1章8話 討伐指令:村落を占拠した武装集団

◆◇◇Ⅷ◇◇◆


 モロッグが乱入した直後、ハユハは近くの窓を破って外に飛び出し、人質が捕らえられている方の建物に向かって駆けていた。

 集会所の裏手から回り込むように駆け寄り、物置小屋を足場に屋根に跳び乗る。

 建物の番をしていた者と歩哨をしていた者が走っているのが眼下には見える。

 その先に集会所があることを確認して目的を察すると、周囲を見回す。


 遊撃しているような敵は他に見受けられない。

 どうやら、残りはモロッグに向かっていった分とこの建物の分だけらしい。


 ハユハは屋根から跳び、戸口の側に着地した。

 戸口を蹴破って中に躍り込むと、中に詰めていた敵がこちらに剣を向ける。

 両手に斧を構え、足に力を込める。

 2体の敵は手にした剣を突き出してハユハに迫ってくる。

 そこでハユハの後ろから室内に入ってきたオスティンが魔法を撃った。

 床板を貫いて吹き出すように生えた蔦が、敵を足元から絡め取って締め上げる。

 ハユハが突進して一体目の腕を斬り飛ばし、斧を翻してもう一体も斬り裂く。

 力を失った身体がその場に崩れ落ち、敵は動かなくなった。


「他は?」

「索敵範囲内にはいない。モロッグが相手をしてる連中で全部だ」


 二人は周囲を警戒しながら一度建物から出て、集会所の方を見る。

 ちょうどその時、モロッグが集会所から姿を表す。

 戸口に立つ宵闇の甲冑が、手振りで殲滅が済んだことを伝える。

 そして討ち漏らしがないか索敵を続ける旨を示す。


 オスティンとハユハはすぐに室内に戻り人質がいるであろう奥の貯蔵庫に向かう。

 土壁の部分についた扉の前で、二人は立ち止まる。

 オスティンが扉を開くと、ハユハが斧を手にその中に駆け込んだ。


 真っ暗な室内には、何十人もの村人が詰め込まれていた。全員が力なくうなだれ、身を寄せ合ってお互いにもたれあっている。その間に視線を走らせて敵が潜んでいないことを確認したハユハは、斧を革帯に架けて声を張り上げる。


「冒険者ギルドだ!もう大丈夫だ!!」


 すぐ手前にいた中年の女性がハユハの手を取って訴える。


「子どもがいるの! 子どもが、もう一週間も麦粒しか食べられてないの! それに斬られた人たちも奥に!」


 ハユハは女性を落ち着かせるように肩に手を置き、声を掛ける。


「わがった。子らに飯を! 全員出っぞ! 歩けるもんからゆっくり出て来!!」


 人質を誘導しているハユハの少し後ろで、オスティンはモノクルを掛けたまま這い出るように室内から脱出する人質たちを検める。人質たちの多くが出たところで奥に目を向け、ハユハに声を掛けた。


「そっちは任せる! モロッグが戻ったらこっちにやってくれ!」


 オスティンは急ぎ足で奥に向かう。木箱を組んで作られた寝台に寝かされている数人の男を見つけ、看護を続けていた女性に声を掛ける。


「状況は?」

「斬られたんです。傷が塞がらなくて、布できつく押さえて血は止めてるんですが、でも、でもどんどん身体が冷たくなっていて……」

「わかった。まずはあんたも休んでくれ。さあ」


 女性を立ち上がらせて他の人質たちに合流するように促すと、寝かされている六人の男たちの様子を見ていく。身体が冷え切ってしまっているのが三人、熱に浮かされているのが二人、そして一人は既に事切れている。

 オスティンはポーチから強壮剤を取り出して、身体が冷え切っているものの口に流し込む。そして熱に浮かされているものの方には回復薬を飲ませる。聖水を取り出したところで、傷口を検めて舌打ちした。

 そこにモロッグが入ってくる。


「状況は?」

「瀕死が3。重傷が2。死亡が1。負傷者は傷が塞がらないらしい。この様子じゃ聖水を掛けると、もたないかもしれない」

「暗黒剣で傷口が灼けているはずだ」


 モロッグは革帯についた物入れから魔石を取り出して四方に投げ、跪いて祈りを捧げる。

《輪廻を司りし乙女アンドラプシュケよ。傷付き倒れ伏す者たちに慈悲の掌を当てたまえ》

 室内に清浄な光が満ち、燐光が室内に舞う。

 斬られた者たちの身体から瘴気が立ち上り、燐光がその体を包み込んだあと瘴気を払うように舞い散る。


「聖水で傷口を洗ってくれ。傷口を清めたものから回復魔法を。──奥の遺体に、祈りを捧げてくる」

「──了解」

 

 回復魔法を怪我人全員に掛け終えたところで、看護をしていた女性が戻ってくる。モロッグは倒れているものたち脈を確かめながら、女性に声を掛ける。


「この村の治癒師か?」

「はい、薬師です」

「急場は凌げただろうと思う。呪いは解いてある。体力がもつかは、ここからが正念場だ。本人たちのな」


 別の怪我人を見ていたオスティンが、ポーチから回復薬と強壮剤を取り出して女性に手渡す。


「意識を取り戻すまで、窒息に気をつけて薬をやってくれ」

 受け取った薬師の女性は、まとめて渡された薬瓶を見てパッと顔を上げる。

「えっ!こんな高価な……!これって龍血を使ってる強壮剤──」


 オスティンはちらっとモロッグを見てから、薬師にこっそり耳打ちする。


「──ご内密に」

 

 会話を遮って、モロッグが手で奥を示す。 


「奥の一人はもう事切れている。弔ってやってくれ」


 女性は頷くと二人に、すこしの間お願いしますと声をかけ、もう一度出ていった。

 モロッグがオスティンを見て眉を上げる。


「ジョルジュに怒られるな」

「いやぁ、使っちまったもんは仕方ねえなあ」


 どこ吹く風という様子で、オスティンは杖を肩に担いて、トントンと叩く。

 モロッグは兜の奥から静かな声で呟く。


「あれだけいて斬られたのがたったの6人。ハユハの見立は正しかったようだな」

「外敵からの防衛を想定してるってやつか。だから人質がいるここを捨ててそっちに行ったわけだ」

「あの娘が戻ってきたら、収容と回収にかかるか」

「あれ、聖水をぶっ掛けて作業してるんだが、お前はそのまんま持てるのか?」

「問題ない。ここの入口にあった二振りは外に出して土を掛けてある」

「さすがだ。助かった。あとのも頼む。十振り以上も扱えるほど聖水は持ってきてないからな」


 モロッグが兜の奥で唸るように怒気を込めたため息をつく。


「……クソが。出処が割れたら頭カチ割ってやる」

「真っ当に露見したらよっぽどじゃない限り斬首だ。タテかヨコかの違いだぜ?妥当だな」


 二人が剣呑な空気で会話しているところに、薬師の女性が男たちを伴ってやってきて、遺体を運び出していく。オスティンは女性に声を掛けて、モロッグと一緒に部屋を出た。



 激しい戦闘があった村長の家は使えないため、子どもたちや老人たちは倉庫の床に寝かされている。倉庫に入ってすぐに会敵した敵の遺体は既にハユハが外に運び出したらしく、むしろが掛けられて外に安置されていた。

 オスティンはそのむしろに歩み寄っていき、中を検分してからむしろをかけ直す。そしてすぐ近くに盛られている土を蹴って、暗黒剣が埋まっているのを確認した。


「とりあえず、暗黒剣の回収は任せた。俺は敵の死体を運び出す。ハユハに村人のことと暗黒剣の監視を任せよう」

「わかった」


 モロッグは最初に置き場を魔石で四方を囲って聖別し、暗黒剣を集めては鞘に叩き込んでそこに放り込む。

 ハユハは集められた暗黒剣を監視しつつ、村長に聞き取りを行っている。

 オスティンは魔法で遺体を運び、広げたむしろの上に置いては上からむしろを掛けていたが、途中でしゃがみ込んで何事か調べたあとにハユハを呼ぶ。

 交代で暗黒剣の監視についたモロッグは再度魔石を置いて瘴気祓いの祈りを捧げる。祈りを終えてから剣を確認するが、芳しくはないらしく肩を回してため息をついた。

 そこにハユハが戻ってきてモロッグの隣に立つが、声を掛けるでも無く訝しげな表情で顎に手を当てている。


「どうした」

「ん。まずひとつ。冒険者だば3回来たってことァ、村ん者は知らねと。騒ぎは1回と」

「斥候だけで2回は迎撃したってことになるな」

「……ありえね話でねっが、村にすら辿り着がねったこだなンな」

「あながちおかしいとも言い切れない」


 モロッグは自分の背を指さして切り裂かれたクロークを示す。


「中に数人、かなりの手練がいた。こいつは本陣に詰めていたやつではなく、外に出ていた奴にやられた」

「……覚えがあんな」


 その時、村の外から騎馬と馬車の音が聞こえ、騎士に警護された三頭立ての鉄馬車が村の入口に現れる。

 馬車は真っ直ぐ村の中央へと入ってきて、先導する騎士が周囲を睥睨する。鉄馬車の後ろには輜重兵が使う貨物馬車も伴っている。

 ハユハとモロッグはその一団を見て顔を見合わせた。そこへオスティンが死体運搬を終えてちょうどやってくる。


「始末にきたか」


 緊迫した声でモロッグが呟く。ハユハは鋭い視線をそちらに向けながら斧に手を掛ける。

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