1章10話 討伐指令:村落を占拠した武装集団

◆◇◇Ⅹ◇◇◆


 オスティンが回収した馬車を回して村の入口に駆け付けると、村の入口には灰のクロークで包んだ遺体を抱いたハユハが立っていた。

 ハユハは馬車幌を捲って遺体を安置するとすぐに荷台に乗り込む。


「あとのことは連中が?」

「ン。わァらはこれで終いだ。モロッグ、そいはなんで持っとる」

「将軍から、持っていけと渡された。否定するつもりなら必要になる、とな」

「ハッ!わァらも巻き込むって挨拶だンな」

「不愉快だ」


 煙草を取り出そうと鎧の中に手を突っ込もうとしていたところをトントン、と肩を叩かれ、モロッグは振り返る。

 ハユハが替わるぞという素振りで荷台へ移動しろと提案してきていた。

 了承したモロッグは御者台から荷台へ移って壁に背中を預けて座り込む。

 モロッグと入れ替わりに御者台に座ったハユハは、流れるような自然な仕草でオスティンに手綱を催促する。

 が、オスティンは手綱をハユハから遠ざけながら首を振った。


「そうはいくかよォ」

「ハー……」


 馬車は自然な速度で、やや早めに村から遠ざかり始める。

 馬車に揺られながら、モロッグは渡された暗黒剣に封印を施して腰に提げた。

 加護によって暗黒剣の影響を受けないモロッグだが、それでも心底から疎ましい。


 しばらく進んでいって村の門も全く見えなくなってからオスティンは周囲を確認しながら御者台に立ち上がる。

 荷台に移るために中腰になり、手綱をハユハに渡そうとしたところで固まって、しばし逡巡してからハユハに指を突きつける。


「風にならなくていいからな。とりあえず一通り終わるまでは速度はそのままで。頼むぞ。あまり揺らすなよ。」

「──ン」

「ヨシ!」


 荷台の側面に背中を預けて、煙草に火をつけようとしていたモロッグが後ろから身を乗り出して割り込む。


「待て!よくわからんが、いまのンは信用ならない!もう1回言い聞かせろ!」

「ゆっくり、歩かせる。手綱。打たない。風、ならない。いいか?」

「───……。ハァ……。ン」


 軽い身のこなしで御者台から荷台に移ったオスティンが、ハユハが安置した遺体からクロークを剥ぎ取って床に広げなおし、遺体をクロークの上に移す。

 兜を外し、タバードを切ってから、鎧の留め金を外して胸甲を取り外す。チェインメイルごと断ち切られた腕には既に包帯が巻いてある。


「おい、討伐対象とはいえ遺体だぞ。検分ならギルドで……」


 女性兵士の首筋に手を当てていたオスティンは、ポーチからいくつかの薬を取り出してその場に並べる。


「彼女はまだ生きてる。モロッグ。解毒を頼む。仮死薬を使ってあるが、このままだとまずい」

「……まさか死なずに済んでいたやつがいたのか」

「頼むぞモロッグ」


 応ずるように魔石を取り出して四方に撒いたモロッグが、祈りの姿勢を取って聖句を唱える。


《輪廻を司りし乙女アーネアンドラよ。傷付き倒れ伏す者に慈悲の掌を当て給え》


 馬車の中に燐光が奔り、兵士の身体を包んでから瘴気を絡め取るように舞い散って消える。

 それと同時に、横たわっていた兵士の身体がガクンと震え、そのまま大きく身体を反らせて痙攣しだした。すかさずモロッグは並べてある瓶の中から強心薬を取り、歯を食いしばって震える頭を掴んで、口を無理矢理開かせて流し込む。

 強心薬は煮え滾るような熱感と心臓を直接叩くような痛みを覚える薬だ。

 意識がなくとも生きているなら飲まされて暴れないわけがなく、オスティンが組み付くように手足を押さえ込んでいるが、今にも振り払われそうだ。

 続けてモロッグは強壮剤の瓶を開けて、暴れる頭を掴んで口を開けさせ流し込む。

 強壮剤を嚥下して若干力を取り戻した兵士は、抑え込むのが精一杯なほどにもんどり打って暴れ、抑え込もうとするオスティンの頭を何度も馬車の床に叩きつけている。

 そして、それで振り払えないと悟ると、残っている方の手でオスティンの腕を掴んで引き剥がそうとしだした。

 三人のうち一番非力なオスティンは今にも振り払われそうになっているが、なんとか持ちこたえている。


「んんんがああァァ……ッ!! しまったハユハにやってもらえばよかったあ゛あ゛ぁ……ッ!!」

「暗黒剣で相当身体が侵食されているはずだ。このまま祓って、続けざまに回復する。耐えろよ!」

「どっちに言ったよそれ……!! ぬぅうう!!」


 モロッグは引き続き祈りの姿勢を取って、聖句を素早く唱えはじめる。


《輪廻を司りし乙女アーネアンドラよ。邪悪なる穢れを祓い清めたまえ。御手の触れし罅割れた身体に慈悲を与えたまえ。清らかなる御手で彼の者を救い給え》


 朝日のような鮮烈な白い光に包まれて、女性兵士の身体から煙のように瘴気が湧き上がり、瘴気は光に解けて消える。

 しかし光に解ける分だけ更に身体からは瘴気が湧き上がり、徐々に湧き上がる量が増えて渦を巻き、とうとう蟲のような姿形になって身体に纏わりつくように這い回って蠢き始めた。

 モロッグは祝祷を続けるための集中を続けながら、篭手に包まれた掌を瘴気の蟲にゆっくり向け、掌に力を込める。


「っだァッ!!」


 モロッグは掛け声とともに、女性兵士の太ももあたりを勢いよく引っぱたいて瘴気の蟲を掴み取った。

そして、うねうねと触手や手足を伸ばすように藻掻いて蠢いているそれを、思い切り握りつぶす。

 握りつぶされたそれは瘴気になり、煙のように消え去った。

 モロッグはすぐさま兵士の呼吸を確認し、首筋から脈を測る。

 弱ってはいるが、死の兆候はもうないことを確認して、モロッグが息を吐く。

 ふとオスティンを見ると。眉を寄せてモロッグの手を指差している。


「最後は力技だな」

「違う。聖別した手で蟲を掴み、潰した」

「なにその嫌な表現。手洗ってぇ?」


 ハユハも御者席からハンカチを差し出してるのを見て、モロッグが拳を握って二人に反論する。


「やめろそういうのじゃない! いいか、穢れというのはイミ〈忌〉が──」

「でもなんか、そういうのじゃない。理屈じゃない。気分の問題」

「───……そう言われれば、まあ、間違いではないかもしれん」

「ヤ。聖騎士ならバシっと言い返さねばない。言い負かされってどうすっだ」


 それに対してフンと鼻を鳴らしたモロッグはハユハのハンカチを奪い取り、それで篭手をグリグリと拭う。

 そして兜を脱いであ゛ぁ~……と気の抜けた声を出しながら顔を拭い、兜を被り直し、いそいそときれいに折り畳む。

 そしてハンカチをハユハに向かって差し出す。


「どうもありがとう!」

「せめて洗って返してごしなれ」

「おっさんのハンカチを家で洗えっていうのか?」

「馬車から飛び降りれほんだらずめが」

「鼻をかんでも?」

「そい、やっからもう好きにせ……」

「うー」


 そこに横合いからオスティンがハンカチを覗き込む。


「あれ? それリリアーナ嬢からもらったやつだろハユハ」


 ハユハがスパッ!とハンカチを奪い取る。


「したっけ!? あ――――っ!? あ――――っ?! ……違うでねが」


 ハユハが顔を上げると、オスティンとモロッグが揃って片方の眉を上げながら口の端を釣り上げ、両手の指でハユハを指差している。


「──んだことしとる場合でねぇがなすほんだらずめども」

「うー」


 二人は揃って、うんうんと首を縦に振る。

 ただし顔は先程のままだ。

 ハユハはハーッとため息を吐いて相手にしてられないというふうに肩を竦め、前を向いて手綱を握る。馬車の運転に集中することにしたらしい。


「ん?モロッグ。うーって言ったか?」

「いや?」


 オスティンが訊ねると、モロッグが首を振る。


「ハユハは?」

「ヤ」


 怪訝な顔になったオスティンが女性兵士を見ると、女性兵士はうなされるようにもう一度うーと呻いた。


「全身の侵食から回復したばかりだろ? こんなはっきりした声が出せるもんか……?」

 驚いたオスティンが呟くと、ハユハはすぐに対応を提案する。

「眠らせっか?こごで意識戻ってば、ややこい」


 オスティンとハユハが話し合う中、モロッグは女性兵士の顔を覗き込んで血色を確認している。

 呼吸が既に整い出していた女性兵士がうっすらと目を開ける。


「……おじい、ちゃん……」

「俺は! まだ! 三十路だ!」

「いや兜越しだからわかんねえだろ。言ってる場合じゃねえって」

「髪が後退したら危ねっかもしれん。兜は蒸れっから……。わァも、気をつけねば……」


 オスティンが杖を取り出して〈昏睡〉の魔法を掛け、腕の傷を確認して止血も問題ないことを確認する。この様子なら持ちそうだと判断したらしく、身体にクロークを巻いて寝かせ直した。


「ハイハイ。あなた達が騒いでいる間に先生、一人寝かせました。もう早く帰ろう。これなら揺れても起きないだろ。さっさと帰ろう」

「オスティン!!!」


 バッ!!と拳が突き上げられる。ハユハの拳に呼応して馬は嘶き、蹄は天を掻くように高々と掲げられ、そして地面を叩いた。


「よォしいくど捕まってごしなれこっから風んなって馬ん風頬なでったらば気持ち爽やかなってば若返っこと間違いなしけってばなっそいが人生輝くっこったば秘訣っしたなよかことじゃいくどハァー!!!」


 ごおっと言う音がしそうなほどの加速で真横に転がったモロッグは頭をしたたかに打ち付けてガァン!というバケツを叩いたような音を鳴らした。

 オスティンはバランスを崩して頭から転がって荷台の最後尾でひっくり返っているが、なんとか女性兵士の身体に〈捕縛〉を掛けている。


「──悪い。油断した」

「いいさ。ああ、もうこのままでいい。接地面積が多いほうが被害が少なくて済む。そっちの怪我人だけなんとかしよう」


 甲冑の置物のように真横になったままモロッグが諦めた声で言うと、オスティンは女性兵士の身体に〈浮遊〉の魔法を掛けて、逆さになったまま脱力した。

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