスターだということは一目でわかる。
横溝 史花は江戸川歩夢と同じく、アイドルグループ「ディテクターズ」のメンバーの一人だ。
「大丈夫、できてるよ」
俺がとっくに何度もそう言っているにも、関わらず横溝 史花は首を振る。
横溝 史花は完璧主義なのだ。
それは小さなころから変わらない。
とびきりの美少女なのに、秀才で努力家。
少しだけ大人びていてクールに見えるが、実際は生まれ持ったもののほかに、どこまでも突き詰め努力するという才能があっての存在だった。
そんな横溝史花と俺、そして江戸川歩夢は幼馴染だ。
小さなころは、「将来は探偵になろうね」と史花はよく言っていた。
当時はよくわからずに史花のやりたがる、探偵ごっこなんかに付き合っていた。
迷子の金糸雀を探したり、捨て猫の飼い主を見つけたり、そんな遊びの延長くらいが子供には限界だったが。
まあ、確かに江戸川と横溝と俺。
探偵小説の大御所の名前が並んでいるから、史花が言っていたということに気づいたのは小学校高学年になって、シャーロック・ホームズにはまったあとのことだ。
歩夢だけじゃなくて、史花まで「アイドルになる」といいだしたとき俺は、
「史花は探偵になりたかったんじゃないのか?」
と尋ねたが、時はすでに遅し、
「今更気づいたの? でも残念。江戸川乱歩も横溝正史も探偵じゃなくて、作家。謎を解く人じゃなくて、謎を作る側の人間よ」
史花は冷静な声で返事をしたけれど、その瞳はどこか遠くをみていて寂しそうだった。
史花が本物のアイドルになりたいというのは意外だった。
アイドルごっこも、歩夢がやりたがるから付き合っていただけだと思っていたのに。
なんというか、史花はきれいだけれど、大勢の男に囲まれるというより、高嶺の花としてひっそり遠巻きに男たちが眺めている存在だと思っていた。
そして、俺のそのイメージはアイドルになっても変わらなかった。
史花は美人だし、誰よりも歌もダンスも練習を重ねていて完璧だ。
だけれど、ほかのメンバーと比べると人気がない。
いや、アイドルだし、本当に人気がないというわけではないが……。
史花は高嶺の花すぎるのだ。
握手会をやっても、史花のレーンだけほとんど人が並ばない。
みんな史花と握手しようなんて図々しいことを思えず、遠くから史花をこっそりと眺め応援する、控えめなファンが多いのだ。
「私、アイドルやめたほうがいいのかな?」
史花は消えそうな声で言った。
弱気なところもあるけれど、唐突だった。
「アイドルやめて、探偵になる?」
俺はとっさにそんな返事をした。
史花の真意が分からなかったから、茶化す感じも重く受け止めすぎた感じもださないようにと考えて出てきた言葉だった。
「いいかも……そしたら、
史花はさらりとそう言ったあとに、「あはは、今のはナシ」といって笑った。
そして、また真面目表情に戻ってこう言った。
「ねえ、私アイドル向いてると思う?」
「正直、どっちとも言えない。史花すごく努力していて、綺麗だし、なんでも完璧だけど。真面目過ぎるから心配」
史花は俺の返事を聞いて、ふふっと笑う。
「やっぱ、アイドルやめちゃおうかな? ねえ、私がアイドルやめたらお嫁さんにしてくれる?」
史花はくるりとターンして、俺の耳元に囁いた。
その瞬間、どんなアイドルよりも甘い声が俺の脳に響いたのだった。
箱推しなんてやめて、私だけを推してよね? 華川とうふ @hayakawa5
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。箱推しなんてやめて、私だけを推してよね?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます