1章9話 討伐指令:村落を占拠した武装集団
◆◇◇Ⅸ◇◇◆
馬車からは白銀の鎧と金獅子のサーコートを纏った騎士が降りてきた。
金獅子が刺繍されたサーコート。
それは、高位軍人の親衛隊であることを示す徽章でもある。
騎士は馬車の中にいる人間に何事か告げ、つかつかとこちらへ歩いてくる。
騎士はまっすぐこちらへ歩いてきて、まず村長の前に立った。
村長はハユハたちと騎士とを代わる代わる見て、息を詰めて身を固くしている。
高圧的な雰囲気のその騎士は胸を反らしたまま村長を見下ろし、そしてついでのようにハユハたち三人をちらと見てから、口を開いた。
「ヨイル村の村長殿でよろしいか。今回の件、軍に知らせがあった。怪我人の救護と保護を行おう。状況を確認したい。案内を」
「え、ええ。どうぞこちらへ……」
騎士は背後の部下に合図をする。
合図を受けた部下達が村長を伴って村の中心部に向かうのを見送ると、騎士が三人に目だけを向け、手を差し出す。
「ご苦労。依頼書を出したまえ。完了のサインが必要だろう」
「失礼ですが、まずは所属を伺っても?」
確認するようにハユハが問い返すと、騎士はじろりとハユハの方を見た。
再び手で依頼書を出すように促す。しかしハユハも譲らない。
「村長からの聞き取りも済んでおりませんが?」
「不要だ。見てわからんかね。心配なら、ギルドにはこちらから話を通してやろう」
「我々も誰にサインをもらうべきかは心得ておりますので。それを曲げるのであればそれなりに理由を要します」
「不要な義務感で手を煩わせて欲しくはないのだがね?」
「卿。閣下がお話したいと」
明らかに聞こえるように舌打ちをした騎士が部下を見やる。
そして、ハユハの足元から頭までをゆっくりと睨めつけると、なんとも腹が立つ優雅な振る舞いで後ろからくる上位者の側に控える。
儀礼軍服を着た老年の男がハユハたち三人の前に立った。
過剰なほど飾られた勲章よりも、威風堂々とした立ち居振る舞いよりも、ギラギラと底光りする、鋼鉄が煮えたぎるような目が印象的な男だ。
敵意があるわけでも害意があるわけでもなく、単純に見ているだけにも関わらず、ハユハとモロッグの背に緊張が走る。
一方、オスティンは斜に構えたように杖を肩に担いで一歩離れ、会話は任せたというような様子だ。
鉄血将軍あるいは護国将軍、不屈のイージス。または、血塗れビスマルク。
北方軍団騎士団長、ビスマルク=ブラッドン。
赫かしい武勲と壮烈な逸話で酒場の吟遊詩人たちに唄われる将軍が三人の眼の前に立っている。
北方鎮護の要として、かつて北方で起こった広域異界化に伴う魔物の大攻勢を尽く討伐し、魔物に蹂躙され滅んだ北方国の領域まで攻め入り侵攻勢力を殲滅した国内随一の武将だ。
就任から三十年を数える将軍は既に老境に入り、白髪白髭のその顔には深い皺が刻まれている。
しかしその立ち姿は微塵も衰えを感じさせない。
「冒険者ギルドの方々かな。いや、冒険者の方と言ったほうがよろしいか」
応ずるように頷いたハユハが問い返す。
「閣下は何故ここに?」
「依頼主は私だ。──安心したまえ。私は、もう君の間合いの中だ」
将軍はハユハの前を通り過ぎて、むしろを掛けられた兵士の死体の前に跪くと、マントの裾を払うこともせずに土に膝をつけて祈りを捧げる。
「私の部下たちに救いをもたらしてくれたことに、まず、感謝を」
「──依頼内容を遂行したまでです」
そこに宵闇の鎧が腰に提げた剣の柄を握りしめたまま、ずかずかと土を蹴り飛ばして将軍に近づく。
すぐ隣に立っても、将軍は黙祷したまま動かない。
将軍を見下ろしたまま、モロッグが厳しい声で短く問う。
「暗黒剣をどうやって入手した」
「──私が作らせた」
「貴様が──ッ!!」
剣を抜き払おうとした腕に白銀色の小手が添えられる。
先程の高圧的な騎士とは別の、より高位らしい騎士が柔らかな声でモロッグを制止する。
「やめたまえ。君が何者だろうと、この方に剣を抜いたら我々は君を処分する」
「やれるものなら──」
「モロッグ。よせ」
剣呑な返事をかえしつつ腕に力を込めるモロッグをハユハが鋭く制止する。
「リクハルド!!」
「よせ。よすんだ」
「リクハルド!! 暗黒剣の製法を知らんわけじゃあるまいな貴様!! そこの将軍閣下もだ!!!」
「知っているとも」
将軍がゆっくり立ち上がり、モロッグに向き直る。
「もちろん知っている。必要だから作らせた」
「必要だと!? 必要であれば人間を──」
「───彼らに聞かせてはならない」
静かだが、鋭く鞭を打つような制止にモロッグも気圧される。
「必要だ。我が軍は、国境の守りで常に兵の命を失っている。未来ある若者の命を」
燃えるような眼光がモロッグに向けられる。
「若者の未来を燃やして、私たちや君たちは安寧を買っている。温かい寝床のために薪を燃やすように。村々を襲う獣を、魔獣を、魔人を払う篝火のように。──故に手段が必要だ。彼らの命を燃やさずに済むような手段が、我々には必要なのだ」
「だから死に至る武具を身に着けさせたのか。貴様こそ薪を燃やすように命を焼いているではないかッ!!」
横合いから抜き放たれた剣がモロッグに突きつけられる。
「言葉に気をつけろ。下郎」
剣を向ける先程の高圧的な騎士をモロッグが睨み据える。
「貴様こそ武器の扱いに気をつけろ。刃物の扱いは不慣れか?」
「閣下の御心はお前にはわかるまい」
「ああ、わからんね。わかりたくもない」
「否。わかるはずだ」
断固とした声が言い争いを断ち切る。
「わかるはずだ。貴重な若い命が失われている。それを断固として許さず、百の命を失ってでも未来の万の命を救うか、その逆か。それともどちらも否定するか。どれが間違いなのかなど愚かな問いだ。だが、その衷心は疑いようがないことが。君は、わかるはずだ」
「───……」
言葉に詰まったモロッグを見て、先程の高位の騎士が銀の篭手を優雅に振って高圧的な騎士に剣を納めるように命令する。
不承不承という様子丸出しで、突きつけられた剣が引っ込められ、納められた。
「私は間違っているかね。──君は正しい答えを持っているのかね」
モロッグもついに剣の柄から手を離し、苦い顔で答える。
「いや」
「そうか。それは残念だ。──献身してくれた部下たちの遺体は、我々が丁重に葬る。護国の礎として」
将軍はモロッグたちに背を向け、歩き出そうとする。
しかし、ハユハが歩み出てそれを引き止める。
「──閣下」
「聞こう」
「全てのご遺体をお渡しすることは同意しかねます。我々はこの件について、討伐のみならず調査も請け負いました」
「村の解放までの経緯はギルドを通じて報告を受け取ろう。それ以上の事の究明を君たちは考えているのかね?」
「はい」
将軍の瞳が灼けるような熱を帯びてハユハを見る。
「我が国のために身命を捧げた遺体は然るべき手はずで葬られる。彼らが志願した通りに」
「守るべき民を手に掛けたことの責任はお取りになるべきです。閣下らではなく、手にかけた本人たちが」
親衛隊の二人がハユハの前に立ちふさがる。
先程の高圧的な騎士が兜の奥からハユハを睨みつけ、ハユハもそれに応ずるように目を見開いて睨み据える。
「それを決めるのは君たち民生屋風情ではない。手を引きたまえ」
「拒否する。我々は仕事を完遂する。これは引き受けた仕事だ」
「依頼主が取り下げると言っているのだ。取るに足らん義務感で邪魔をするな」
「徹底的に追求して暴き出しても構わねが……!!」
「貴様如き小バエが喚いたところでなんの痛痒もなかろう。身の程を知れ下郎……!!」
「──約束してくれるか。駿馬の戦士よ」
鼻面が今にもぶつかりそうな距離で睨み合う2人に将軍が静かな声で問うと、ハユハが親衛隊を睨み据えたまま将軍に答える。
「ええ。お伺いしましょうとも」
「君たちに預けた遺体は必ず礼を尽くして扱ってくれ。彼らは自ら選び、任務を遂行した」
「お約束致しましょう」
「どの勇士を連れて行くつもりかね」
ハユハがくるりと振り返り、怒鳴り合う戦士たちを冷ややかに眺めていたオスティンを見る。
オスティンは組んでいた腕を解いて、近場に寝かされている遺体に近づいていき、跪くと、むしろを捲って回った後に一人の兵士の遺体を示す。
「彼女のものを」
「認識票だばとっでくれろ」
遺体に掛けたむしろの中に潜ったオスティンは少しの間もぞもぞとした後に一枚の認識票を手にしてやってきて、ハユハに手渡す。
ハユハはその認識票を将軍に差し出す。
「お返し致します」
むしろを掛けられたままの女性兵士のほうをじっと見つめていた将軍はハユハに向き直って認識票を受け取った。
そして受け取った認識票を両手で包み込み、名前を消されたそれを優しく、我が子の額のように撫でる。
「──君を信頼しよう」
ハユハは将軍に背を向けて、女性兵士の遺体の方に近づき、自分のクロークを外して丁寧に包み、抱き上げる。
そして遺体を抱いたまま将軍たちに向き直った。
「これで失礼します。報告書は後ほどギルドを通じてお送り致します。後のことは仲間から説明をしますので。では」
遺体を抱いたままハユハは村人たちのいる倉庫に向かって歩いていく。
そして入れ替わりにオスティンが前に出る。手元の杖をくるくると回しながら、斜に構えて将軍の前に立った。
「どうも。あとのご遺体についてはそちらで担当される方にお渡しします。剣はこちらで管理することは困難ですので一緒に引き渡しをさせていただきます。それと、これを」
オスティンは最初に交戦した斥候達が持っていた認識票を差し出した。
「村の外で遭遇したものです」
「感謝する。残りの手はずについては部下たちと話を付けてくれたまえ。重ねて、君たちの尽力に感謝を。──副長。作業を始めたまえ」
未だに怒り冷めやらぬ顔でこちらを睨みつけている高圧的な騎士は、その場でくるりと振り返って部下たちについてこいと促す。
もう一人の高位の騎士がオスティンに近づき、収容すべき遺体と暗黒剣の位置について確認をとると、オスティンは指で示しつつ位置と数量を説明しだした。
鬱然とした表情で周囲の人間たちを見ていたモロッグの方に将軍が歩みを進める。
こちらに近づいてきた将軍を見下ろすように向き合って、将軍はあのギラギラと底光りする煮えたぎるような目のまま言う。
「部下がすまなかったね。輪廻神殿のパラディン。頼みがある。勇士達に祈りを捧げてはくれないかね」
「よくもしゃあしゃあと貴様──」
「ああ。私もそう思っている。知っているとも。だが、頼む」
悼むような殊勝な態度を取られればそれこそどのツラを提げて、と斬りかかりたくなったところだが、将軍は未だになにか巨大な使命に立ち向かう人間の顔のままだ。
その顔には悔悟の様子など微塵も無く、必要なものを必要であるから要求したと言わんばかりに決然として、迷いがない。
そのことに、モロッグはまた別の苛立ちと腹立たしさを覚える。
モロッグは並べられた遺体の前に立つ。その心中はざわめき、思考がぐるぐると巡ったままだ。
その始まりは忠義や使命と呼ぶに相応しいものだったのだろう。目的のために文字通り命を捧げたのだ。
だがバカバカしい方法だ。
人間を生死に関わらず剣の部品に作り変える禁忌の手法など許されるものではない。崇高な目的のためなら無辜の臣民や何も知らない冒険者を死なせてもいいのか。良いわけがない。
もっと他の手段を模索すれば───。
いや、その間にもここに倒れている彼らは死んでいくのだろう。これまでもそうだったのだ。どこにもない最善手を探す間、より強い手を探し、手を打たなければどんどん命は零れ落ちていく。
あの老将軍の人生の大半はそうだったのだろう。
だからといって死ぬことがわかりきった方法が最善であるわけがない。では最善により近いのは?これまで打ってきた他の最善の手よりも最善に近いのは?
想像や想定で語る最善手ではない、現実に即した最善手は?誰が答えられるのか。
あの将軍は、一を犠牲に百を生かす悪鬼としての道を既に歩んでおり戻れないところまで来ているのだ。
こちらに計画の存在と首謀者が自分であることをわざわざ知らせた意図は「私を処刑台にあげてみせろ、この道に替わる有効な最善手を示してみせろ」ということだ。
膝をついて、手を組んで瞑目する。
強制的にいわゆる暗黒剣を持たされて呪われたのならば人質がいるはずがなかった。あれらがいわゆる”命を呪う暗黒剣”であれば、命あるものを許すはずがない。
だが人質の多くは無事だった。だとするならば、今回使われた暗黒剣はしばしば伝説にうたわれる、もうひとつの暗黒剣。
剣に込められた遺志を受け入れるものの命を喰らって遺志を果たす暗黒剣。
無念の賜物として作り出される霊剣だ。
将軍は少なくとも、この遺体たちの意志について嘘は吐いていないことになる。
瞑目したまま思考を打ち切る。
いずれにしても祈るべきだ。彼らへの罵倒も反論も、祈りを捧げない理由にはならない。
輪廻神の使徒としてせめてもの事、彼らに新しい生が与えられ、今生のような選択をすることがないように祈ろう。
だが、その祈りもおそらくは虚しいものに終わるだろう。
暗黒剣とはそういうものだ。
散り散りに乱れた心を無理矢理に鎮め、それでも祈るモロッグは聖句を唱える。
祈りを終え、立ち上がったモロッグの横で、並んでいる遺体を見つめたまま将軍は礼を言う。
それを聞きたくもないモロッグは背を向けてその場を離れようとしたが、将軍に呼び止められて振り返った。
将軍は安置されている暗黒剣の中から一振りを選び、手に取ると、モロッグに突き出した。
「持っていきたまえ。彼女のものだ」
「何だと?」
「君たちの仕事は、彼女の遺体を調べるだけかね? 事態を究明するのだろう。そして、否定してみせるのではないのかね。ならばこれは、必要だ」
常人ならば触ることができないはずの暗黒剣をやすやすと握る将軍の手からそれを奪い取ると、モロッグは心底不愉快な気分で将軍を睨みつける。
それに対して将軍はギラギラと光る目でモロッグを見返す。
「これからは君たちにも期待しよう」
その言葉に怒髪天を衝く思いになったモロッグは、剣を片手に踵を返す。
腹立ち紛れにただ足を動かして行く宛もなく歩くモロッグのすぐ隣を、救援物資を下ろして空になった貨物馬車が通り過ぎていった。
騎士たちは整然と遺体を収容していく。暗黒剣も同様に。
モロッグは腹立たしげに地面を蹴って再び歩き始めた。
どこでもいいのであれらが目に入らないところに行きたい、と思いながら足を動かしていると、オスティンがやってきて呼びかける。
「ん、ああ。なんだ」
「馬車取りに行くぞ。来てくれ」
オスティンは杖を肩に担いでやさぐれた足取りでモロッグの前を歩く。
モロッグは不愉快な態度を崩さないまま、鎧を鳴らして歩いている。
しばし歩いたところで、オスティンの肩に鳥がとまってから炎になって解ける。すると、それを合図にオスティンが急に駆け足になった。
「おい、どうした」
「急ぐ理由がある」
「なんだそれは」
「お前の活躍は後だからちょっとそのまま着いてきてくれ。わりと急いで回収して出発したいんだ。わりと急いでな。わりと」
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