キュービック・ループ

生來 哲学

ポスト・アポカリプス日和

「力が欲しいか」

「別に」

「そっか」

 道ばたで出会った冴えないおじさんはつまらなそうに言った。

 その手には輝く謎の立方体がある。

 立方体はシュイィィィンと謎の明滅を繰り返しながら、おじさんの手の平の上でくるくると踊っている。

「その光るオモチャは何?」

「箱だよ」

「何が入ってるの?」

「次の宇宙」

「――それは壮大だね」

 味気ない私の言葉におじさんはため息をついた。

 ここはとある廃墟の屋上。

 取り壊しが決まっているにもかかわらず、お金がないからと何年も放置されている。

 市役所が鳴り物入りで作った「箱物」建築のなれの果てである。




 念のため都会の人に説明しておくと、箱物とは地方政治の失敗作の象徴のことだ。時々国が金の困った地方都市にまとまった資金援助が来ることがある。そこで地方都市は借金の返済などに使いたいが、国からは地方をなんかいい感じに盛り上げるために使いなさいと無理難題を言われ、仕方なく「なんとかミュージアム」とかいう田舎に似つかわしくない巨大な箱形の建物を作るのだ。しかし、そんな無計画なものが成功するはずがなく、一部の成功例を除いてほとんどの場合、そんな変なミュージアムには誰も寄りつかず、作ったはいいものの運営費をまかなえず、やがて閉鎖されるのである。

 まあ、どうでもいいこどだが。




 ここは田舎でも指折りの高層建築で眺めがいい。 

 時折ここには街に居場所のない奴らがやってきては空の眺めを愉しんでは去って行く。本当は自殺に来てるやつらもいるのかもしれないが――不思議と飛び降り自殺の例は聞かない。それが隠されてるだけなのか、報道されてないだけなのかは分からない。

「おじさんはね、失敗したんだ」

「というと?」

「この宇宙、色々とそれなりになんとか頑張ってたんだけど、ちょっと面白半分ですべてを破壊して突き進むバッファローを出してしまってからは無茶苦茶になってしまって」

「あーなる。それで」

 ちらりと外を見る。

 そこにはかつて人々が住んでいたであろう市街の残骸があった。

 すべてを破壊して突き進むバッファローが観測されたのは先週のこと。

 世界中の人類の住居のありとあらゆる場所が破壊し尽くされて、いつの間にかバッファローはいなくなっていた。

 幸いなことに、既に破壊された跡地にはバッファローは来なかった。

 おかげでこの廃墟で学校をサボっていた自分は生き残ってしまった。

 もうスマホも電波が繋がらない。

 最後にみたネットニュースのことを考えると人類の文明はすべて破壊尽くされたのかもしれない。

「おじさんはゲームオーバーだ。後継者を探さなきゃ成らない」

「……話を総合すると、おじさんは神様で、跡継ぎを探してるってこと?」

「話が早くて助かる。この箱を。宇宙を引き継げば、様々な力が与えられる。世界を変える力が」

「ま、後を継ぐ気はないんだけど」

 再び冴えないおじさんこと神様は渋面となった。

「なら、世界はこれまでだ」

「終わって良いじゃん、世界」

 廃墟から見下ろす崩壊した街はとても美しいものだった。

 壊されたものにこそ趣がある、と僕は感じる。

「よき終末、よき終わりこそが大事なんだよ」

「違う。終わったなら、次に行かなくちゃならない」

「おじさんとは合わないねぇ」

 僕の言葉におじさんは立ち上がった。

「ありがとう。君の言葉で決心が付いた」

「諦めるの?」

「まさか。意地でも続けることにした」

 神様の冴えなかった顔に覇気が満ちてくる。

「こんな終わり方で終わらせられない。まだ、この宇宙には先がある」

「そっか」

 神様は僕の手に静かに握った。

「君も、最後まで見届けてくれ」

「生きてたらね」

 僕が笑うと神様は手にした箱と共にすっと消えていった。

 後には乾いた空気と、廃墟と青い空と。

「……そっか、まだ世界は続くのか」

 先ほど出会ったおじさんが本物かどうなのか、空腹が見せた幻覚かは分からない。

 でも、まだ続きがあるらしい。

 ならば、こんな廃墟でくたばる訳にはいかない。

「あーあ、面倒なこと頼まれちゃった」

 ひとまずは、まだどこかに眠っているかもしれない食料を探しに行こう。

 それが終わったら――他の人類を探しに行こう。

 まだ、明日は続くのだから。



 

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