第2話 我が家の財政は少し苦しい

「ただいま。」


「おお、帰ってきたか。本日もご苦労であったな、マヨイよ。さてはや、朝餉をいただくのじゃ。」


家のドアを開けると、目に飛び込んできたのは金髪の幼女だった。キッチンで何かをしている最中に振り返り、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。彼女はエプロンを身に着け、金色のふわふわした尾を9本と、尖った耳が楽しげに揺れている。


「おはようございます、ババ様。」


そう、この幼女は私たち一族を千年近く統率してきた「ババ様」なのだ。この姿ではあるが、言うなれば私の高祖母にあたる。多分。正確な代数は私にも分からない。私がこの世界に転生してから、ババ様はずっとこの姿だった。彼女の言によれば、省エネルギーモードだそうだ。この点については、もう慣れっこになっている。


食卓に着くと、私は料理を眺めた。


「今日は焼きカエルがあるんですね。」


「うむ。本日は運も良く、明け方の罠で早々と蛙を捕らえることができた。以前収穫した大根もあるのじゃ。」


ババ様は小さな身体を軽やかに動かして椅子に座った。


「温かいうちに早く召し上がれ。今日もマヨイはよく門を守り、鬼を退けた。急いでお腹を満たし、エネルギーを補給せねばならぬ。」


「分かりました。それではいただきます。」


高く積まれた米の上に梅干しが乗せられ、大根たっぷりの味噌汁と共に食べ始めた。メインの焼きカエルも忘れずに味わう。この体に転生してから、前世では苦手だったカエルに対する抵抗感がなくなった。まあ、実際に食べてみると鶏肉とあまり変わらない。ババ様の腕前が良いのか、朝飯は特別な味わいがする。私は食べながら、ババ様に話しかけた。


「それで、ババ様。今日、石畳が鬼に踏み壊されたんですが、修理は可能ですか?」


「参道の石畳のことを申すのか?」


ババ様の慈愛に満ちた顔に苦笑いが浮かんだ。


「恐らく無理じゃろう。今月は修繕に回す余裕のある金はないのじゃ。」


「……そうですか。私はもっと注意していればよかったのに。」


「よい。汝は鬼と戦っておるのじゃからな。そんな枝葉末節のことに気を取られて傷を負う方がよほど問題じゃ。」


そう言いながらも、ババ様の耳は垂れ、尾は力なく下がり、全身から哀愁が漂っていた。


「この時代に至っては、何をするにも金が要るのじゃな。昔ならば、河童を修繕に呼びたければ、彼らに妖力を秘めた宝石のようなものを渡せば充分であった。しかし今や、彼らも普通の人間同様に報酬を求めるのじゃ。」


「まあ、時代が変わったからね。現代社会はお金をとても重視するから。」


「まさにその通りじゃ。かつてこの国の王となった初代勇者と結んだ契約には、年間千金の補助金が含まれておった。だが、その補助金の額、現代においては到底足りんのじゃ...」


「それは...まあ、遠い過去では1000Gは大金だったけど、千年経った現代ではインフレしてしまってね。1000Gでは今では数杯のラーメンが買える程度かな。」


「それゆえに汝の兄弟たちは、金を稼ぐために此処を離れたのじゃ。今、ここに居るのは一族の中で最も若いマヨイだけじゃ。まあ、だが汝も成長した、近く離れる時が来るかもしれぬ。近年の状況を見るに、この神社がこのまま衰退してしまう。おそらく、我々一族の使命はこの時代に終わりを告げるのじゃ。」


「ババ様…」


ババ様は食卓を越えて、小さな手を伸ばして私の頭を撫でた。その顔には少しの寂しさと、ある種の開き直りのような表情が見えた。


「初めに聖剣を守ると約束したのは、若かった妾の執念に過ぎんかった。当時の妾は、あの人の何かの証を残したくて、焦っていたのじゃ。一時の恋心が一族を千年もの間、縛りつけてしまった。もしかすると、今がそのような使命から一族を解放する時かもしれん。汝たちも自由になるべき時が来た。」


「……それなら、聖剣はどうするんですか?」


「何とかなるものじゃ。直接王国へ贈るのも一つの手。彼らは初代勇者の子孫じゃから、何とかするだろう。」


ババ様の温かい掌を感じながら、私の心には使命感が湧いてきた。


「何とかします。」


「マヨイ?」


「だってそうでしょう。その剣は、ババ様の思い出でしょう。」


「マヨイ…」


「初代勇者には実は腹が立っているんですよ。あんな風に半ば強引にその剣をババ様に押し付けて、自分は姫と結婚して行ってしまい、それからは金を払うだけで放っておくなんて。その剣はもう勇者の一族のものではないんですから、過去に何もしてこなかった人たちに渡すのは納得がいきません。」


「まっ、まあ。あの人にも自分なりの事情があったのじゃ…」


「ババ様がそう言うから、勇者につけ込まれたんですよ。」


食べ終わると、私は立ち上がった。


「明日、この時代の勇者が聖剣の儀を試みに来るんですよね。」


「ああ、間違いないのじゃ。」


「彼らにしっかり言ってやります。もっと支援金を出すように。とにかく、彼らから私たちが当然受け取るべき金を絞り取るんです。」


「しかし、過去の契約はそうではなかった。彼らが同意するだろうか?」


「同意しなくても契約を更新させます。どんな時代になっても、そんな古い契約で私たちを圧迫し続けるなんて、絶対に認めません!」


「マヨイ…」


「大丈夫です、ババ様。見た目はこんなですけど、交渉は得意ですから。私。」


腕を曲げて、二頭筋を作るポーズを取りながら、私はババ様にウインクした。


「そうか。そうか。マヨイも立派に成長したものじゃな。」


微笑みを浮かべながら、ババ様は椅子から飛び降りた。


「さて、明日のことは汝に任せた。妾はこれから神社の周りの結界を強化してくる。明日の聖剣の儀と、勇者との接触はマヨイに頼んだぞ。」


「ええ、私にお任せください。」


「うむ。」


ババ様は満足そうに頷き、一瞬の煙の後に姿を消した。


「…よし。私も明日に向けて準備を始めるとしよう。勇者から神社の修繕や、ババ様に美味しい料理を食べさせるための資金をしっかりと引き出さねば。」


気合を入れて、私は拳を握りしめ心の中で誓った。


「…ん?」


決意を固めたその時、外の何かが結界を突撃している感覚が突然、私に襲い掛かった。


「これは…濃厚な妖気だな。また何か厄介な奴が騒ぎを起こしているようだ。明日のウォーミングアップにちょうどいい。雑魚を一掃するのも良い運動になる。」


手を組んで戦闘準備を整え、私は自分を神社の門前へと転送した。


「っ!」


そして、私は完全に呆然とした。


目の前に広がるのは、荒れ果てた石畳。毎日丹精込めて手入れをしていた花壇は容赦なく破壊されていた。何らかの生物の臓器が周囲に散乱し、折れた剣が無造作に地面に刺さっている。美しかった鳥居には、不明の緑色の液体が飛び散り、明らかな傷跡がいくつも付いていた。


「これは、一体どうしたことか?掃除を終えて、朝食を食べて戻ってきたばかりなのに、どうしてこんなことに!?」


目眩がした。この惨状を片付けるために必要な労力だけでなく、破壊された石畳や鳥居など、私たちでは修復できない損害によっても。ババ様が朝食時に苦笑いを浮かべていた表情を思い出しながら、私は頭の中で修復費用を早急に計算した。


ああ、この月は…もうダメだ。背筋が冷えるのを感じた。


そんな私が目の前の光景に震えていると、爽やかで銀鈴のような声が響いた。


「あれ?狐耳の巫女さんだ!」


ロボットのように、私は硬直して声の方向を振り向いた。


赤と緑。それが私の最初の印象だった。


声の主は少女だった。ライオンのたてがみのように長く、赤い髪は大きなポニーテールに結ばれており、エメラルドのように輝く緑の瞳がこちらを鋭く見つめている。顔には活発で自信に満ちた微笑が浮かんでいる。少女は上半身にナイトのような白い礼装を身にまとい、斜めにマントを羽織り、行動しやすいショートスカートとニーハイブーツを履いている。手には折れた剣の半分を持っていた。


しかし、最も衝撃的だったのは、少女の足元だった。


魔物の死体が山となり、少女はその山の上に堂々と立っていた。少女は手に持った剣を振り、その上の緑の液体を道路脇の看板に向かって振り払った。


パチン、と。少女の行動によって汚れた看板を見て、私は明らかに頭の中で何かが壊れたのを感じた。


「ここに現れた狐耳の巫女、つまり、あなたがこの神社の守護者でしょう!初めまして、私は…」


「死ねや、ボケ!」


「え?」


私の鉄山靠てつざんこうは、目の前で間抜けな声を発した少女に炸裂した。

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