1章11話 討伐指令:村落を占拠した武装集団

◆◇◇Ⅺ◇◇◆


 街ではなく廟堂のほうに向かった馬車は、本来は3刻以上掛かるはずの道のりを1刻で駆け抜けた。

 廟堂までほどない街道から外れた小道に馬車を停めたハユハは、荷台から這い出してきたオスティンに手綱を返した。オスティンはそのまま馬車を宿へ返しに行くため二人と分かれて街道に戻っていく。

 それを見送ったハユハとモロッグは廟堂に向かった。

 

 鬱蒼とした森を抜け、木の根を踏み分けて進んでいくと、早朝に見た廟堂がやっと見えてきた。

 廟堂に到着すると、オスティンの代わりにモロッグが〈ゲート〉の呪文を使って光の門を召喚し、門を潜ってギルド会館奥の石室に戻る。


 石室は静まり返っており、当然誰もいない。

 ハユハは足早に石室の奥に向かっていき、隠し扉を開く。

 モロッグは剣槍と帯剣を装備掛けに戻し、防具掛けにクロークを引っ掛けてから腕を払う動作をする。すると、モロッグの体から甲冑が掻き消えて普段より若干薄着といった印象の姿になった。そしてハユハが入っていった隠し扉へ入っていく。


 隠し扉の先はギルドマスター室の奥に繋がっている。室内をずかずかと歩いていったハユハは、奥のカーテンを開けてリフクネンが仮眠用に使っているベッドに女兵士を寝かせる。


「装備解除してくっがら、様子だば見てっくれ」

「わかった」


 ハユハが装備解除に行ったあと、モロッグは〈昏睡〉を掛けられたままの兵士の様子を確認する。深く眠らされているが脈はしっかりとしており、血色も良くなっている。


「……妙だ。こんなに早く生気が戻るものか」


 近場にあった椅子を掴んで引き寄せ、ベッド脇に置いて腰掛ける。足を組んで頬杖をつき、眉根に皺を寄せてモロッグは考えを巡らせ始めた。


 しばらくすると、ハユハを伴ったリフクネンが扉を開けて入ってくる。


「ご苦労。これは──拐ってきたか」

「人聞きの悪い。保護したと言ってくれ」

「あんまま見つかれば、次の実験に使われっだら」


 リフクネンは煙草に火を付け、しばし考えるように煙をくゆらせていたが、頷いて二人に告げる。


「彼女のことについては、私が預かろう。意識が戻ったところで事情を確認し、状況も説明しておく。ハユハ。このまま執務室で報告書の作成を頼む。モロッグはこのまま明朝まで休んでくれ。ハユハの報告を元に明日、詳細な報告を聞こう」


 二人は了解、と返答してからギルドマスター執務室のほうから廊下に出る。


「預かる、というと? どうなるんだろうな」


 ハユハは首を振った。

 ハユハにも見当はついていないらしかった。

 モロッグもそれ以上口に出すのはやめ、廊下を歩いていく。

 

 総務課執務室のある廊下のところでハユハと別れ、人通りが多い表側を避けるために、そのままギルド会館の裏手に回り込んで自身が業務で使っている倉庫に入る。


 倉庫の奥はモロッグが集めた、廃棄品の古びた応接ソファやテーブルが置かれており、ちょうど隠れ家のような様子になっている。

 どかっとソファに腰掛け、テーブルに足を乗せて煙草に火をつける。

 そして手を頭の後ろで組み、天井に向かって立ち上っていく煙を眺める。

 暗黒剣、霊剣、襲撃に備える意思、将軍の計画、生存者。

 それぞれの要素を頭の中で並べ、情報不足は承知で浮かんでくる懸念について考えを巡らせていく。


 そうして煙草を吹かして考えを巡らせているうちに、倉庫の外は夕暮れに染まりギルド会館の喧騒もだいぶ静かになり始めた。

 そこに、倉庫のドアを開けてオスティンが入ってくる。

 テーブルに足を載せて煙草を吹かしているモロッグに手を上げて挨拶し、慣れた様子で倉庫のものを退かして奥にやってきたオスティンは、どっかとソファーに座ってパイプを取り出して火をつける。


「あの娘どうなったんだ?」

「リフクネンが預かると言っていたが、具体的にはわからん」

「それは聞いた。まあ、聴取次第ってところなのかねぇ。微妙な立場だよなぁ……」


 二人はそれきり話を打ち切って、疲れに身を任せるようにソファに身体を預けて、ぼんやりと宙を漂う煙を眺めながらそれぞれに考えを巡らせる。

 

 二人がソファに持たれたまま疲れに任せて意識を手放してから数刻が経った頃になって倉庫のドアがまた開かれてハユハが顔を出す。


「ン。やっぱいたか。」


 モロッグが大あくびをかまして、ハユハを指差した。


「妖怪筆まめ。報告書書いた後に仕事でもしてたのか。滅私奉公は美徳じゃないぞ。酒場いくぞ」


 ハユハが苦笑して早く出てこいというふうに顎をしゃくると、モロッグは立ち上がって倉庫から出ようとするが、上着を顔面に掛けて完全に寝ているオスティンに気づいて肩を揺する。


「酒場行くぞ。オスティン」


 オスティンは気怠そうに上着を取って、首をぼきぼきと鳴らしたあとにうっそりと立ち上がった。ムリな姿勢で寝ていたのが祟ったらしく腰を撫でさすりながら倉庫から出る。


 既に晩鐘が鳴り、職員たちも帰ったギルド会館はやはり静まり返っている。しかし、ギルドマスター室と会計室だけは明かりを灯したままだ。それを横目に三人は門をでて街路を歩きだす。

 三人ともうっそりとした足取りで、特に話すでもなく酒場に向かってただ歩く。

 酒場が立ち並ぶ通りに入り、食事を終えて家路につく人々や、その中に混じる多少行き過ぎた酔っ払いを避けながら栄えている通りから、路地に入った所にある酒場に入る。所謂流行っていない場末の酒場だ。


 酒場の店主は顔の殆どが髭と皺と髪に覆われて表情は読めず、戸口に来た三人に目を向けるでもなく出迎えの言葉を掛けるでもなく、こちらの方だけは向いている。

 店の奥まったところでジプシーの女性吟遊詩人が、リュートを鳴らして朗々と唄っている。

 客がまばらにいる店内で、吟遊詩人から遠い奥のほうの席を選んだ三人が席につくと店主が近寄ってきて、目で注文を促す。


「エール3つ。あとナッツとプレッツェルを」

「……只今」


 無愛想な主人に注文を告げたあとオスティンはちらっと吟遊詩人の方を向くと、吟遊詩人がリュートを爪弾きながらこちらにやってくる。


「いらっしゃい。リクエストは?」

「ジョン・ドゥの戦唄」


 モロッグが言うと、吟遊詩人が長い髪を揺らしてモロッグに微笑みかけ、リュートの音を高くして奥のステージに去っていく。

 彼女の朗々とした歌声が店内の耳目を集めた頃に店主が品を持ってきて、代金を受け取って去っていく。

 オスティンが一番最初にジョッキを取って、二人に突き出す。


「乾杯だ乾杯。それが冒険ってもんだろ」

「乾杯」

「乾杯」


 なんとも空々しい乾杯の後に、三人はそれぞれにエールを流し込んで飲み込む。

 そしてオスティンが単刀直入に本題に入る。


「モロッグ。アレ、どれくらいのもんだったんだ? 少なくともあの数揃えるのに何やったかって話だろ」

「作るための方法は俺が知る限り、二つ。ひとつはよくある材料を残酷かつ怨念が残る方法で加工する。もうひとつは強い思念を剣に宿す。あれは、おそらく後者だ」

「…ンだか」

「先に言ったほうだったら、反吐が出るが、むしろ根が浅そうだったのにな。だけど後者の方は霊剣の類だろ。そんなもの意図的に作れるのか?」

「作れる。所謂、殉教の武器だ。作り方はつまるところ概ね同じ。使った結果も同じだ。だからどちらも同じ名前で呼ばれる」

「鉄血将軍。か。」


 ハユハがエールを飲み干しておかわりを催促しながら話し出す。


「鉄血将軍だら、所謂お貴族将軍ではね。国境に剣だら突き刺ッて北方領域だら睨む不屈の鉄壁だ」

「実際見たのは始めてだが、恐ろしい目だった。あの目をした人間は、驚くほど多くの人間を救い、その過程で恐ろしい数死なせる」


 三人は一様に沈黙する。この平和な街も、賑わいも、あの老将軍が死なせるものの上に成り立っている。厳然とした事実だ。

 この酒場の唯一の売りである吟遊詩人が奏でるジョン・ドゥの戦唄が盛り上がる場面に入る。観客たちは拍手するでもなく、じっと彼女の唄に聞き入っている。


「俺たちとやり合ったのは志願者だとか言ってたな」


 鬱陶しい歯痛のように三人の心を暗くしていることの核心だった。


「クソみてぇな仕事だったな。躊躇はしねえさ。やってることがやってることだ。でもひでえ話じゃねえか。相手は死人。それも下手すりゃ、広く見れば善人だ。そして連中の目論見通りに踊るだけ踊らされ、次はこう踊れとまでやられた。」


 オスティンが吐き捨てる。嫌になるほど硬いプレッツェルを噛み砕いて、頭を掻きながらジョッキを真上に傾けるように煽る。


「腹立たしい」

「まぁ、そうだな」


 モロッグが歯切れ悪く同意する。オスティンがジョッキを挙げておかわりを催促しながら続ける。


「どっちにしても感情の話はここまでだろうな」

「ン」


 おかわりのジョッキを受け取りながら、ハユハが頷く。


「わァらは、踊りに出た。こっからは無関係でいられね」


 今後、あの老将軍はまたこちらにも何かを仕掛けてくるのだろうという事はわかりきっている。

 計画の一部に組み込まれていることへの拭い難い嫌悪感が三人の間に暗い影を落とし続けている。

 その影を払うように、モロッグがジョッキを突き出す。


「やめだ。やめ。考えてなんとかなるものか。飲むぞ」

「ン」

「おうよォ」


 オスティンが二人にプレッツェルを勧め、二人が顔をしかめてそれを嚙み砕く。オスティンもプレッツェルを噛み砕いてエールを流し込みながら言う。


「噛み砕いてやればいいもんな」

「顎ン力なら自信あっど」

「しかしこれ硬すぎるだろ。何が起きたらこんな硬くなるんだよ」

「こァ、スープに漬けっもんでねか。そんまま齧るもんでね」

「マジかよ。スープなんかこの店あんのか?頼んだことねえな」


 そんなことを言いながら彼らはエールをそれぞれのペースで飲んで、嫌になるほど硬いプレッツェルをいくつも噛み砕き、多少ほろ酔いかげんになったところで店を出た。


 街路の風が頬に心地よく、来る前は鬱陶しいだけだった人の行き交う音を聞きながら、三人はばらばらと歩きだす。

 一番家が近いオスティンが一足先に二人と別れて家路につく。そしてハユハも家路についた。モロッグは一人になったところで近場の石段に腰掛けて煙草に火を付けた。


 煙草の煙がただ夜道に漂うのを見つめながら、モロッグは渡された暗黒剣のことを考える。

 どうしても頭から離れず、二人にも言わなかったことだが、今回の件に使われた暗黒剣をあの将軍は手に持つことができた。

 それはつまり、将軍は殉教者の剣を作った思念に対して全く共感しておらず、受け容れもしていないということだ。

 そのことがどうしてもモロッグの頭の中で引っかかっていた。あの将軍はモロッグたちが考えている以上に、恐ろしいことに足を踏み入れているのではあるまいか。

 モロッグは煙草を消して立ち上がる。革でできた手持ちの灰皿を握って懐にしまい、土を蹴って歩き出す。

 

 いずれにしても明日の報告とリフクネンからの情報がなければこれ以上は考えても仕方がない。

 さっさと家に帰って寝てしまおう、と思いながら夜道を歩いていく。

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