1章12話 討伐指令:村落を占拠した武装集団

◆◇◇Ⅻ◇◇◆


 翌朝、出勤したモロッグとハユハは二人連れ立ってギルドマスター室に向かって歩いていた。

 そこに暗黒剣の入った箱を持ってオスティンが合流する。

 オスティンは箱をハユハに渡し、眉を上げてみせる。


「朝っぱらから持つにはいろんな意味で重たかったぞ。それ」

「ああ。それを身に付けての帰り道はなかなか堪えたな。馬車の運転はひどかったしな」


 ハユハは二人に頷いてみせ、それからギルドマスター室のドアをノックして返事のあとに扉を開く。

 ドアを開けると、待ち構えるようにリフクネンが机に足先を載せて煙草を吹かしていた。だらけているように見えるが、目だけはギラギラと輝いて三人を見つめている。


「報告書は確認した。ご苦労さん」


 労いの言葉を聞き流して、モロッグとオスティンはドカッとソファに座って煙草を取り出す。

 ハユハはオスティンに渡された暗黒剣の入った箱をリフクネンの執務机に置き、入口の鍵を掛けて入口の側に立つ。

 ソファに腰掛けたモロッグが煙草に火をつけて、それを一服してから煙を吐き出しながら口火を切る。


「奴ら、暗黒剣を兵士に持たせている」


 リフクネンは報告書を手に煙草の煙を静かに吐き出しながら、視線でモロッグに続きを促す。


「これは大罪であり、冒涜だ。王国軍は、既に死んでるという方法で不死の軍団を作るつもりらしいぞ。──これからどうするつもりだ。リフクネン」

「蠢動するとも」


 即答したリフクネンが、底光りする目でモロッグに応じる。


「今回の件で我々を挑発した上、実験に巻き込み、それを観察して、姿まで表したのは逃げも隠れもしないということなのだろう」


 リフクネンは煙草を灰皿に押し付けて火を消し、火の消えた煙草を指先でほぐしながらバラバラにする。


「真正面からこちらに『霊剣を基礎にした新武装の開発に協力せよ』という内容を送ってこず、まざまざと悪意を見せつけたのは『目指すべき理想のように甘く夢を見る歩み』ではなく『打倒すべき敵として想定し、持てる手段を揃え、息の根を止めるつもりで斬りかかってこい』ということなのだろう」

「将軍としては、これまでの技術協力如きでは到底足りないと。手段を選んでいる場合でもなければ、行儀よく順番を待っているつもりもないと」


 リフクネンはモロッグに頷いて、話を続ける。


「将軍の問いは簡単だ。一を切り捨てて百を救うか、百を切り捨てて一を救うか、あるいはそのどちらも否定するか。当然否定する。私は理想主義者だ」


 リフクネンが暗黒剣を入れた箱に手を乗せながら三人を見る。


「まず、こいつはあの将軍にとっては一を切り捨てて百を救いうる方法のひとつでしかない。まだ他にも手を染めていることがある。事は軍部の奥深くで、自浄作用の外側でいまも進められている。それについては今後更に調べを続ける。手伝ってもらうぞ」

「それを渡された時、期待していると言われたが、どう見る?」

「あちらとしてはこちらが動いて御の字ということなのだろう。我々があちらを悪だと断じて襲いかかれば、実験台としてこれからも使いつづける。そして、違う手段を示しうるのであればそれを提示しろというつもりだろうな」


 三人は冷徹な視線をリフクネンに向けている。

 元冒険者。亡国の軍人。そして王国にもはやただ一人の輪廻聖堂の聖堂騎士。

 三人三様な彼らの出自を思い浮かべながら、リフクネンは話を続ける。


「王国軍の機関も当然武具に関する情報は多数持っている。が、我々はそれとは違う分野の情報を持っている。腕の立つ冒険者が所持している霊剣、魔剣、古代の遺物などのな。それから、こちらはアテにはならんが剛金級が扱っている神剣や聖剣などの情報もだ」


 リフクネンは暗黒剣の入った箱の蓋を開ける。

 箱の中は聖水で満たされ、その水底に沈んでいる暗黒剣は静かに室内の光を反射している。聖水と反応しているのか、その刀身には黒い罅割れのような紋様が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返している。


「将軍が我々にこれを与えたのは、我々の持っている情報でこれを調べ”これ以外の手段か、これよりも優れた手段を見せてみろ”という意図だろう。私はこれに乗ってやろうと思っている。暗黒剣ではない別の方法を示さねばこれの研究を止めさせることはできんだろうからな」


 三人の視線を受けながら、リフクネンは立ち上がって机に手を付いた。


「相手は海千山千の老獪な将軍であり、真っ赤に燃える鉄のような血が流れる軍人だ。彼は悪意ではなく使命としてこれを遂行している。生半可なことでは手を止めさせることはできないだろう。悪人ならばなんとでもできる。だが、善なる使命を胸に悪を成す存在の覚悟は生半可なものではない」


 リフクネンがまっすぐに立ち、全員を見渡す。


「そのためには冷静に、狡猾に、慎重にこれからの歩みを進めなくてはならない。この件については、将軍が進める他の計画によって民草と冒険者が犠牲になることを防ぐことと、この暗黒剣に替わる方法を示して将軍を止めることの両方を同時に進めていく。君たちは作戦部隊だが、別途研究部隊をつくる予定だ。ハユハ。作戦部隊の指揮を引き続き任せる。オスティンは研究部隊との架け橋をやってもらおう。そして我々の最大戦力であるモロッグには、これまで以上に力を振るってもらう。と、同時に新しい人間を鍛え上げてもらう」

「──彼女を加えるとでも?」


 低く重い声で、モロッグが問い返す。

 その視線は煮えたぎる鉄のような温度だ。


「そうだ」

「リフクネン。まず第一に手負いだ。今後戦い抜けるとは思えん。次に、彼女は民草と冒険者を殺害したがために我々にとっての討伐対象だ。それを見逃せということか?」

「反対か?」

「反対だ。暗黒剣の代案を用意するのに、ただ単に利用するという意味ではないんだろう?」

「私の麾下に加わってもらうつもりだ」

「反対だ。反対する」


 モロッグはいかにも不快だという表情で繰り返した。

 これに応じるリフクネンは平然とした顔で問い返す。


「悔悛の意があったとしても?」

「志願し、暗黒剣を握り、暗黒剣の意志に共感したからこそ彼女はああなった。それは無辜の民を殺す選択をしたということだ。罪を償うのなら晩鐘の音とともに素っ首を荒縄で吊るし、朝鐘を希う永い夜が必要だ」

「そうか。お前さんからすれば、蘇生を施したのは荒縄で素っ首を吊るす時間をやっただけだと」

「そうだ」

「だが、私はモロッグが言うところの罪は成立しないと考えている」


 モロッグがギラギラと底光りする目でリフクネンを睨み据え、声を一段と低くして反論する。


「暗黒剣は魔剣でも霊剣でも意志を上書きする。だからこそ魔性の剣だ。魔剣は魅入られた者は意志に関わりなく周囲を血で染め、霊剣は意志を受け容れれば怨敵必殺の化身になり敵と己を血だるまにする。──今回の件は、たまたま拾っただけの市民が剣に魅入られて殺戮したのとはワケが違う。意志を受け容れたが故にこうなった」


 煮えたぎる鉄の視線と冷徹な視線が交錯する中に、この中で最もそれら両方から距離を取っている人間が意見を投げ込む。


「実験がしたいとして、実験体に全容を明かしては実験にならないこともある。だとしたら、使い手は自分の剣が誰を斬るか知らなかったってのは有り得る話じゃないのか?」


 そこまで言ってからオスティンは吸い殻を灰皿に落として、新しい煙草をパイプに詰めながらいつもの調子で話を続ける。


「現実的なことは後で考えるとしてだ。 なあモロッグ──命令でヒトを殺すのは俺達もだろ。それを誰かが聞いて、さもありなんと思える連中を殺しちゃいるが。やってることは同じだ」


 モロッグは沈黙したままオスティンに視線で続きを促す。


「俺達は法典も聖典も引かずに任務でぶっ殺してきたじゃねえか。いまさら棚上げしてヨソは裁かれるべき、なんてのは都合がいいってもんだ」

「ここにいるどいつであろうと、無辜の民草を自ら進んで殺して自害しないのなら荒縄なしで送ってやる。俺が言っているのは、選択をしたことの罪だ」

「なら自ら殺してなきゃいいんだな?」


 モロッグが大きなため息をついて、煙草を深く吸い込み、紫煙を漏らしながら返事をする。


「何が言いたい。要は、俺が殺さないと決めたら、お前らは殺さなくていいと思っているワケか? ──討伐対象を見逃すことについて考えが甘くないか?」

「ヤ。甘くねんな」


 ハッキリと否定したのはハユハだった。


「軍人だら、命令に服従する。命令は下した人間が責を負う。単純だ。兵卒に裁かれる資格はね。んだども、やらかしたこどん結果からはァ逃げられね。だば、戦働きで帳尻合わせねばない。自責ん自害なぞ論外だ」


 つづけてオスティンがソファに大きく背中を預けながら頭の後ろで手を組んだまま答える。


「依頼は終わった。彼女の生き死にはもう俺には関係ない。わざわざ死ねだの罪だの言う信仰も規律も義理も俺にはない」


 こともなげな口調でそう言い切ったオスティンだが、その後に体を起こして手をひらひらと振りながら、さらに続ける。


「というか非常事態でもない昨今にだ。好き好んで最前線で尖兵やってる奴らだぜ? ハッキリ言って狂ってると俺は思う」


 実際の軍人に聞かれれば鼻白むか殴られるようなことをオスティンは皮肉たっぷりに言い放った上で、大げさな身振りで口だけ笑顔を作って続ける。


「礎になれだとかメリットがあるとかなんだとか並べたとして、守ってきた人間を殺すと分かってる話にワンと言うか? ってハナシ。 それこそ逆上してそいつぶっ殺して前線に戻るんじゃねえの?」


 オスティンの指摘に、モロッグも冷静さを取り戻して沈黙する。

 しかし不快さは隠さずに荒々しい仕草で煙草をもみ消して、新しい煙草に火を点けてそれを咥えながら肘をついてため息をつく。


「なるほどな。言いたいことは理解した。だが、了承したいとは思えんな」


 そんなモロッグに対して、終始冷静なままのリフクネンが全員を見渡してから頷き、それぞれの考えを確認できたことに満足した様子で持論を改めて述べる。


「彼女自身の迂闊さ、この責任は当然あるだろう。無いと主張するような輩ならば改めて討伐しなければならない。だが私は、彼女は報恩救国のために命を捧げた後に悪用され、挙げ句に民草を殺したのだと考えている。彼女は完成したと考えていたか、唆されていたかで暗黒剣を手に取ったのではないかとな。そして、糸を引く側は今のままでは不完全であるとし、我々を引き込むために彼女らを悪用をしてみせた。だとするならば? 彼女の報恩救国の意志をどうすべきだろうな」


 一同に沈黙がおりる。


「暗黒剣を握った結果に起きたことを知った彼女を観察し、どちらにすべきかの判断は諸君らに任せよう」

 

 頭が冷えたらしいモロッグがそれに応じて問いを返す。


「わかった。それで、彼女がその見込通りの人物だったとしてだ。どうやってこちらに勧誘するんだ。 そもそも交渉の余地があるのか疑問だ。ここにいる全員の誰もが彼女にとっては仇でもあるんだぞ?」

「それについては適任者をぶつける。これは諸君にも私にもできないことだ。まあ、それが成功したとしても彼女の意志次第ではあるがな」


 適任者、と聞いた三人は怪訝な顔をしていたが、やがてそれぞれに眉根を寄せて複雑な表情を浮かべた。

 適任者というのが誰なのか、おおよその想像がついたらしい。


「いずれにしても、彼女はまず立ち上がることができるようになる必要があるだろうな。いろいろな意味で、な」


 そこで言葉を切ったリフクネンはデスクに座って、新しく煙草を取り出す。


「私はこれから研究所に向かう。先程言った研究部隊のリクルートだ。これまで荒事専門だったものを改造するのだから、多少強引にことを進めねばな。オスティン。同行してくれ」


 オスティンはリフクネンに頷いてみせ、それから頬杖をついて笑う。


「リクルートなんて仰々しいこと言っても、これの研究の適任はあいつだけだろ。で、鍛冶や付呪の方はアテはあるのかい?」

「ない。それはお前に頼るつもりだ」

「冒険者にとって腕のいい鍛冶屋は生命線だ。カンタンに言いふらさないもんだぞ?」

「もう杖くらいしか使ってないだろう。情報は腐るのが早いぞ。とっとと私に売れ。今夜こちらを発つので晩鐘一刻前に会館前で落ち合おう」

「売るなら文句はねえ。じゃあ、それまでの休みを俺は満喫するよ」


 オスティンは笑いながら立ち上がって、出張の準備に休みが必要だからなと嘯きながら部屋を出ていく。


「二人は引き続き通常業務に戻ってくれ」

「ン」

「何だ俺たちも、もう帰れって言われるのを期待してたんだが」

「通常業務だ。通常業務。休暇申請はリリアーナ嬢を通じて受け取ろうじゃないか。手順を守るのは大事だからな。もっとも? 届く頃には夕暮れで私は居ない。残念だったな」


 ハユハは頷いて、モロッグに声を掛ける。


「諦めなし」

「おやっさんが不機嫌になるしな。わかったわかった」


 モロッグとハユハも立ち上がってギルドマスター室を出ていく。


 三人が出ていったあと、部屋に残ったリフクネンは煙草を咥えたまま暗黒剣を横目に紫煙をくゆらせる。

 普段は見せない陰鬱で険しい表情で、暗黒剣に刻まれた紋様を眺めているリフクネンは誰も居ない部屋で一人呟く。


「命を懸けるべき使命という病魔」


 そして、暗黒剣の箱に蓋をして鍵を掛ける。それを壁に備え付けの金庫にしまいながら、ぼそりと呟く。


「不死の尖兵計画は表の名前、か」


 ギルドマスター室の金庫が閉まるころ、ハユハは総務課執務室で書類の山を前に何事もお茶を飲んでからだという様子でお茶を淹れに行き、オスティンは自前のトランクをぶら下げて自席に積まれた各種の依頼〈保留〉の籠に放り込む。

 そしてモロッグは、ギルド会館の中庭の、いつものベンチに座ってのほほんとサボりを敢行し始める。


 彼らはまた仮初めの日常に戻っていく。

 来るべき時に取り出され、応るべき事態を処理するために、その裏の顔を隠したまま冒険者ギルドの裏方に。

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