第5話

「本艦へ。現地にて緊急を有する処置が必要になるかも知れない。リミットコード《EXAM》の使用許可を念の為に申請しておく」


《こちら、本艦。No.721へ。リミットコードの使用は認められないが、バイタルレッドゾーン時における限定使用を承認する》


「了解した。何らかの要因でバイタル低下し、レッドゾーンに突入した際の事は頼む」


《了解。無茶はするなよ?》


 私は本艦と交信を中断すると群がるゴブリン達を斬り伏せる。


「くそっ!こんな時に!」


 私はゴブリン達を撃退する為に身構え、一気に突っ込む。

 私が通過した跡は横一文字に両断されたゴブリン達が転がっているが、いまはそれを気にしている余裕はない。


 ──と私のターゲットマーカーが魔法陣のある場所を発見した。


 魔法陣の中央には血涙した聖母像と黒魔術の儀式に使うような代物が散乱されていた。

 その中で気になったのは聖母像の頭部を締め付ける蕀の冠であった。


 物は試しであるが、手違いがあると悪化するかも知れない。

 私はクレイモアを手に聖母像に囁く。


「あなたを縛る呪縛の正体は解りませんが、もしも呪縛から解放されたなら。あの苦しんでいるドラゴンを呪いから解放したまえ」


 私は一か八か、聖母像に剣を振り下ろし、蕀の冠のみを切断する。

 刹那、眩い光が放たれ、空へと消えていく。


 ・・・失敗してしまったか?


 私は警戒しつつ、システムをスキャンモードに切り替える。

 するとドラゴンの魔力供給が明らかに弱まっていた。

 勿論、ドラゴンの耐性を考えるとまだ足りないだろうが、希望は見えた。


 スキャンした結果、他にも魔法陣がある事から解除方法は同じなのだろう。ならば、善は急げだ。

 早く次へ向かわなくては・・・。


 そんな事を考えていると無数の火の玉が飛んで来る。

 完全な奇襲だったが、マナによるシールドバリアで事なきを得た。

 火の玉が飛んで来た方には他のゴブリンよりも知能が高そうな魔法使いのような格好のゴブリンが大柄のゴブリン2体と共に佇んでいた。


 魔法使いのようなゴブリンはデータバンクのゴブリンシャーマンと合致する。大柄のゴブリンはホフゴブリンだろうが、情報より重武装である。

 あの装甲を破るにはスキルの使用が必要だろう。


 そんな事を考えているとゴブリンシャーマンが呪文らしきものを唱える。

 また、火の玉かと警戒したが、何かが違う。

 スキャンモードで確認するとゴブリンシャーマンのマナがホフゴブリンに供給されている。

 言語アクセスの結果、導き出されたのは身体強化の魔法であると断定される。


 これは長丁場になりそうだ。

 そう警戒した瞬間、ホフゴブリンの一体が突撃して来る。

 私はそれを避けながらホフゴブリンの胴体を切断するのを試みる。

 しかし、身体強化と鎧の効果で然したるダメージは与えられてないようだ。

 そんな私に奇襲するようにもう1体のゴブリンが背後から捕まえようとして来る。

 私は手首を回転させてホフゴブリンの両腕を切断しつつ、前方に避ける。

 確かに身体強化はしているらしいが、防具のない部位は狙い目らしい──戦術は出来た。

 まずは両腕を失ったゴブリンにトドメを刺す為に突撃する。

 無論、それを阻止しようともう片方のホフゴブリンが動く。

 私は弧を描くように更に回避すると手首を捻って真後ろで陣取っていたゴブリンシャーマンを刺し貫き、袈裟斬りの要領で切断する。

 案の定、ホフゴブリン達の身体強化の魔法が解け、動きが鈍くなった。あとは造作もなく、2体を仕留める事に成功する。


 2体目の聖母像の蕀の冠の呪いを解除し、残すところはあと1つとなった。


 そんな私に向かって拍手する者がいた。

 見た目はゴブリンだが、その表情には人間のように愉快に笑う姿が見られた。


 該当データはアサシンゴブリン──またの名をゴブリンリーダーと言う名称があるらしい。

 名前から察するにこいつが今回の首謀者で間違いないだろう。


 私はクレイモアを構え、飄々としたアサシンゴブリンと対峙する。アサシンゴブリンは実に楽しそうに笑っていた。


『・・・リミッター・・・解除』


 その言葉と共にアサシンゴブリンの姿が消え、私のボディーに蹴りを喰らわせ、そのままサマーソルトの要領で蹴り上げて来る。

 ダメージ自体は微々たるものだが、マナシールドが突破されてしまった。明らかに異常だ。

 そして、攻撃が微々たる理由は此方の手を内を踏まえていると考えるべきだろう。


 ──再び、アサシンゴブリンの姿が消える。

 まるで獲物を追い詰めるのを楽しんでいるようだが、それならそれで隙が現れるだろう。


 再び蹴りを貰い、相手がサマーソルトキックをしようとする。

 私はそこでマナシールドを水平に設置してサマーソルトキックを不発させる。そして、下から掬い上げるように股下から縦一文字に切断する。


 距離が少しあった為に命を奪うまでにはいかなかったが、アサシンゴブリンは虫の息である。

 アサシンゴブリンは瀕死の状態で愉快げに笑うと倒れ伏して奥歯を噛み締める。

 爆風が巻き起こったのは次の瞬間であった。


 ・・・自爆したのか。


 しかし、アサシンゴブリンのあの勝ち誇った笑みが気になる。

 まだ何か仕込んでいると見るべきだろうか?


「ネコ!逃げろ!」


 不意にヴォルス君の声を聞いて顔を上げるとドラゴンゾンビのブレスが近距離まで迫っていた。咄嗟にシールドバリアを展開したが、アサシンゴブリンの攻撃とは比べ物にならないダメージを追ってしまった。


 ・・・おかしい。魔法陣は全て取り除いた筈だ。

 なのにドラゴンゾンビが暴れる理由が解らない。


 ──いや、ちょっと待てよ。一ヶ所だけ魔法陣を解除してなかったな。

 その魔法陣はアサシンゴブリンそのものに設置されていた。


 ・・・まさか、ドラゴンゾンビをアサシンゴブリンの精神が乗っ取ったのか?


「大丈夫か、ネコ!?」

「ええ。なんとか・・・」

「ドラゴンゾンビの様子が変ですね。このままだと街に向かいかねないわ」

「お二人は街の避難を・・・ここは私が食い止めます」

「・・・やれるのか?」

「ええ。奥の手がありますので」

「そうか!なら、頼んだぜ!」

「ヴォルス!?」

「街を知り尽くしてないネコに避難誘導は無理だ。それに顔の利く俺達の方が避難誘導に向いている」


 ヴォルス君の分析は正しい。やはり、ただ者じゃないんだなと改めて思う。


「あとは頼んだぜ、ネコ」

「お任せ下さい」


 私はそう告げると去って行く二人を見送ってから、ドラゴンゾンビに顔を向ける。


「あなたが何者か、気になるところですが、やむを得ないですね。此方も本気でお相手致します」


《バイタルレッドゾーン。限定使用の受諾を承認》




「了解。リミッター解除・・・《EXAM》システム・スタンバイ」

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